第189話 名実98 (234~235 本橋からの時を超えた指示2)
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管鮑の交わりとは、
「
その幼馴染みであり、同じく桓公に仕えた
管仲と鮑叔牙は、幼馴染であっただけではなく、若い頃には商売も共に行っていた。その際、管仲が大損を出しても、「商売にはその時々の運がある」として、鮑叔は決して責めることはなく、また、大きな利益を上げても、貧乏な管仲の為に、その利益のほとんどを与えていたという。鮑叔のこの厚い友情に対し管仲は、「私を生んだのは父母だが、私を知る者は鮑叔である」と言う程だったそうである。
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それにしても、自分の組の名前まで考えていた本橋が、まさに急転直下、好事魔多しとでも言うべきか、一気に頂点から崖下へと転がり落ちてしまったことが、95年時点でもある程度予測していたとは言え、その後の殺人への関与の理由だったことは間違いない様だ。そして、久保山にこのような形式の暗号文を出せた理由もはっきりした。
「ところで、久保山さんは、もし自分か西田以外の刑事が来たら、『タダノ』について聞いてきても、相手にしなかったんでしょうか?」
確信こそ持っていたが、竹下はここに来て念の為確認すると、煙を大げさに吐き出し、
「そりゃまあ、兄貴の指示じゃ、『手紙のデカの誰かが来たら』と言うとるんやから、あんたか西田って奴以外が来たら、そりゃ一言も喋らんわ。それがワシの役目やから」
と微笑んだ。やはり西田の読みは正しかった。吉村では駄目だったのだ。
「ついでと言っては何ですが、この久保山さん宛ての『表』の文は、川西以外は全て本当のことなんですか?」
「おそらく最後の方の愚痴は、兄貴の創作やろ……。あの兄貴に限って、そないな弱音をワシ相手でも吐くような人やないわ。もし本当にそう思ったとしても、弱音や弱気は絶対に隠すタイプやから。……暗号作るためにわざわざ入れたんやろ」
竹下はその回答を聞いて、なるほど、久保山がここまで惚れ込む本橋であれば、手紙に書いたことが、仮に本音だったとしても、そんなことを実際に「表」に書くような性格ではないと見抜いているのだと理解した。しかし、仮に「暗号を作る為」に書いたとして、それが単なる創作だったのかは、竹下は、やはり別問題の様な気もしていた。
「それから、久保山さんが送ってきた手紙の入った、最も外側の封筒には、久保山さんの指紋すらなかったと聞いていますが、結局、中の手紙には付着してたわけで、何か意味があったんですか?」
竹下は勢いに任せて更に尋ねてみた。
「いやいや、恥ずかしい話やけど、兄貴名義の差出人の手紙に、ワシの指紋が付いとったら、ワシがやったと思われて、まともに相手にされんかなと思うて、手袋はめて書いたり入れたりしたんやけど、中身の封筒に付いてたら意味ないと、封してから気付いてな。ホンマにアホやったわ」
そう言って豪快に笑った。その行為に大きな意味はなかったようだ。
「じゃあ、根本的な話になりますが、本橋さんから預かった封筒を、更に別の封筒、つまり最も外側のそれに入れた理由の方は?」
「受け取った封筒には、既に兄貴がボールペンで、ひらがなで「えんがる署」と書いとったもんやから、そこに漢字で「遠軽署」と書き直すと汚くなるやろ? おまけに兄貴とは字も違うんで、そこも見た目悪くなるやろ? せやから、手袋はめて、大きめの別の封筒に入れて、住所も宛名も差出人も書き直したんや」
竹下はこの発言を聞いて、少しだが肝を冷やした。おそらくだが、依頼を決めた時点で本橋は、封筒に自分の指紋が付いていることや自筆であることが、「死者からの手紙」というあり得ない状況であっても、西田達にそれが「本物」だと認識させる意味があると考えていたに違いない。しかし、その配慮を無視して、この時ばかりは、久保山が余計な気を回していたことになる。
しかも、もし葵一家系団体の元組員として、前歴のある久保山の指紋でも出てくれば、多少は「調べてみるか」と言う気にもなるが、一番外の封筒には久保山の指紋すら無かったのだから、危険性は更に高かったということだ。
差出人と思われる人物が、本橋の取り調べに当たった2人について、名前と当時の所属を知っている割に、今の2人の状況を全く知らないという矛盾について、西田が感じるものがなかったら、あやうくゴミ箱行きだったろう。本橋の失敗は、「えんがる」を漢字で書けと指定しておきながら、そこを消せる鉛筆で書かなかったことだろうか。「封筒はそのまま使え」と具体的に指示しておくべきだった。頭の回る本橋にしては、画竜点睛を欠いたというべきか。
ここで、久保山は、
「それはそうと、あんたの疑問に答えたんやから、こっちの疑問にも答えてえな! あの手紙、兄貴は本当は何て書いてたんや?」
と逆に尋ねてきた。
「なるほど。確かにこちらばかり質問して不公平ですね……。わかりました!」
そう言うと、竹下は持参していた本橋からの手紙のコピーを取り出して、机の上に久保山が読みやすい向きで置いた。
「おう、これやこれや! 懐かしいのう! ホンマキレイに整列しとるわ」
久保山は灰皿にタバコをねじ込むと、紙を取り上げてマジマジと見つめた。そして、
「で、どないな読み方したんや。はよ!」
と、まるで子どもの様にせがんだ。竹下は、改めて自分達の所へ届いた2通目の遺書も取り出し、一度読ませ、その上で詳しい解説をした。
さすがに漢文の辺りは、余り詳細にやり過ぎると、反ってわかりづらくなる可能性があったので、多少苦心したが、20分程かけてじっくり説明することで、久保山も理解した。
「いやいや! 文の途中から始まるんや! こりゃわからへんわ! おまけにジグザグ読みとはな! こりゃ読むのも大変やが、作る方はもっと大変やろ?」
多少オーバーなりアクションだったが、そういう感想を抱くことは、おかしくはないどころかむしろ普通と言えた。
「ええ。結構大変だったと思いますが、大変よく出来てますよ、この暗号文は!」
竹下は、久保山に影響された訳ではないが、大袈裟過ぎると自分でも思う程、賞賛の意を示した。
「さすが兄貴やな。で、あんたと西田って奴と、どっちが読み解いたんや? そしてどんくらい掛かった?」
久保山は、ドンドン畳み掛けてきた。
「一応最後までやったのは自分ですが、西田も短歌のヒントのところに、早い段階で気が付いていたんで、2人の合作みたいなもんですね。それぞれ北海道の違う場所に居るんで、全体的な時間については何とも言えませんが、自分については4時間ぐらいだったかな……」
竹下はそう返した後、
「でも、どうせなら暗号文の中に、直接的に黒田さんという人を特定出来そうなことや、居場所なんかも潜ませておいてくれれば、一々水野住職を訪ねたり、こちらにお世話になる必要もなかったんでしょうけど。やっぱり1つの文字のために、1行まるごと書かないとならないから、面倒だったんですかねえ……」
と付け加えた。すると久保山は、
「うーん、それはどやろ? ワシはそうは思わんな。……まあ、今はそれはどうでもええわ。それにしても『六高』と『ひなこ』ねえ……。兄貴は、ワシ以上に相当アンタらを信用しとったようやね……。とにかくようわかったわ。早速、黒田はんの所に連れてかせてもらうわ」
と、気になることをボソボソと喋りつつ、自分でそのまま話を切り上げてから結論を述べた。そして、
「黒田はんは、兄貴の生まれ育った河内長野(市)に今でも住んどる。河内長野の黒田ベーカリーという店をやってはるわ」
と竹下に伝えた。どうもタダノこと黒田は、パン屋を経営しているようだ。
「黒田さんはパン屋なんですか?」
一応竹下は確認してみた。
「せや。パン屋の2代目という話やった。兄貴とは、小学校で同級生になった以来の付き合いやと聞いとる。高校時分は多少ヤンチャはしとったそうやが、あくまで笑える範囲で、兄貴が『本職』になったことについては、親友とは言え、……
久保山はそう言って、少し得意げな表情を浮かべたように、竹下には思えた。
「ほんで、兄貴がずっと無実を主張してたこともあって、『
ここで久保山の表情は曇り、
「ワシは兄貴からの手紙で、兄貴が殺しでパクられた後、2度黒田はんに会いに行ったんや。最初が95年やった。あの大震災から、1か月しなかった頃やったと思うが、『黒田に何か問題が起こっとらんか様子見てこい。『ちょっと近くまで来たもんやから……」とでも言って、俺の名前は一切出すな。何か困っとったら、お前に預けてある300万円の内、200万まではタダでやれ』と……。直接本人に手紙出したらエエのにとも思ったが、会って黒田はんに色々と探りを入れると、どうも黒田はんや仲間は、兄貴から、『俺のことは一切構うな』と、面会も割と早い段階から拒否されてたようやった……。それが、自分で手紙を直接出さなかった原因やった様やね。それはともかく、事前の予想通り、黒田はんは普通に元気そうで、まだ『
と語った。
「300万と言うのは?」
事情がわからなかったこともあり、竹下が確認すると、
「兄貴が捕まる直前にワシに会いに来て、『しばらく会えんが、この金を預かっといてくれや』と言われて預かってたもんや」
と答えた。そして、顎に拳を軽く撫で付けると、タバコを取り出して火を付け、ゆっくりと話を再開する。
「そんで2度目に会ったんが、それこそ、97年に、坊さんから手紙を受け取った後や。あんたらが『タダノについて聞いてくる』と書かれとったこともあって、何か知っとるかと先に確認しておきたいのと、『よろしく』と書かれてたもんやから、挨拶を兼ねて会いに行った時やね。そん時は、さすがに兄貴が自供したことも黒田はんは既に知っとって、『もうヤクザとは一切絡まん!』と、取り付く島もなく追い返されたわ……」
語ってからしばらく溜めた後に、深い溜め息を吐いた。その上で、
「今回、竹下はんを連れて行くに当たって、ワシが一番心配しとるんは、黒田はんがワシらへどういう態度を取るかや! 正直、ワシが直接紹介せずに、竹下はんをそこに連れてくだけの方がエエんかなとも思っとる」
と、ここに来て、久保山は弱気な口調になっていた。
すると突然思い出したかのように、
「あ! 兄貴から預かった金は、まだしっかりそのままにしとるんやから、勘違いしたらアカンで! あの金は到底一生使われへんわ!」
と、『本職』時代さながらに、凄むような真似をしてみせてから笑ってみせた。空気が重くなったのを和ませたかったのだろうが、本気で勘違いされたら困るという側面も、全くなかった訳ではあるまい。
「なるほど……。しかし黒田さんに、真相や『ロッコウ』と『ヒナコ』について聞かないことには、どうにも始まりませんからね。久保山さんも知らないんですよね?」
「ああ、さっきも言うたが、皆目見当も付かん!」
久保山はむしろ偉そうに否定した。
「じゃあ、会いに行くしかないですね。取り敢えずは、連れて行っていただけるんですよね?」
「そりゃ、不案内な『客人』をそのまま行かせたら、死んだ兄貴に怒られるわ! その上で、自分で聞いてもらう方が、無難やろってとこやね……」
打って変わって、最後には妙に神妙な顔付きになっていた。
「まずは、連れて行っていただけることが重要なんで。その先は、その河内長野に行ってから考えれば良いかと。ひとまず、現地まで案内を是非お願いします!」
「その点は任しといてや! ウチの運転士付のベンツで連れてったるわ!」
儲かっている街金の幹部らしい言動だったが、殺人未遂の前があるとは言え、本質的に悪い人物ではなさそうだ。
「それはそうと、話を聞く分には、どうも、黒田さんはかなりヤクザ嫌いみたいですが、旧友の本橋さんでも、関係を維持するのにギリギリだったのに、久保山さんだけは、それまで縁すらなかったにも拘わらず、黒田さんへ紹介してもらったわけですよね、本橋さんに。何か理由でも?」
「さすがに、なかなかオモロイところに目が利くな、あんたも!」
と喋った直後、予想もしない答えが語られた。
「黒田はんもワシも、昔の大洋ホエールズ時代からの熱いファンなんや! 今は知っての通り、横浜ベイスターズやけどな。関西の野球ファン言うたら、タイガース、次にジャイアンツとか、セなら、あって広島や中日やろ? 後はパの3大私鉄チームの、近鉄、阪急、南海ぐらいか? もう近鉄以外、親会社は違うてしもうたがな……。とにかく、
そう述懐すると、当時のことを思い出したか、懐かしそうに笑った
「なるほど、言われてみれば、関西で当時の大洋ファンっていうのも、少なそうですよね」
竹下も納得が行ったか深く頷いたが、
「ああ、ホンマに肩身が狭かったわ……。今は98年の優勝で、こっちでも(ファンを)チラホラ見るようになって来たけどな」
と、吸い終わったタバコを灰皿にねじ込んだ。
「しかし、また何でこっちでホエールズのファンなんかやってたんですか?」
竹下の当然の疑問に対しては、
「ほとんどの連中が忘れてしもうとるが、実はホエールズは、大阪で『
と言い出した。
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