第243話 名実152 (361~362 佐田実との初コンタクトの詳細)

「まず全ての事の始まりは、今から15年前の昭和62年、西暦なら1987年のお盆の時、大将の湧泉みせに佐田実がたまたま現れたことが発端だったと見てるんだが、それでいいよね?」

「西田さん、そこまで突き止めたか」

そう言いながら大将は軽くけ反った。

「西田さんやよっちゃんが遠軽に居た時に、丁度遺体で見つかった佐田が、あの時ウチにたまたまやって来て、俺が話し掛けたことが始まりだったんだわ……。見たことも来たこともねえ客が、カウンターで辛気臭い顔しながら、酒と頼んだつまみと共にチビリチビリとやり始めてるんで、そりゃ何かありそうだと気になって仕方なくてな……。わかるべ?」

続けて発言した大将は、西田に同意を求めてきたが、あの頃の佐田は、経営する会社の資金繰りで色々と切羽詰まっていた状況だったはずだ。更にわざわざやってきた「この地」でも、証文や手紙の内容が本当の事かどうかは当初わからなかった。というのも、前田夫妻に連れて行ってもらった常紋トンネル付近での突然の豪雨で、現地確認出来なかったからだ。つまり来る前と同様の心境だったことは推測出来た。これらの推測は旅館・志野山の主の、佐田に対する印象の証言から見ても間違いなかろう。大将がそんな印象を持つだけの背景は実際にあったはずだ。


「それで、何て話し掛けたかは憶えてる?」

吉村が尋ねた。

「正直、記憶にあることとないことがまだらになってて、最初に何言ったかはよく憶えてねえんだが、多分ありきたりな『お客さん、見ない顔だがどっから来たの?』ぐらいな感じだったんじゃねえかな……。最初に聞いたことが何だったかはともかく、札幌から来たって言われたのは間違いねえと思う。ただその後、『何でウチの店に?』って聞いたんだと思うが、はっきりはよくわからねえけど、確か『野暮用』みたいな感じで誤魔化された気がするわ」

「そんな話をしている内に、佐田から大将の名前について聞かれたんだろ?」

続けて西田が質問すると、

「おお、そうそう! 佐田が先に軽く自己紹介したんだったか、その後に俺の名前を聞いてきて、『泉ってのは、あんたの年代にしては女でも珍しいのに、男で付けられるとは貴重だな』みたいな感じで驚いてたんだわ」

と少し興奮した感じで答えた。正直なところ、大将自身が既に「悪事の正当化」と語っていた様に、砂金を伊坂達に取られたという話を佐田からおそらく聞いていたせいで、一連の発言からは余り深い罪の意識は見えていなかった。


「そしてその後、その大将の名前の由来についてまで聞いてきた、そうなんだろ?」

吉村が更に確認すると、

「まさしくそうよ! すっかり話の経緯まで知ってるんだが、どうしてだ?」

と大将は改めてかなり驚いた様子だった。


「実はね、大将の名前の由来なんかについても、軽目だけど、竹下が取材の際に色々従兄弟の人から聞いてたんだよ。そしてたまたま他のことから、アイヌ語でメム、正確な呼び方はメンなんだろうけど、それに『水の湧き出る所』とかそのままズバリ『泉』って意味があると、後から偶然知ったこともあって、まあ色々あってさ、それが結び付いたんだ俺達の中でね……」

西田は面倒な言い回しをしていたが、大将には通じていた様だった。


「佐田が話の枕に、相手の名前を話題にする癖があったことを、遺族から聞いてたのも大きなヒントになったんだ。結論を言えば、大将の名前は、本当の父親である免出重吉って人の『免出』という姓から取ったものなんだろ?」

西田が続けて核心を突いた。すると大将は、

「まいったな……。そっちの名前の件までお見通しなのか! こっちが一々話すことなんか、もうねえんでないか?」

とある意味呆れていたが、

「いやいや、正確な話をちゃんと聞かせて欲しい」

と西田に促され、詳細を喋り始めた。


「さっきもちょっと言ったが、その俺の実の親父である免出って奴は、俺のお袋……、どうせ知ってるんだろうけどアイヌ人なんだが、その腹ん中に俺が居る時に、お袋捨ててどっか行っちまったらしいんだな。お袋の親父、俺からすると母方の爺さんと折り合いが悪かった結果らしい。どうも、爺さんはアイヌ人としての誇りってのがあって、娘が和人と結ばれるのが気に食わんかったらしいわ。ただ、だからって孕んだ女置いて出ていくなんて最低だべや? でも馬鹿な話だが、お袋はその碌でもねえ親父にまだ未練があったらしくて、俺に親父の名前に由来した名前を付けようとしてたんだってよ。ホント馬鹿だよお袋はさ……」

大将はそう言うと、湯呑みをあおってから続ける。


「しかし、重吉にちなんだ名前……。例えば重一しげかずとか重太郎とか吉治なんてのを付けると、爺さんが日本語が達者じゃないとは言え、字の形からもバレて色々面倒なことになりかねないし、字だけ変えた上で読みを利用して、十太郎やらつけても音でバレるってんで、一捻りすることにしたらしいんだわ。そこで、名前の重吉じゃなくて、名字の免出にちなんだ名前を付けようって考えたんだってよ……。そして、さっき西田さんが言ってたが、アイヌ語でメムってのは、『水の湧き出る所』とか『泉』って意味があって、読み方はほぼメンってんだそうだ。俺はアイヌ語は殆ど知らねえし、よく喋れねえから、本当かはわからねえけどな……。それでアイヌ語のメムに、日本語の『出る』って漢字で免出とも言えるから、まさに2つ合わせても、『水が湧き出る』泉そのものになるべや? 丁度アイヌと和人の間に生まれた俺にとって、両方併せた意味の『泉』ってのは、ピッタリだともお袋は思ったらしいんだわ……。それなら、偏屈な爺さんはただでさえ日本語は苦手だし、字は一致しないわ読み方も違うわで、色々面倒な変え方してるし、名字から取るとかもあり得んって訳で、お袋の予想通りバレなかったって話さ。まあでも、今なら泉なんて名前はそう珍しくもねえが、俺の小さい頃は、それこそ佐田の言う通り女でも付けない様な名前だったから、こんな日本人離れした顔といい、結構仲間にからかわれたりしたもんだ……。幸い学校の先生には恵まれたし、俺も喧嘩は結構強かったから、いじめられたりするようなことはなかったけどよ……。人によっては、アイヌの血が入ってるってだけで、やっぱり当時は色々あったみたいだから……。わかるべ、そこら辺は?」


 西田達は、肯定も否定もしづらい状況だったので、大将の問いに曖昧な受け答えをした。大将は空気を理解したか一寸黙った上で、

「まあ、とにかくそんな話を、俺が中学卒業して、いよいよ家を出て網走の小料理屋に修行に出る前日の夜に、今更ながら色々お袋が話してくれたって訳よ。本当の親父が別に居たってのは知ってたが、それについて詳しく聞いたのも、親父の名前についても、俺の名前の付けられた理由について聞いたのもそれが最初だったんだわ。まあ写真もなかったんで、どんな顔してるかは、ついぞ知らぬままだったけどよ……。名前については、周りからからかわれるんで、『何でこんな名前付けたんだ』みたいに文句言ったことは、ガキの頃に何度かあったと思うが、そん時はお袋は何も言わなかったからな……。まあとにかくよ、その後コブ付きのお袋と、たまたま遠軽署に勤務中だった継父にあたる稲の父ちゃんが出会って、お互いに愛し合うようになったらしいが、双方の親が認めねえから内縁関係でしか結ばれねえままだった。稲の父ちゃんは、お袋のことも俺のことも大事にしてくれたが、駐在勤務になって機雷事故で死んじまったしな……。爺さんもその前に死んでたし、お袋は一家の主を失って女手一つ苦労続きで、人生最後の方にちょっとは親孝行してやれたのが、不幸中の幸いってとこだべ」

と続けた。大将の話を聞いて、伊坂大吉から脅し取った大金で、真っ先に大将の母親であるミチの墓石を新しくした心情について、西田も吉村もよく理解出来ていた。


「その話を佐田に答えたら、佐田は相当驚いたんじゃない?」

「よっちゃん、確かにそうだったわ。最初は普通に聞いてたが、最後の方はカウンターに身を乗り出すみたいになってて、そん時は『何をそんなに興奮してるんだ?』と思ったはずだ。そりゃそうだべ? 初めて会った客が、こっちのしょうもない身の上話にそこまで真剣になるんだからよ」

吉村にそう答えると、大将は当時を思い出したか、遠い目をしていた。


「それでどうしたの、佐田は?」

西田が今度は聞き役に回ると、

「興奮したまま、『その話は本当なんだな』としつこく聞くモンだから、『お客さんいい加減にしてくれ。こんな嘘言っても仕方ないべ?』みたいに言ったんだったべか……。そしたら今度は、親父の名前の漢字やら俺の歳を確認して、その挙句物凄く喜んでな。その時は何が何だかよくわからなかったが、『近いうちにまた来る。良い話を持ってこれるかもしれない』って握手まで求められて……。つまみも酒も残したままで、店で出してる客用のマッチ箱持って、釣り銭いらないと1万円置いて出てったよ」

と語った。


 佐田にしてみれば、まさかの免出の遺児が突如目の前に現れた上、その実在こそが、あの手紙と証文の信憑性をはっきりと裏付ける訳だから、それまでの浮かない心境が一変したというのは、大変わかりやすい出来事だった。そして「良い話」とは、おそらく砂金の横取りの件で、伊坂にその分を大将に返させるか、代償を支払わせることを意味していたのだろう。


 大将が脅し取った金から慈善団体に一部寄付していたのと同様、佐田にとっても、本来砂金が渡るべき人間を突き止めて、伊坂に償わせるというのは、ある種の罪滅ぼしだったはずだ。また店のマッチ箱は、店の住所や電話番号が記載されているので、佐田は持っていったのだろうと西田は推測していた。


 しかし皮肉にも、戦後砂金を得てすぐに一度は裏切ろうとしたものの、伊坂大吉は免出と免出の遺児の為に砂金を換金せずに保管し続けていたし、自分の名前を戦後変える際には、わざわざ免出重吉から1字取って、太助を大吉にしていた。この点は佐田も大将も知らないはずだった。


「その後、佐田は何時こっちに来たの?」

続けて出た西田の問いには、

「ところが、(佐田が来たのは)それが最初で最後だったんだわ……。後から思えば、来る前に殺されていたんだから当然の話なんだけどよ」

と、想定外の話が大将の口から告げられた。

「え? 一切来なかった?」

吉村が思わず叫んだが、西田も同じ思いだった。そうなると想定していた筋が狂ってくる。大将は佐田から、伊坂と会って話を付けることを伝えられていると思っていたからだ。大将の今の証言を聞く限り、最初の接触の時点ではそういう話を明かされたことはなかったはずだ。2人はかなり困惑していた。しかし、その推理は完全に間違っていた訳ではなかった。


「本人は来なかったのは間違いねえ。でもな、ちょっと間を置いてから、代わりに手紙が来たんだわ」

「手紙!?」

「うんそうだ」

2人が驚く中、大将はゆっくりと座卓より立ち上がると、近くにあったタンスの引き出しから、やや大きめの封筒を取り出して座卓に置き、中から便箋らしきものを取り出して2人の前に並べた。そして、

「さっきの横取りの話なんかも含め、佐田の手紙と、もう1つ佐田が送って来た佐田の兄さんが昔書いた手紙のコピーで、大体の経緯は判るはずだ」

と説明した。


 封筒の方には、赤いインクで「速達」と印字してあったのがまず目に付いたが、西田は取り敢えず出された封筒の中身の方を手に取ろうとした。だが吉村がそれを制し、封筒を手に取りつつ西田にこう指摘した。


「課長補佐! 封筒の消印を見て下さい!」

吉村の言葉に、西田は切手が貼られている箇所を見てみた。すると消印は「北見 62.9.25 18~24」と印字されていた。そして、切手の不足額を別途郵便局で支払ったのか、北見郵便局が発行した収入証紙が切手の他に貼ってあり、そこにも「北見 KITAMI 62 87.9.25」と印字されていた(作者注・これらの意味については、まとめて後述説明します)。


「おお! よく気付いたな!」

西田は吉村を褒めたが、このことで、昭和62(1987)年の9月25日、伊坂大吉と松島・元道議(道議会議員・略称)との別のホテルの割烹料亭での会食を終えて、自分のホテルの部屋に戻った後、午後10時過ぎ頃再び出掛けるついでに、フロントに「ポストはどこか」と、大きめの封筒を持ちながら尋ねたという目撃情報があった(伏線後述)理由がはっきりした。


 ほぼ間違いなく、あの時の佐田実は、この封書を大将に差し出す為にポストの場所を尋ねたのだろう。ただ料金不足が心配になったのか、或いは確実に手渡しで届けてもらう為に速達にすることにしたのか、実際にはポストではなく、深夜でも開いている集配局の北見郵便局まで佐田は足を伸ばして、この封書を出したということになるはずだ。


「これであの佐田の行動の意味が判明しましたね」

吉村は自分の発見の成果に少し笑みを浮かべたが、すぐにその笑顔は消えていた。それも当然のことだろう。これから先、更に辛いことが待っているのだから……。


 そう思いつつ更に封筒の裏側を見てみると、佐田実の家の正確な住所が記載されていた。名前だけではなく、住所についても特に偽るつもりはなかったようだ。


「うむ。じゃあ封筒の中身を確認させてもらおうか」

そう言うと、西田は再び中身を手に取って確認した。佐田実の直筆らしき達筆な手紙と、佐田徹から佐田家の両親に遺された、証文作成の経緯について書かれた手紙のコピーで間違いなかった。そして、佐田実直筆の手紙の方をまず見てみることにした。

 

※※※※※※※作者注 後述


消印や郵便局発行の収入証紙(窓口に出して、切手を貼っていない場合や不足額に現金で支払った際に発行される、郵便物に付ける切手のようなもの)は、以下の他者の方のサイトの画像で見るとわかりやすいと思います。


https://blogs.yahoo.co.jp/goi279/GALLERY/show_image.html?id=33512261&no=0


封筒の右上に貼ってある白地の切手の様なものが、いわゆる(郵便)収入証紙で、見たことがある人は多いかと思います。これには発行局(差出局)や発行日の日付が記されており、それが消印を兼ねています。


 尚、切手を再び使用されないように押す消印は、当然それ自体が差し出し日を証明する印字にもなっており、丸いタイプの消印の下の方にある「18~24」などの数字は、「差し出した時間帯」を表しています。


 通常、消印には和暦が用いられますが、収入証紙の日付には、上段に西暦表記も併記しているのが、こちらも通常のパターンです。



※※※※※※※伏線後述


明暗27

https://kakuyomu.jp/works/4852201425154922648/episodes/1177354054880320860


以下、「なろう版」のため、当小説には無関係


明暗150

https://ncode.syosetu.com/n7099ca/302/


修正版・明暗27(上からスクロールバーで5分の2辺りの位置)

http://ncode.syosetu.com/n5921df/48/


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