第119話 名実28 (61~62 信じられない発見)

「おい! 最後まで見たが、これに一体何の意味があるんだ?」

西田はざっと確認し終わると、部下に問い質した。

「ちゃんと見ましたか!? 課長補佐! しっかりしてくださいよ! ここですよ、ここ!」

車から出てきた吉村が、今度は西田から冊子を奪うようにして取ると、冊子をめくってある部分を指した。西田は改めてそこに視線をやる。


 そして数秒見つめた結果、やっと吉村の意図を理解した。その部分にあったのは、「小野寺 道利」という名前だった。

「憶えてると思いますけど、俺の記憶が間違ってなければ、大船渡で受け取った、戸籍の写しの桑野欣也の従兄弟の名前、小野寺道利でしたよね? しかも、戸籍上の死亡年月日は、昭和17年の5月……、確か20……26だったはず!」

「おお! 言われてみりゃそうだったか! 昭和17年の5月の20何日だったかまでは、お前の言う通りだったはず……。そうか! あの時は、湧別機雷事故の発生日を意識することもなかったからな! それにしてもよく気付いたな! 最後まで読まないまま、竹下に送り付けていたら、この事実に気付かないままだったぞ!」

西田はそう言うと、吉村の肩を両手で力強く揺すった。


「さっきの突然のスコールのおかげですよ。俺なんて、頭から冊子の中身を見るつもりすらなかったんですから!」

「怪我の功名でも、何でもいいって! 早く戸籍確認しに戻るぞ! これ飲め!」

今度は、西田がコーラを部下の顔の前に何度も突き出した。

「わかりましたから! すぐ飲みますから!」

今となっては、吉村より興奮気味の上司をいなすように言う。

吉村はグイグイとコーラを飲み終えると、2人は急いで車内に戻り、狭い駅前の道を国道へ向けて急発進した。


※※※※※※※


 吉村の宣言通り、そこからは、赤色灯でも付けて走行した方が良いのではないかというぐらい飛ばしに飛ばし、30分経つか経たないかで、方面本部の駐車場に滑り込んだ。


 2人はダンボールに背広と冊子と空き缶を突っ込み、方面本部庁舎の階段を駆け上がった。そして、捜査一課の室内へ入ると、ダンボールを雑に机に放り投げるように置き、一目散に資料のあるキャビネットに駆け寄った。


 ガタンと扉を無造作に開け、捜査資料の入ったファイルの中から、綾里の出張所で貰った戸籍の写しを取り出した。


「あ、やっぱりドンピシャだな!」

2人は戸籍の写しを見て、一瞬で小野寺道利の死亡日時が、湧別機雷事故の発生日である昭和17年5月26日と一致していることを確認し、ハイタッチした。

「偶然じゃないですよね? 間違いなく、桑野の従兄弟はあの現場に居た。そして桑野もあの現場に居た!」

西田の顔を覗きこむように見る部下に、黙って頷く。


「よし、今から竹下に電話で確認するぞ!」

西田はそう言うと、携帯から竹下に連絡を取ろうとした。しかし、留守番電話になっていた。

「あら、この肝心な時に繋がらねえとはな」

舌打ちしながら座り、取り敢えず昂ぶりを沈めようとした。吉村も同様に椅子に座ると、手持ち無沙汰を誤魔化すように、ダンボールから空き缶を取り出し、分別のゴミ箱へと捨てた。


 そんな2人を黙ってみていた同僚達の中から、主任の日下が声を掛けてきた。

「何か遠軽であったんですか?」

「ちょっとな。銃撃事件と直接関係するわけじゃないが」

「そうですか。……もしかすると、佐田実の方?」


 西田の指揮下にある部下の内、吉村以外は、直接的には15年前の佐田実の事件捜査をしているわけではない。ただ、西田と吉村がそちらも念頭に置いて、銃撃事件捜査をしていることは知っているせいか、西田の言い方だけで、ある程度状況を把握出来たようだ。


「ああ、その通りだ。どっちにせよ、そちらにも直接的に結びつくというわけでもないんだけどさ」

「そうですか……。自分達は詳細はわかりませんが、スッキリするといいですね。おそらくそちらで動きがあれば、こちらにも良い影響が出るんでしょうし」

日下はそう言うと、再び当時のダミーとして利用されただろう、建設会社への銃撃事件に関与していそうな、道内の暴力団組織を洗った当時の資料に目を通していた。


 多くの人数分の情報があっただけに、4月以来暇な時には洗わせていたが、未だに全部は見直せていなかった。そろそろ完了しそうではあったが……。


「課長補佐! ところで小野寺の件ですが、桑野が鴻之舞金山の職員だったとすると、小野寺はどんな立場で現場に居たことになるんですかね? 常識的に考えれば、そこで一緒に事故に遭遇したのが、たまたま偶然なんてことは天文学的確率だろうし、何か一緒に居た原因があるとしか思えないんです」

日下との会話を終えたのを見届けて、吉村が話題を戻した。

「つまり桑野と同様、小野寺も鴻之舞で一緒に働いていて、そこで爆発事故に巻き込まれた、そう言いたいんだな?」

「その通りです!」

「言われてみれば、その流れがもっとも自然だよな……」

西田の頭の中は、従兄弟の小野寺が桑野と同じ事故現場に居たということで止まっていたが、吉村はどういう理由で現場に居たかも考えていたようだ。元々独特の閃きや運を持っているとは思ってはいたが、部下とは言え、確実に成長を感じた。


「しかしそうなるとですよ。桑野は、年下の従兄弟が爆死してる最中に、死亡確認だけして蒸発したってことですよね? ちょっと酷くないですか? 桑野という人間は、評判通り立派だったのは事実のようですから、あれだけの事故の最中に、自分だけ突然消え失せた時点でもかなりおかしい感じはしますけど……。その上更に肉親が死んだとすれば、こりゃ尚更酷い話じゃないですかね?」


 言われてみれば、確かに桑野が人格者だとすれば、阿鼻叫喚になった現場から、警察に死亡者の情報を提供しただけで、現場から居なくなるというのは、警察に報告したので完全に無責任とは言い難いものの、やや無責任なことは確かだ。先日、竹下と桑野の行動について討議した時も、どうも結論が出なかったが、吉村の話はそれを更に難しくしたように思えた。

「うーん、ホント吉村の言う通りだな」

西田はそう唸った。


 その時、突然西田の携帯が鳴った。竹下からだ。

「おう! 俺だ」

「すいません、さっきまで紋別市役所で取材中だったもんで、すぐに出れませんでした。何か?」

「おうそうか。実はな、お前に頼まれてた捜査資料を遠軽で貰ってきたんだ」

「あ、それはすいません。で、どうでした?」

竹下の声のトーンは、何となく頼んでいたことを、うっかり忘れていたかのような印象を与えるものだった。とは言え、そんなことを気にしている場合ではない。


「それがな、当時の資料は、今朝に連絡したもんだから、見つかってなくてな……。仕方ないんで、遠軽署が作った爆発事故60周年の冊子を……」

「あちゃー、それですか……。実は、今年の慰霊式典当日も取材してまして、それ、既に手に入れてるんですよ、現地で……。そもそも、そっちにも目新しい内容はなかったんですよねえ」

西田が言い終わる前の段階で、竹下が残念そうに反応した。

「そうだったのか……。まあ俺も竹下が書いた記事を見ていて、あんまりそれと変わらんと言う認識だったから、そう言うことは考えないこともなかったが」

「いや、ホント申し訳なかったです。そういうわけで、それ処分しちゃって構いませんから。じゃあ」

そう告げて、勝手に会話を終えようとした竹下に、

「ちょっと待て、まだ終わってないぞ!」

と慌てて制した。


「他にも何か?」

思い当たる節が無かったせいか、素っ頓狂な声を上げたが、

「桑野が鴻之舞で働いていたって話で連絡貰った時、俺と吉村が岩手に行った件も話したよな?」

と、西田が伝えると、

「あ、はい。それが?」

と、相変わらず西田の発言の意味がわからない様子だった。

「それでその時にだ。桑野の母親の出身地である大船渡で、桑野の母親の、おそらく姉の一家だろう戸籍を貰ったって話憶えてるか?」

「ええ、勿論」

「その戸籍の中にあった、桑野の従兄弟に当たる人物と同姓同名の名前が、今日貰ってきた冊子の犠牲者一覧に載っていたんだ。吉村がそれに気が付いてね」

「へえ! そいつは大変興味深いですね! もし同一人物なら凄い確率だ! でも珍しい名前でもなければ、別人って可能性もありますよね。まあ名前言ってもらえれば、自分の方にも、まだそれあるんで、今すぐ調べてみますけど」

竹下はそう軽く西田に伝えたが、

「そいつの名前は、小野寺ミチトシ。普通の小野寺に、北海道の道、利益の利でミチトシ」

と、西田の口からそれを聞いた瞬間、電話の向こうの様子が一変した。


「ちょ、ちょっと待って下さい! 小野寺道利ですよね!? それ桑野と一緒に鴻之舞から湧別に行って、爆死した同僚の名前に間違いないですよ!」

と叫んだ。

「やっぱりそうか! 死亡年月日が、丁度爆発事故当日になっているから、おそらく間違いないとは思ったが!」

西田はそう言うと、吉村にOKサインを指で作って、推理が当たっていたことを示唆した。一方の竹下は、西田が喜んでいる様子にも構わず、勝手に独り言のように喋り始めた。


「桑野は鴻之舞で従兄弟と一緒に働いていたんだ……。今回の新聞記事で、鴻之舞のダイナマイト技師が巻き込まれた件を書いた時には、犠牲者の個人名は出してないですし、北見で西田さんや吉村に会った時に、頼まれて、西田さんのメモ帳に、大将の件を中心にして取材の概要を書いた時にも、遺族や大学教授に話を聞いたことについては、具体的に細かい名前は書いてなかったはずだし……。西田さんが、記事もメモも両方ちゃんと見てくれていても、そこから気付くことは、普通ならあり得なかったわけで……。今回、冊子の犠牲者名簿の方までちゃんと見て気付いたのは、まさに凄い引きでしたよ。神の導きとしか思えないぐらいです!」

確かに、吉村がしっかりと従兄弟の名前を記憶していて、しかも犠牲者名簿まで確認して初めて、この発見が成立したと言えた。


「いや、実際かなり運の要素が強かったんだ、正直に言うと。詳細は説明するのが面倒だが、冊子を貰ってきただけでなく、そこの部分に気付いたのは、ある種の運でしかなかったからな……。勿論、吉村のお手柄は、お手柄なんだけどさ、偶然も重なったんだよ!」

西田は遠軽からの帰途での出来事を思い返していた。

「そういう引きの強さがアイツにはありますからねえ……。自分の記憶では、その冊子の犠牲者一覧は、50音順で、どういう立場の人間かってのも書いてませんでしたよね? ちょっと今確認しますけど……」

そう言うと、しばらくガサゴソと、引き出しか何かを探すような音がした後、

「ありました! やっぱりそうでしたね」

と言ってきた。


「でも、吉村が戸籍の写しに記載されていた死亡年月日をしっかり憶えていたので、そうありふれた名前でもないし、間違いなく載っていたのが従兄弟だと確信したんだ。そして常識的に考えれば、2人は一緒の立場で、事件に巻き込まれただろうってのも奴が言い当てた」

「そこもですか! 吉村もたまにはやりますね! あいつに、『明日は雪が降る』と伝えておいてくださいよ」

軽く憎まれ口を叩いた竹下だったが、声は明るかった。


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