第187話 名実96 (230~231 本橋から久保山へ向けた2通の遺書)

 読み終えると、続けて、もう1通の死刑直前に書かれたという手紙を読む。


※※※※※※※


拝啓


 本来なら、既に先に書いとった方が遺書になるはずやったが、言っておくべき

ことを思い出したもんやから、執行直前に別途書かせてもらうわ。


 一番重要なことは、デカ宛の手紙は02年の9月末に、必ず速達で出してや。

切手代ケチったらあかんで!


 それから、俺が死んでから、お前に手紙を託すことにしたんは、事前に封書の中

に更に封書を入れると、刑務官共が色々文句言うやろということと、ちゃんと届く

かどうか、不安があったもんやから、直接頼める教誨師に手渡ししてもろた方が、

安心と思うてこうなったんや。直接坊さんがやって来てビックリしたかもしれんが

そういうことや。


 さて、この期に及んで、お前に何か言い遺す言葉はないかと色々考えとったが

考えあぐねた挙句出て来たんは、「嘘も貫き通せばまことになる」っちゅう

ことやね。


 人を思いやる嘘は、貫き通せば真心や思いやりとなり、誰からも許されるように

なるっちゅうことや。嘘言うたかて、何でもアカンわけやない。それだけは肝に

銘じておいて損はないで。


 とにかく、俺の分も長生きするんやで!


                               敬具

※※※※※※※


 竹下は2つの手紙を読み終え、大きな疑問を感じた。まず、どちらにも、竹下や西田が久保山の元にやって来て、「タダノ」、特にタダノの居場所について尋ねてくることを、久保山がしっかりと確認するという指示が、文面から全く見当たらなかったということだ。間違いなく、久保山はタダノについて、竹下が聞いて来ることを予測していたわけで、この点は非常に不自然だった。


「スイマセン。久保山さんは、本橋さんとのこれ以前からの手紙のやり取りは、この文面を見る限りは、一応あったんですよね? 最後に本橋さんから郵送という形で手紙が来たのは、この文面ですと、死刑の1年前の96年の夏でいいんでしょうか?」

「せや。ただ、ワシが最後に送った手紙は、ああいう事件やから、そろそろ執行される可能性を考えて、兄貴に『何か差し入れして欲しいもんはないか』尋ねたもんやったが、それに対して最後に来た手紙には、それこそ『何もない。心遣いだけで十分や。そして手紙は一切寄こさんでくれ』とだけ書かれとった。せやから、まともな手紙としては、おそらく、95年の(阪神)大震災の後、来た手紙にワシが返信して、それに兄貴から返事があって以来なかったはずや。つまり、95年の春より前やね、まともな文章で手紙が来たのは」

そう答えると、黒田はしばらく黙ったが、

「ワシも兄貴のこと考えると、ほとんど手紙は出さんかった……。というよりは、出せんかったんや……。特に死刑(判決)が確定してからは、兄貴の気持ち考えると、なかなか……。それに加えて、判決が確定する前ですら、直の面会は、ワシの前(歴)を考えると、今は堅気と言えどもまず無理やったし、手紙ですら、念の為、兄貴には通じるように、千田金融の古くからの知り合いの名前で偽装して出しとったぐらいなんや。あんまりやり取りし過ぎると、探られる恐れもあったもんやから、どっちにしても、そう頻繁には出せんかった」

と思い出すように語った。


 その上で、

「それでも、死刑後は、96年の夏に一度出したんやけど、その文面の通り、「気持ちはありがたいが、これから一切手紙は不要」っちゅうに書かれた手紙しか来なかった。せやから、(死刑が)執行されてから、坊さんが遺書持ってきた時は、確かにびっくりしたわ」

と付け加えた。


 この久保山の発言を聞いて、竹下はこの2通のどちらかに、明らかに暗号文が潜んでいて、もう片方は、それの解読方法を指示したものであることを確信した。明確に推測が出来たからだ。


 本橋のこの一連の暗号の内容は、西田や竹下の協力を前提とするものであることは間違いない。だとすれば、少なくとも2人や吉村が、大阪拘置所で本橋とコンタクトした後に書かれたものでなくてはならないはずだ。そうなると、内容は確実に95年の秋以降に書かれた必要がある為、95年の春に来た最後の「まとも」な手紙以前には、指示があったはずがないのである。


 それを踏まえた上で、改めて手紙を見直すと、長さから言って、やはり事前に書かれた方の遺書が、それに該当するのではないかと考えた。最後に書かれた2通目は、本橋がこれまで同様、縦書きの文面を横方向に見る解読手法(作者注・これまで同様、手紙は実際には縦書き前提)を用いたと言う前提で見れば、「タダノについて聞いてくるだろう、西田や竹下について」指示するには、行数が足りないような気がしたのだ。


 確かに、久保山自身が竹下や西田宛に手紙を出しているとは言え、その対象者が実際にタダノについて聞いてくるかどうかまで、本橋が久保山に推測させるのは、漠然とし過ぎているように思えたからだ。「JAYWALK」の時には、確かにほとんど変わらない行数だったが、それまでの面会での一定のやり取りを踏まえた上での、簡潔さであったことを考慮すれば、今回はそれについては無理がありそうだ。そうなってくると、最初の遺書である1通目に暗号文が潜んでおり、最後の遺書である2通目には、その解読方法が潜んでいる可能性が考えられた。


 それを前提に見ていくと、「嘘も貫き通せばまことになる」という一文が非常に気になった。ヤクザ同士の暗号だとすれば、これまでのように、縦書きの手紙に横の視点を用いることで成り立っているという共通点があるはずで、これも「貫き通す」が横断を指すとすれば、わかりやすいからだった。しかし、それには大きな問題が1通目の文にあったため、竹下はやや混乱していた。そこで、本橋に確認してみることにした。


「ということはですよ、本橋さんのパターンだと、この最初に書かれた方の遺書に隠れている、本橋さんのメッセージの読解方法のヒントが2通目にあって、それがこの『嘘も貫き通せば真になる』かと思いますが……」

と、取り敢えず一歩踏み込むと、

「ほう、さすが兄貴が見込んだ刑事だけあるわ!」

と手を叩いて久保山は喜んだ。

「やはりそうでしたか……」

竹下は、自身の推理が合っていることを確認したものの、ここから先、どうやって読み解くかが問題だった。


 実は、竹下が混乱していた理由は、横の配列が、椎野の時や、今回自分達に送られてきた手紙と違い、きちんと整理されていない(作者注・勿論、サイト上はキレイに並んでおります)為だった。

「ここまでは合っているが、あれとは読み方が違うのか……?」

竹下は一瞬迷ったが、取り敢えず

「この文章の中に、何か嘘みたいなものがあるんですか?」

と尋ねた。


 今度は、久保山は冷たい笑みを浮かべながら、

「その文中にある『高津』ってのは、本橋の兄貴がよく通ってた雀荘じゃんそうで、ワシの直接の親分、同時に本橋の兄貴の兄貴分である、亡くなった吉田の親父とよく打ってた所の店主や。ヤクザモンやないが、本橋の兄貴と親父がよう贔屓にしとってな。2人の他には、信頼しとる極一部の子分や弟分以外のヤクザモンは入り込んどらんかったから、2人だけで心置きなく会話できる場所として重宝しとった。ワシらとはそういう繋がりやったが、87年に、高津の父親が亡くなったもんで、知り合いに雀荘を譲って、わざわざ儲からん実家の焼き鳥屋を継いだんや。その高津が住んどるのは伊丹いたみやね。これは兄貴が破門になった後で、一緒に行ったことがあるから間違いないし、兄貴もそれは憶えとったはず」

と語った。


「だとすれば、地名の『川西』の言葉が入っている、「川」か「西」の横の行のどちらかに何か隠されているんですか?」

久保山の反応を窺いながら聞いてみると、相変わらずニヤリとしたままだったので、竹下はもうちょっと尋ねてみた。

「これ、縦書きを横に読む方法で合ってますよね?」

「まあそんなとこやな」

久保山は、「早く読め」という雰囲気を隠すこともなかったので、確認の意味を込め、

「ちょっと待ってください。でも横の配列がぐちゃぐちゃですよね?」

と、更に確認してみた。


「はあ? そないなもんは、自分で各行の頭から字数数えて、合ってる順番の所の文字並べてやりゃエエやろ?」

いよいよ、竹下相手に表立って苛ついたように伝えた。


「なるほど! まあ、そう読むなら、そうせざるを得ないですよね……」

竹下は取り敢えず納得して、数えて、上から合った順番の文字を横の行に追ってみることにした。


※※※※※※※


(最初の遺書 わかりやすくするため再掲載 縦書き前提 横1行で37文字配列可能なモニタ環境必要)


拝啓


 久保山久しぶりやな。と言っても、お前に二度と会えんと思うと、残念

なことやけどな。さて、いきなりであれやが、昨年の夏やったか、お前から

の手紙が届いた後、「以後、一切連絡は要らない」と返事しただけで、大変

悪かったな。実際の所、気使ってもろたとしても、正直意味が無いんで、

心苦しいだけってのもあったんや。高津にも同じ様なことがあったもんやから

あいつにもお前から謝っといてくれ。川西に住んどるはずやから、無理やり

頼んで迷惑掛けて悪いんやが、そんなには時間も掛からんはずや。直接会って

お前から説明してもらえれば、許してもらえるんやないかと思っとる。

 さて、この手紙を教誨師の先生に持って行ってもろたのは他でもない。お前

に別の大事な頼み事があったからや。見たとは思うが、一緒に渡された封筒に

俺を以前に取り調べたデカ宛ての手紙を2つ確認しているはずや。住所がわか

らへんのやが、北海道の確かえんがるっちゅう署の刑事でかの西田と竹下って

奴への手紙や。これだけやと、俺がすぐ出せばええのかもしれんが、訳あって

俺の起こした事件で、時効がちゃんと成立してから出したい手紙なんや。確実

に、死刑はそれより前に執行されるとわかりきっとるもんやから、お前に是非

とも頼まざるを得ないんや。俺があの世から自分で出せたらええんやけどな。

 それと、えんがる署の住所も、調べることが出来ひんから、そこもよろしく

頼むわ。後、時間があれば、えんがるって地名の漢字も調べておいてくれや。

ひらがなやと恥ずかしいからな。色々盛りだくさん頼んで申し訳ないんやが

俺への香典代わりと考えてもろたら、理解してもらえるもんやと思っとるが

甘いやろか?お前なら、やってくれるやろ?

 業務連絡については以上で終わりってことで、後は昔話でもと思っとる。

お前と初めて会ったんは、吉田の兄貴が寿司屋にお前を連れて来て、そこで

直接紹介された時やと思うがどや?一見、優男風やったが、兄貴から色々話を

聞くには、かなり血気盛んで、見た目の印象からは想像が付かないということ

やった。まあその意味は、お前があのデカイ事件を起こしたことで明らかに

なったな。もう明らかに時効やから誰かに知られても問題ないってことで、今

書いちまうが、当時、若頭やった香川の兄貴が黒幕やったと聞いとる。吉田の

兄貴も悩んだようやけど、あの仕事は誰でも頼めるようなもんやないからな。

死刑にはならんとしてもや、出所してからも常にタマを狙われることになる。

ウチの中での扱いは高まるかも知れんが、内心常にビクつきながら生きること

を余儀なくされるわけや。無鉄砲か、キチガイか、或いは忠義に厚いかのどれ

かに該当せな無理や。無論、それじゃ足らんわ。重要なのは口の堅さや。これ

が一番大事やな。口が堅い上に、それらの要素を持った奴はそうおらん。お前

は無鉄砲で忠義に厚い上に口が堅かったらこそ、候補に上がったわけや。兄貴

の指示に従い、文句も言わんと、従順だったことが災いしたって落ちやね。

 しかもお前の真面目さは、その相手のタマを取れなかったことに、そのまま

出たわけや。無鉄砲と言っても、簡単に人を殺れることとはまた別モンなのは

今だからこそ言えるが、俺もようわかった。だが、俺はお前よりも不真面目な

人間やったからこそ、残念ながらこういう最期になってしまったんやな……。

 そして、満期で出所した後で、かつての居場所だった葵に戻ることを諦めて

いたな。その表向きの理由の一つは、既遂に出来んと、重傷を負わせる程度の

未遂に終わったことやったな。一言も言い訳せんかったが、失敗して兄貴の顔

を潰し、合わせる顔がなかったと考えても不思議はないわ。ただお前も知って

の通り、そんなことはなかった。出て来る間際、俺は兄貴の指示で、お前は俺の

子分に鞍替えするはずやった。そうなるとは、実は俺も想定外の沙汰やったが。

ところが、葵の幹部連中も、その案を端からダメとは一言も言わんかったわ。

下手打った上にパクられたもんの、マズイことは一切うたわなかったことの

評価が思ったより高かったわけや。  (作者注・「うたう」=自白する)

 だが、お前は出所後、身を隠すため消えた上、俺がやっと探し出してそれを

伝えても、「大変ありがたいが、迷惑掛けたことは言い訳できん」と拒否

しおった。おそらくだが、お前に言われたことは、お前の本心ではあったと

今でも思っとる。しかしそれ以上に、ためらった理由は、お前が少なくとも

極道としては、将来的に不安を感じたことがあったか、殺そうとしたことその

ものへの悔いがあったかのどっちかやと、俺は当時考えたわけや。

 その上で考えを変えさせるには、俺にもそれなりの説得力が必要なはず

やった。しかし残念ながら、俺にもそこの部分に自信はなかったんやな正直。

そうなればや、俺は引き止めることをためらうようになってしもうた。

 結局、カタギになるのを認める方向へ俺が調整して、息を潜めて暮らす

必要がないよう、裏であっちの組とも手打ちすることで、組に戻る話について

それ以降は組も手を引くことにしたんや。

 誤算は、酒井がそれをお前の耳に入れていたことやな。逆に言えば、俺の

破門の時、わざわざ世話を申し出て、頼りになってくれたのも、それが理由に

なったんやろ?それにしても俺の方が無職になるとは、当時微塵も考えとらん

かったんやが、もし俺がしっかりと世話せず、適当に扱っとったらと思うと、

ちゃんとしといてホンマに助かったわ。

 おまけにその後、俺の方が人を殺めたことで死刑になるんやから、人生なんて

もんは、全く読めんわ。そないなことだけは、俺はないと信じとったからな。

こうなった理由を、今更とやかく言うのはよすが、お前ならそれなりに察して

くれるんやないかと思っとる。ヤクザに生きる限りは、所詮真っ当な死に方は

出来んという覚悟こそ、一応はあったもんの、いざ葬式すら出してもらえんと

なると、偉そうに言うてても辛いもんよ、情けない話やけど現実はな……。

 それでも、結果の全てが己のせいやろと言われたら、何も言い返せないわけ

やから、正直諦めとるんやが、せめて知り合いのお前には、弱音ぐらい吐いても

罰は当たらんやろ。さすがの神様も、苦しませるのには限度があるはずや……。

 おっと、このまま愚痴で終わると、無頼を気取った極道・本橋幸夫の名折れや

ちいと裏切ったんは、お前の持っとる武士の情けで許してや。次に会うとすれば

おそらくは地獄やろうが、そんなもんは、覚悟の上や!ほな地獄でな!


                               敬具

※※※※※※※


 まずは「川」の位置を、キレイに並んでいないので、注意しながら横からずっと見つつ、メモ書きしていくと、そこにはあっさりと答えがあった。


「お・れ・は・た・津・川・に。も・っ・見・を・っ・ぐ・成・わ・世・る・っ・盛・理・や・て・が・見・の・デ・か・の・誰・か・が・キ・足・ら・た・だ・の・に・っ・い・て・既・言・て・く・る・端・ズ・「空白」・消・掛・れ・た・こ・と・に・こ・た・へ・手・や・れ・頼・無・話・。・た・だ・の・に・も・よ・ろ・知・苦・頼・武・は」


 つまり、読み替えれば、「俺はタツカワにも罪を償わせるつもりや。手紙のデカの誰かが来たら、タダノについて聞いてくるはず。聞かれたことに答えてやれ頼むわ。タダノにもよろしく頼むわ」

ということになるのだろう。

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