第182話 名実91 (216~217 竹下暗号を読み解く2)

「『やけ』という漢字に注目させる意図が本橋にあったとすれば、この漢字自体に意味があるはずだと思った瞬間、ハッとしたんです。本橋が書いた1通目の手紙の中に、『自』と『棄』という言葉が、それぞれあったことに気付いたんです。『自ずと』の『』と『棄却』の『』のそれぞれです!」

「ああそういうことか! で、それらのどっちかを、起点か終点にして読み解けたのか!?」

「まあちょっと落ち着いてください。それで『波立つ心地』で考えられたジグザグ読みですが、取り敢えず、横方向で山の連続(∧∧∧∧)のなぞり方では、『自ずと』の『自』の方も、『棄』の方も、起点にしろ終点にしろ、意味が全く通じない。それで山・谷の順番の連続(∧∨∧∨)で読んでみたら、『棄』を起点にする方で、かなりそれっぽい言葉になったんです。棄から最後の行、つまり末行まで読んでみて下さい」

「ちょっと待ってくれ! 今俺が自分でやってみるから」

西田はその発言を受けて、1通目を目で追い始めると共に、近くにあった新聞の余白に、該当する文字を書き込んだ。


※※※※※※※(縦読み前提、37文字が1行で収まる表示環境必要 本文19行目の「棄却」の「棄」より開始)


拝啓


 この手紙をあんたらが受け取った時期は、二〇〇二年の十月初旬辺り

やないかな?俺の生前に、手紙を出すように頼んでおいた奴には、あんたらの

今現在の所属がわからんので、取り敢えず「えんがる署」宛で出させたんや。

 ひょっとすると、何処かでたらい回しされて、予定の時期よりもっと後に

受け取った羽目になっとるかもしれんが、それはこちらの責任やない。

 運が悪けりゃ、どっかで紛失なんてことも、なくはないやろうが、これを

今読んでいるんやとすれば、そんなことは自ずとあり得んわな。

 因みに俺が頼んだ相手は、あんたらは封筒に付いた指紋を調べるやろうから

判るはずやが、殺人未遂の前がある久保山や。死刑の執行は、当日にいきなり

告げられるようやし、そもそも俺の場合には、親族との縁も切れとるんで、面会

もさせてもらえんから、世話になった教誨師に、この手紙を久保山に手渡す

ように頼んだ上で、そこから更に久保山へと渡って、久保山が後から差し出して

今あんたらが、二〇〇二年の秋に読んどることになっとる手はずやった。

 前もって、久保山に差し出しておく方法もあったんやが、死刑直前に書く遺書

と一緒に渡した方が良いだろうと思ってこうなった、いや、なっとるやろうな。

 さて、手紙があんたらへ届いた経緯は説明した。で、その久保山は二〇〇二年

から見て、十八年前に出所した後、カタギになるため組に戻らなかった。そして

奴は俺の直近の子分ではないもんの、弟分的な存在でもあるんや。

 俺が死刑確定まで棄却を二度食らったのに対して、奴は一審の判決が出てから

弁護士の控訴の進言を無視して、控訴せず刑が確定。一審の判決通りに豚箱に

入ったわけよ。俺が破門された時も、直接関係ない久保山がすぐに俺に義理立て

して、助けてくれた程真面目な奴や。まあ殺人未遂しといて真面目もないわな。

 ただ、そんな奴は打算がないから、上の連中に使われる側で終わっちまう。

鉄砲玉として相手先の若頭を銃撃した時も、結局そういう所を利用されたんやな。

気の毒と言えば、その通りやけど、ヤクザも所詮は会社組織と一緒やからね。

しかし、久保山は幸い年齢もやり直せる若さやったから良かった。もし、出所

して組に戻ったら本末転倒やったかもしれんが、すぐに堅気になれたわけやしね。

 それはともかくや!佐田実の事件を起こしたのは、一九八七年九月二十六日。

当然、既に時効にかかっとるやろ?これを見てる頃には。解決は無理やったな!

つまり、事件の捜査からは、結局事実がよくわからんままで終結ってことやな。

言うまでもなく、当然、捜査が上手く行かなかったやろうという前提であって、

ひょっとすると、全部暴いてしまっとるかも知れんが、考えたらまあ無いわな。

 正直俺の中では破門されて以降、碌な事がなかったもんやから、そっちの捜査が

上手く行ってない事が大きな喜びにすらなっていたんや。俺の言動に惑わされて

右往左往する姿を見ながら、ストレス解消していたもんや……。特に堅物そうな

竹下が頭を抱えている姿は、俺からすれば最高のご褒美だったってわけや。

 ただ、一方で竹下は、俺が知る中でもかなりの切れ者や。そういう意味で、死ぬ

前に竹下とやり合えてなによりやったと思う。この手紙を竹下が見ているなら、

それが俺の偽らざる真意だとわかってもらいたいもんや。人生の最後にオモロイ

ゲームに勝てて、相当嬉しいわけよ。一方の竹下はおもろないやろうけどな。

 さて、この手紙では、持ち出し時に検閲されることも考えて、何か具体的に書く

つもりはないが、あんたらも時効で捜査権限がなくなる以上、既に諦めてるやろ?

俺も勝利宣言をするだけにしとくわ。時効があっても、最後までなんにも言わん

方が良いわな。誰のことも裏切れんし、このまま墓場まで持ってくつもりや。

 ところで、精神的に余裕が出来てから、俺は最近勉強に目覚めとるところや。

元々学校のお勉強も出来た方やが、悪さばかりに注力しとったからな、中高と。

やっと、勉強をする気になったってのは、遅すぎるっちゃあ遅すぎるが、教誨師

が言うには、やる気があれば、年齢なんか関係ないそうや。

 そりゃ教誨師も、一から十まで本気でそう考えてるわけないやろが、全くの嘘

だけであんなこと言うわけないからな。多少は真に受けて、気持ち入れ替えて

三十数年以上前に、一度は捨てた教科書の類を改めて色々と見とるところや。

 ただ、さすがにど根性だけで、これだけの年数、勉強してこなかったツケを

取り返すのは、そうは簡単じゃなかったわ。特に数学辺りはさっぱりやった。

仕方ないから、小学校六年生辺りからやり直したが、高校一年辺りでアウトや。

 一方で、国語なら高校でも余裕やったから、それを特に頑張っとる。英語は元々

割と出来た、おっと、余計なことを言うと詮索されそうや。そういうわけで

国語と英語を中心に日々勉強しながら、暇を見つけてこれを書いとるわけや。

 いつか来る執行前になんとか書き終えんとならんからな。死刑直前にはそんな

余裕が、絶対に無いことは、その日が来る前から、さすがに想像出来るわ。

 さて、長々とどや顔で書いておいて、腹立ててるやろうが、あんたらとは

えらく短い期間でしか関わらなかったもんの、楽しい時間やったことは事実や。

そういう意味であんたらにはほんまに感謝しとる。ほな。



※※※※※※※


棄・言・破・真・打・先・の・年・末・や・か・ら・然・全・門・大・な・い・は・な・真・相・は・た・だ・の・に・来・気・気・一・わ・一・ど・は・六・高・と・日・な・こ・や・か・ら


 西田は書き込んだ文字を順番に見ていたが、「年末」だの「真相」だの「やから」だの、それっぽい言葉は目に付いたものの、到底すぐには、全体として何か意味をなしているようには見えなかった。


「これ、本当に文章になってるのか? 真相ってのは如何にもって感じはするけど。ごちゃごちゃしてるから間違ったかもしれない……。これで合ってる?」

如何にも怪しいという疑問を投げ掛けつつ、自分でピックアップした文字を1つ1つ竹下に確認した。


「西田さんのでちゃんと合ってますよ。『棄』から最後の文字である『ら』の手前の『か』まで、山と谷の基準の高さになる横の行(作者注・つまり小説上、横書きの場合は縦行に該当)を1本線で結んでやると、よりわかりやすくなりますけど、合ってることは間違いないです。で、確かにちょっと取っ付きにくいところもありますが、俺はこう読みました」

そう言うと、説明し始めた。


「『期限はまだ先の年末やから全然問題ないわな。真相はただのに聞け。キーワードは六高と日なこやから』。自分はこう読み解いたんです。漢数字の一に該当するものは、おそらく『音引き(作者注・長音符、棒引き、長音記号、伸ばし棒など呼び名が幾つかありますが)』として理解すべきだろうと考えたら、『気一わ一ど』は何とかなりました。後は、『はな』を『わな』、『来気』を『聞け』と変換するところがちょっと考えましたが」

「なるほどそう来たか!」

西田は竹下の考えた変換に感心したが、これが正しい……、否、おそらく正しいはずだが、そうだとすれば、大きな問題が秘められていることに当然気付いた。


「しかしそうなるとだぞ! 最初の部分は、本橋は佐田殺害の時効について、手紙の本文と違い、ちゃんと理解してたってことでいいのか? 間抜けな振りをしていただけってことか」

「ある程度、読み取る前から予期していたんですが、その通りじゃないですか? つまり手紙の本文上では、時効を間違って認識していて、その前提でこっちを馬鹿にした挙句、自分が馬鹿だったという落ちを演出し提供していますが、実際には本人はちゃんと理解していたということになりますね」

「しかし、そんな落ち演出の為だけにわざわざ?」

西田としては到底納得がいかなかったが、

「さすがにそれだけじゃなく、何らかのもっと大きな意味はあると思います。ハッキリはわかりませんが、カムフラージュですかね。表向きは、自分は何もわかってないみたいなことを、見せかけておく為とか」

と、竹下なりの答えを提示した。

「しかし俺達にはそんなことをしても意味ないだろ? 暗号を読み取らせたかったんだから」

「ええ。だからおそらく、万が一、見られたらマズイ奴に見られた場合の保険じゃないですかね」

「マズイ奴ってことは、本橋が『真相』を知ってるであろう、佐田の殺人に絡んだ連中ってことで良いのか?」

西田は解読された暗号の内容を前提にして、先回りする形で尋ねてみた。

「おそらくその理解で良いと思います」

竹下は、おそらくと言いつつも、確信を持っているようだった。

「そういや、表向きの文面でも、『一切明かさないまま死んでいく』みたいなことを、他に書いてたしなあ。あれもカムフラージュの一環か」

「でしょうね。やっぱり自分が何か警察側に働きかけたなんてことがバレるのは嫌なんでしょう。それがああいう表現になり、暗号にした理由でもあるんじゃないですかね」

「と言うことはだぞ。その上で、真相をタダノ? とか言う奴に聞けと、暗号で言ってるんだとすれば、これはどういう意味があるんだろう? そのままの意味で捉えて良いんだろうか」

西田は竹下に助けを求める様に、回答を求めた。

「現時点で断定は避けますが、多分」

西田が色々と立て続けに質問してきたので、やや面倒くさそうな感じを隠せない言い方になっていた。そうは言っても、大事な話をしているわけで、気を取り直した様に話を再開する。


「真相がどういうことかまでは、はっきりとはわかりませんが、時効がまだ3か月程余裕がある前提で、こんなことを書いている以上、それなりに事件を動かしてくれるような情報の可能性は十分にあると思うんですよ」

「つまり、竹下は、本橋の期待していた通りの結果を出して、そしてそこから得られた情報にも期待出来る公算が高くなったってことか……。うん、さすが竹下ってところだ! ついでに、お前に頼んで、無駄な時間を使わずに済んだ俺の判断も大したもんだな!」

西田は竹下を賞賛しつつ、最後には自分を褒めるという荒業を、自虐を込めて演じたが、竹下の返答は意外なものだった。


「でも、正直に言っておかないといけないことが……。確かに、自分は本橋が伝えたいことを読み取ったとは思いますけど、本橋はもっとちゃんとこっちに、短歌の中でヒント出してたことには、最初の読解時点で全く気付いてませんでした。そう考えると、完璧に読み解いたとまでは、到底言えないんです、残念ですが……。少なくとも本橋に勝ったのではなく、結果的には、ただ使われただけってことなんでしょうねえ」

竹下は、電話の会話ですらわかるような、如何にも悔しそうな口ぶりだった。そう言えば、会話の冒頭に、竹下から謎の心情を吐露されたことを思い出したが、西田にとっては、解読が出来た以上は、それこそ意味不明な言動でしかなかった。


「意味がわからんな? ちゃんと読み解いているからこその、この結果なんだろ?」

竹下の言いたいことが全く掴めず、疑問を口にしたが、竹下は西田が思いも付かないようなことを言い始めた。


「棄却の棄が、暗号文の起点だということに気付いたのは、当然悪くはないんですが、自分が気付いたのは、あくまで『自』と『棄』を起点にして実際に確かめてみて、『棄』を起点にする方から読めたからこそ、わかった程度のことでした。はっきりと論理的に確信したというわけでもなかったのはわかってもらえると思います。でも本橋はもっと確実にそこが起点だと示していたんです。読み取ってから、ちょっとして気付いたものの、まあ遅かった……」

「やっぱり、お前の言いたいことは、さっぱりわからんぞ?」

西田は尚更理解不能な状況に陥っていた。


「西田さんは、高校時代に漢文とか結構出来たタイプですか?」

唐突に、更に追い打ちを掛けるような、想定外の言葉が投げ掛けられたので、西田は面食らった。

「漢文!? 少なくとも好きではなかったけど、それがこれと関係あるのか?」

「ええ。もう一度、『やけ』という字を漢字にしたら、どう書くか思い出してください」

「自分の自に棄却の棄と書いてヤケだったろ?」

本橋同様、竹下にも小馬鹿にされたような気もしたが、こいつはそういうタイプではないと思い直し、意識的に普通の口調で返した。


「そうです。ここで自分は、本文にある『自』と『棄』の字を注目させるためだけに、この流れを持ってきたと思ってました。でも、やっと読み取ってから、自棄の『自』の方の漢字にも意味があると、初めて気付いたんです」

「うん?」

ここに至っても西田は竹下の言動の意図を計りかねていた。


「だから漢文ですよ漢文! 漢文で『自』は、起点を表すんです。自の後に返り点を打って、その後に◯と続ければ(自レ◯)、『◯より』と読んで、『◯から』という意味を表すんです。短歌自体もヒントなら、そこに漢文の要素でヒントを加えていたってわけです」

ここまで説明されて、西田は何となく高校時代を思い返していたが、

「そうなると、1通目の手紙の本文中にあった、高校の国語をやり直しているということと繋がっているのか?」

と問うと、

「ほぼ間違いなくそうだと思います。2通目だけでなく1通目の本文もセットですね、ヒントとして。多分実際にやってはいたからこそ、こういうことを思い付いたんだとは思いますが……。正直そこまで本橋が考えていたとは、最初からは全く読み取れませんでした、残念ながら」

と、如何にも悔しそうに舌打ちしたが、尚も言葉を続ける。


「更にというか、これもほぼ間違いないと思うんですが、『やけの末』の部分の『の』ですけど、これもおそらく漢文的な解釈を狙ってたんじゃないかと……。この部分については、全く無視していたんですが、『やけの部分の漢字がわからんままで、そこが何とも締まりが悪い』と、本橋は言及していますよね?」

続けて竹下が難解なことを言いだしたので、西田は付いて行けず、

「おいおい、全く意味がわからんぞ……?」

と絞り出すように聞く。

「つまり、『やけの部分』と聞くと、『やけ』の『部分』という、部分の具体的な箇所を指すための、後から付けた助詞の『の』という解釈を、どう考えてもしてしまいがちですが、この『やけの』とは、短歌の中にある『やけの』そのものが一体で、それが部分という言葉とくっついたと考えたらどうでしょう? つまり、部分とは『やけの』全体ということになります。本来なら、『やけの』の部分という書き方の方が、適切な上にわかりやすいはずですが、敢えてそうしなかった。そうすると、バレやすくなるから。とにかく、もしそうであれば、本橋は、この全体を漢字にするとどうなるか、我々に考えさせたかったということになります。『やけ』を『自棄』という変換だけではなく、『やけの』全体を漢字で変換させたかったというのが真意でしょう」

竹下の解説は更に面倒なことになっていたが、何となく西田にも見えてくるものがあった。

「なるほど。つまり『の』の部分も漢字にしろってことなんだな?」

「そうです。それで、日本語に『の』と呼ぶ漢字は、幾つかあるのはわかるかと思います。例を挙げれば、野原の野とかね。ただ、この『の』のように、短歌中での助詞の意味をそのまま漢字に当てられるとすれば、さっき漢和辞典で確認してみたんですが、やはり限定されるんです。遠軽の沢井課長と同じく、芽室町出身の横綱『大乃国』の乃がまずそれです。それこそ、ひらがなの『の』やカタカナの『ノ』という字の原型になった漢字ですから、まさに『の』ですよ。そしてもう一つが、名前で雅之まさゆきの『ゆき』とかに使われる、部首のしんにょう(作者注・『しんにゅう』とも呼ぶ)みたいな形をした『』です。わかりますよね? もっと正確に言うなら、しんにょうを漢字表記すると、まさに『之』を使う(作者注・『之繞』と書いて、しんにょう・しんにゅう)みたいなんで、そのままなんですが……。おっと、それはともかく、『之』は『これ』とも呼びますけど、その『之』には、夏至や冬至に使われる漢字のいたると同様に、『~にいたる』と読んで、実は終点を示す意味も漢文上はあるようなんです。これについては、正直全く頭になかったんですけどね。というより、漢文ではおそらく習ってないかもしれない」


 西田はこれを聞いて改めて驚き、

「ということは、『自』と同様、『之』の後にある言葉に対しての終点を意味するんだな?」

と確認した。

「そうです。つまり『やけの』を全部漢字で書けば、『自棄之』となって、『やけの末』全体で『自棄之末』となります。これを漢文的に解釈すれば、[『棄』より『末(行)』に至る]と、まさにこの暗号文の起点終点を、漢文として明瞭に指し示すことになるわけです。短歌のワンフレーズに、漢文まるごと入れ込んで、漢字だけなら意味が別になるなんてのは、到底想像すら出来なかった。正直、ここまで考えていたなら、本橋に完璧にやられたなという思いです。でもここまで来たらあり得ない話じゃない。おそらく、死刑直前の『如何にも』有り得そうな心境である『自棄』を、死刑前に書いた手紙に先取りして使用したんでしょう」

竹下はここに至って、悔しいというよりは感心したような口調になっていた。西田もまた、その説明を聞いて、「やられたな」という印象を持っていた。


「そして、それを前提にもう一度、辞世の句の短歌を見直したところ、『やけの末 踏み抜かめども 黄泉の方 見れば翻意へ 波立つ心地』の他の箇所も気になってきました。ひょっとすると、この短歌全体がヒントになっていたのではないかと」

竹下は徐々に熱弁を奮い始めていたが、西田としては水を差すよりも、そのまま任せて聞いておくことにした。


「それで、まず踏み抜くの踏みを、文章のふみと解釈出来ないか考えたんです。そうなると、抜くを古語辞典で調べると、『だます』という意味があるんですね。つまり『踏み抜く』全体で、暗号文を意味しているのではないか? ってことです。そして、黄泉の方ですが、黄泉とはまさに読むの『読み』で、方も合わせて『読み方』と読み替えられます。更に、『見る』の古語には、『見てわかる』という意味があるようですから、『読み方がわかる』と捉えることも出来そうです。翻意は同じ読み方だと、本当の意図の『本意』に読み替えられますし、そうなると、この辞世の句は、次のように読み替えられるんじゃないでしょうか? 『手紙の中の棄という字から最後の行まで、本当の意味が隠された暗号文としての読み方は、上下に波立つように読めばわかる』と。心地は本意と同じ、真意だと思えば良いでしょう。そしてこれはそれ程確信はないんですが、『抜かめども』の『めども』は、『目処』のめどに、『も』が付いた形かもしれませんね。そこまで考えると、『手紙の中の棄という字から最後の行まで、本当の意味が隠された暗号文作成の見通しが立ったが、その読み方は、上下に波立つように読めばわかる』って感じの意味になりますか。まあ、目処のところは微妙ですが……」

「ほう……。全体としても、割とキレイなヒントになってるわけだ」

西田も思わず感嘆の声を漏らした。


「まさにそう思いますよ、自分も。これは、前回の椎野記者が作成したJAYWALKの文とは長さも質も出来が違います。正直脱帽ですね。独房で暇だったのかもしれないが、最近の傾向から言えば、本橋のような極悪犯罪者には、そう遠くない死刑がヒタヒタと迫り来るのを感じながら……。ああ、そう言えば、当時の橋爪改造内閣の組閣の情報を新聞で見ていたら(作者注・死刑囚も記事内容によりますが、一般的には新聞を読むことが出来、場合によっては記事の書き写し、切り抜きも出来るようです)、より死刑の接近を具体的に感じていた可能性もありますか……。そういう中で黙々と論理的に作っていたんでしょう。まるでパズル職人のような気持ちだったんでしょうねえ……」


 こう竹下は、西田の発言を受けて、羅列しながら分析してみせたが、橋爪は箱崎派の後身である梅田派出身の首相で、97年9月の第2次内閣の改造時に、死刑積極的賛成派の法務大臣を登用していたことなどを念頭に置いたものだった(作者注 詳細は修正版の名実1に加筆済み 16年10月11日付)。

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