第230話 名実139 (331~332 大島海路の遺言5 政治家の劣化)
「野党の議員には特に言えるが、民友党の議員も、私も含めてこれまでの多くは、概ね戦後になって初めて国会議員になった血筋の者が多い。中には高松の様に、父親や祖父が戦前から国会議員だった様な、ある種の名門の出の者も居たが、数的にはそれ程目立つことはなかった。無論、何だかんだ言いつつも、戦前からある程度恵まれた家庭の者は多いとは言え、その点は私も津波がなければ、部分的には該当しただろうし、戦中戦後の混乱は、ほとんどの富裕層でもハイパーインフレや預金封鎖で大きな経済的打撃を受けたものだ。そして、そういう戦後に頭角を現した議員は特に、国会議員になる為に、勉学や選挙運動など一定の努力はしてきたことは間違いない。3世議員の高松ですら、公立高校から京葉大学には浪人して入っているし、親父さんが亡くなった後、直後の弔い選挙で落選もしている。そういう意味では、彼も間違いなくある程度の苦労はしてきたはずだ」
大島は段々と乗ってきたのか、老人にしては話しぶりは滑らかだったが、更に喋るスピードが上がってきていた。
「しかしだ! ここ10年で民友党の中の議員構成も急速に変化してきた。1代で築いてきたタイプは減り、2世や3世の議員が増え、中には、とてもじゃないが地盤と看板を引き継がなかったら、一般社会ですら通用しないようなレベルのとんでもない国会議員が、私の目から見てもチラホラ出て来た。しかも
確かに聞いている2人からしても、該当しそうな政治家の名前がちらほら脳裏に浮かんでいた。
「一方の野党は、まだそういう議員は少ないかもしれないが、彼らは血筋が弱いことが多いだけに、地盤や資金が無くどうしても風に左右される。その為、その時の政治状況や海外状況に応じて右往左往しやすいので、立ち位置が定まらん。知名度頼みの人選になりやすいのも欠点だ。それに加えて、小選挙区ではなかなか候補にもなれん。おまけに他の野党とバッティングしたら票の食い合いになる。どうにも、こちらも閉塞状況にあるな」
「でも、官僚出身の優秀な若手議員は、与野党共に結構居るんじゃないですかね?」
吉村が問い掛けると、
「それはそう言えなくもないが、昨今の官僚の問題点はさっき指摘しただろう? そういう議員には、むしろさっきの様な特徴や傾向が出やすい。特に政権与党に来るタイプはな」
と突き放された。
「ああ、なるほど。確かにそうでしたね」
吉村もこれまでは取り調べている側だったが、簡単に否定されて意気消沈気味だった。
「とにかくアホボン連中程、生まれた時から自分が特別な存在だと勘違いをし、自分達が特権階級であることを当然だと思っている。彼らにあるのは、国民一般の為の政治意識というよりは、自分達が権力者として振る舞う為の安っぽいプライドだけだ。彼らは国民を当然の如く駒扱いしていると言って良い。そしてかなりの影響力はあるが、実力皆無で人格破綻の政治家と、選民意識の異様に高い官僚が手を取り合う政治が、高松の主張する、実態としてごく僅かな人間にしか恩恵のない改革とやらと結びついたら、最終的にどんな結末を生み出すか、君らも十分に理解出来るはずだ。そこに金勘定しかしない様な経済人と、無定見で思慮を欠いた国民の支持が加われば、まさに考え得る限り最悪のパターンとなる」
そう言い切った時の大島の目は、心なしか血走っていたように思えた。
「そんな両者が手を取り合うことがあり得るんですかね?」
吉村が尋ねると、
「官僚は能力はあるが地盤と看板がない。アホボン議員は彼らより無能だとしても、それを持っているという強みがある。両者共に足りないものを補おうとすれば、結託することは十分あるのだよ。内心官僚はそういう政治家を馬鹿にしているとしても。財界人もおそらく同じだろう」
と、大島は確信を持って答えた様に見えた。
「何となくですが、小野寺さんがさっきまで語っていた、戦前の日本の構図にも似ているんじゃ……」
西田の言葉に大島は頷き、
「君の考えは良い線を突いている。特権層を優先する政治が行われれば、景気が良い時はまだしも、一度不景気になれば、一般庶民の経済が急速に疲弊し破綻する。否、仮に景気が良かったとしても、国民にその果実が渡ることは、そうはないシステムが出来上がっている。それが特に顕在化したのが、さっきも話した昭和恐慌時とその後のことだ。そしてその状況が国民の思考を硬直、偏狭化させて日本を戦争へと突き進ませた。あの時は財界人をやり玉に挙げてテロが横行したが、結果的には軍部と財界は結び付いていたのだから皮肉としか言い様がない。さて、今度はどうなるのかが問題だ」
と語った。
「そうなってくるとですよ。『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』とか言う名言がありますが、歴史から学ぶとすれば、まさか日本はこの先戦争に巻き込まれるか、自ら引き起こす可能性があるってことですか!?」
吉村が如何にも胡散臭そうだと思っている口ぶりで、改めて大島に確認した。すると、
「日本を取り巻く環境と、日本自体が当時と状況が違うから、直ぐに戦争に結び付くだろうとは私もさすがに考えてはいない。日本が主体となって戦争を引き起こすというのも、憲法上の制約やら民意やら、今の現状を見れば考えにくいからだ。無論それが絶対正しい認識だとも決して思わんがね。昔もあそこまで酷い惨状になるとは、当時の多くの国民が予期していなかったのだから……」
大島は軽く目を伏せたが、気を取り直した様に話を続ける。
「そして何より、今の世界の経済システムが、当時のブロック体制と同じではないということがある。ただ戦前の日本が、最後ああいう形で焼け野原になったのは、ある意味、戦争が始まる前に既に違う意味で『敗戦』していたからこそと、捉え直すことも出来るのではないかと、戦後になってから数年で気が付いた。そうだとすれば、今の日本でも別の焼け野原は、それなりの確率で再現されかねない」
ここに来てやけに難解な言い方をしてみせた
「正直、自分にはよくわからない表現の仕方ですね……」
西田は首を捻ったが、
「それについては、これまで君らに説明したことで、本質はわかってもらえているはずだが」
と言い、再び茶を飲み背筋を正して説明し始めた。
「第一次大戦中から直後の好景気は、反面極度のインフレを発生させ、総体の景気が良いにも拘わらず生活は苦しい者が多かった。その後の戦後不況は勿論、特に昭和恐慌が起きてから、庶民の生活がより一層苦しくなり、その矛先が当時腐敗していた政財界の人間に向いた結果、515事件や226事件が起きた。しかし、それを国民がむしろ賞賛し、軍国主義を強めたことも既に話した。まさに『何かを大きく変える』という気運だけが独り歩きで盛り上がり、その中身を吟味することなく、突っ走ったことで軍部に力を持たせ、その軍部が国家そのものをコントロールすることで、今度は国民が無謀な戦争に巻き込まれるという悪循環だ。その時点で日本は既に知性・思考の両面で敗戦状態に陥っていた。そういうことを私は言っている。戦争に負ける以前に、日本は間違いなく国家としての根幹部分で負けていたのだ」
西田はそれを聞いて、
「なるほど。確かにそういう意味では、戦争でも負けることは必然だったとも言えますね。そうでした」
と、理解度が足りなかった点について、素直に反省の弁を述べた。
「じゃあ、現代において、再現される『日本の別の焼け野原』とは何なんでしょうか? これまでの小野寺さんの話を聞いていると、このままで行けば、極論すると、日本は一部の金持ちと、そうでない大多数の貧乏人の社会になるということなんですかね? しかも国民が期せずして望む形で進行するという、皮肉な結末として」
吉村が自信なさげに尋ねた。しかし大島は
「まさに、そういうことになってしまう恐れがあるということだ」
と、わかってもらえたという意識が出たか、何度も頷き、
「しかし、そんな焼け野原よりは、本当の意味で何も無くなる焼け野原になった方が、実はまだマシなのかもしれない。山火事の後に、灰を肥やしとして新しい芽吹きがある様に」
と言い出した。
「ちょっと待ってください? 本当に焼け野原がいいんですか!?」
西田はさすがに納得出来ず、大島が言い終わる前に疑問を口にしていた。
「ああ、その通りだ」
返す刀で、大島は自信満々とも取れるような断定口調だった。
「君らはアフリカをどう思うかね?」
唐突に今度はアフリカの話をされたので、2人共、「は?」と口をポカンと開けたままになった。
「アフリカは欧州の宗主国から独立した後も、最近では、あのルワンダの内戦や飢餓が象徴するように、未だに多くが混乱の中にある。その原因は彼ら自身にあると思うかね?」
「そうですねえ……。砂漠化は森林伐採はともかく、気候の影響も受けますし、資源は割と豊富ですから、教育水準とかそういう問題になりますか……」
質問に対する煮え切らない西田の発言に、
「そういう部分も、当然全く無いとは言えんな」
とした。その上で、
「しかし問題の本質は、ルワンダ内戦に象徴されている様に私には思える」
と付け加えた。
「ルワンダ内戦ってのは、確か原因は国内の部族対立でしたっけ?」
「吉村君の言う通り、いわゆるツチ族とフツ族の対立だったか……。宗主国であるベルギーが、植民地経営を上手く行うため、ツチ族を徹底的に優先し、フツ族との対立関係を作り出し、双方が協力しないよう利用した。そもそも、元々ツチ族とフツ族は完全に二分されるような存在ではなかったとも言われている(作者注1・後述)。こういう対立構造は、他のアフリカの植民地でも実践され、独立後も未だに尾を引いているようだ。まして国境線自体が、宗主国同士の都合で引かれたものだ。文化、部族の関係性など丸っきり無視でな。同じ構図は、アフリカのみならずアラブ諸国でも多々見られるのは、世界地理や世界史でも多少勉強していれば、君らもよくわかるだろう」
※※※※※※※作者注まとめ
◯作者注1
これも含め、ルワンダ内戦については、かなり面倒な歴史的・現代的背景がありますので、https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%AF%E3%83%B3%E3%83%80%E8%99%90%E6%AE%BA で大まかに参照ください。ウィキペディアですので、信憑性はいまいちですが、それでもかなり膨大な情報があります
また、最近ミャンマーで迫害されているというロヒンギャ族(民族ではないという説もあり、現在でもよくわからない存在ですが、イスラム教徒ということは確か)の漂流が、ノーベル平和賞受賞者であり、民主化指導者のアウン・サン・スー・チーの元でも国際問題化しています。
彼らは仏教徒とイスラム教徒の対立というだけでなく、旧ビルマ時代に、日本とイギリスが植民地を巡って小競り合いした際に、双方が仏教徒側とイスラム教徒側を利用したということが、未だに後を引いているという説があります。アフリカ、アラブ同様、アジアでも植民地統治のための分断政策が、未だに後を引いている一例と言えるかもしれません
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