第113話 名実22 (48~49 桑野再浮上 河北・北村家内幕)


 竹下からの電話を受けながら、西田はメールを受信し、画像を確認した。間違いなく、桑野欣也名義の契約書だった。生年月日や本籍も載っており、そちらも桑野と一致していた。


「確かに頂いたぞ! しかし、竹下にはホント感謝しかないわ! 神の采配としか思えない転職だな」

「転職してからも、こんな形であの捜査に関わるとは、警察辞めた時には思いもしませんでしたね。前も西田さんに言われましたが、運命みたいなものを信じたくなります」

竹下も色々と噛みしめるような喋りだった。

「まあとにかくあれだ! 今は鑑識に回して、血判と一致するかどうか、それが最優先だから。結果が出たら連絡する!」

「是非お願いします」

本来であれば、元捜査員とは言え、部外者の竹下にどこまで教えるかという問題はあった。だが今回の指紋の照合については、竹下の申し出抜きには成り立たなかったのだから、そのぐらいの融通はしてやらないとさすがに申し訳ない。

「ああ、任せとけ! じゃあ」

と電話を切ろうとすると、

「そうだ! 西田さんに湧別機雷事故についての資料、遠軽署に残ってないか調べてもらうように依頼したいんです。引き受けてくれますか?」

と、竹下は慌てたように用件を告げた。

「そうだな……。追ってる事件と多少なりとも関係が出てくるとなれば、遠軽署あっちに照会することはそう難しくはないと思うが、何かに使うのか?」

「いや、記事は書き終えたんですが、関わった以上は、最後までキッチリと調べておかないと気持ち悪いんで。何しろ、今回の件も訂正記事絡みの、怪我の功名ですから……。そっちの方もちゃんとしておかないと……。まあ、遠軽勤務時代だったら楽に調べられたんでしょうけど、当時はそんなことは思い浮かぶわけもなく」

「そりゃ、こんな展開になるとは思ってなかったわけだし……。わかった。ちょっとゴタゴタしてるから、1週間後ぐらいか、もしかしたらそれ以上先になるかもしれんが、それでいいか?」

「それは全然。こっちは急ぎません」

竹下がそう言ったのを確認して会話を終えた。


 そして、西田は画像をコピーして鑑識課へと転送し、内線でその旨を伝えた。こちらも既に手を回してあるので、すぐに照合作業してくれるだろう。


 そこまで済ますと、吉村が話し掛けてきた。

「照合いけますか?」

「大丈夫だと俺は思うが」

「だったらいいんですけどね。後、念のため、天井の爺さんに指の件確認しておいた方がいいと思うんですが?」

「常識的に考えれば、知らなかったことは推測出来るが、そうだな……しておくか」

部下の提案に同意した。

「よろしくお願いします」

吉村は満足そうに頷いたが、

「おい! お前がやってくれるんじゃないのか?」

と西田は突っ込んだ。

「そこは課長補佐にお譲り申し上げます」

とふざけたが、

「しかし、7年前だと『飛び道具』はファックスだけでしたから、今回のような場合、郵便とかに頼らざるを得なかったでしょうねえ」

と、感慨深そうに西田に喋りかけた。


「そうだな。でも一応インターネットもメールもあったんじゃないか、95年当時は?」

「そうですけど、当時は一般人は勿論、警察もまだ普通に使っているようなもんじゃなかったでしょ? 携帯ですら、普及は10パー程度だったらしいですよ。ほとんどPHSだったんですね。(作者注・95年当時、警察が携帯電話を業務に活用していたかは、正直疑問ですが、小説上その方がやりやすいので、これまでも有効活用させていただきました)ウチら警察なんで既に使ってたけど」

吉村は、7年でのIT技術の普及ぶりを素直に認めているようだ。

「まあそりゃそうだけどさ……」

西田はバツが悪そうな口ぶりだったが、吉村の言う通り、7年前に捜査にその手の「ツール」を使う発想はなかったし、そのような環境にもなかった。その点は認めざるを得なかった。


「当時は、北見周辺じゃ圏外だらけだった携帯も、かなり色んな所で繋がるようになりましたからね。観光地なんかだと、高い山の上でも連絡出来たりしますから、今は。前はホント、ちょっと外れるとすぐ繋がらなくなって……」

畳み掛けるように吉村は、新たな「文明の利器」の普及具合を主張するも、西田としては更に一々付き合ってやる気は余りなく、適当に流していた。それより、やはり指紋が一致するかが気がかりだった。


 照合の担当は、河北という、指紋照合が得意なベテラン鑑識員に頼んでいた。この道30年で、鑑識一筋という人物だ。勿論「腕」は確かだったが、どれくらい時間を要するかは気になった。


 さすがに2日は掛からないとは思ったが、データベースの照合で、一致の疑いがある指紋が提示される時代になっても、最終確認は人間の目でするのが指紋の照合だ(作者注・おそらく現在でもそういう形式かと思います。刑事ドラマであるパソコンでの照合は、あくまで「候補」の選出で、確定させるのは人間の目に頼ることになります。かなり精度の高い判定が、プログラムで出来る時代にはなったようですが。参照 http://www.e-kantei.org/shimon/012.htm)。まして今回は、多少雑な指紋の照合になる。時間が少し掛かることになるかもしれない。


 すぐに様子を見に行くのもどうかと思い、2時間ほど経過してから鑑識課へ行くと、河北が作業中だった。


「どうですか首尾は?」

「西田課長補佐、多分行けるんじゃないか? 指紋の形式は一致してるんで、今「特徴点抽出法」でやってるけど、12点中5点は合ってるし、これからも符号してくと見ていいんじゃねえかな」

「そうですか! そいつは結果が楽しみだ。どれぐらい掛かります?」

「ちゃんとやりたいから、今日残業しないとなると。明日の午前中かなあ」

何かを言いたげに、河北は西田を一瞥した上で見通しを告げた。

「ああ、そうですか……わかりました任せます」

「すまんな課長補佐。今日は、カミさんの誕生日なんだわ。急ぐのか? だったら若いのに頼んでもいいぞ? 俺は構わん」

ベテラン鑑識員は、試すように尋ねてきたが、

「いやあ、明日午前中までなら、河北さんに是非お願いしたいな」

と、西田は機嫌を取った。おそらく若手でも大丈夫だろうが、やはり技量のしっかりした職員に頼んでおきたいというのが実情だ。


「そうかい? じゃ、明日の午前中までということで了解!」

役職上は上とは言いつつ、さすがに年齢が上の相手となると、そうは横柄な言い方は人間関係上出来ない。そのまま「退散」することにした。


 そして、せっかく時間も出来たので、西田は天井に電話連絡を取った。天井に宮古で話を聞いていた限りでは、桑野の「両手親指の欠損」について全く触れていなかったからだ。


 すると、やはり天井が知る限り、桑野の指の欠損は当時、つまり桑野が旧制二高に進学して1年目の夏までは、間違いなくなかったという言質げんちが取れた。天井は、桑野が旧制二高をおそらく津波の影響で中退した後、教員などにならなかった理由を、本人の意思ではないかと以前語っていたが、西田から話を聞いて、

「何時怪我をしたかわからないが、もしかしたら、そのことが原因で、教員や一般的な社会的扱いの良い仕事に就けなかったのかもしれない」

と感想を漏らした。ただ同時に、

「そのような状況下ですら、厳しい肉体労働に従事している辺り、やはり、自分の積極的な意志はあったのかもしれない。そうじゃないとすれば不自然過ぎる」

とも語った。人目に付かない内勤の事務仕事なら、恐慌下で指欠損状況であっても、本人が希望すれば、桑野レベルなら絶対なんとかなったはずだと考えたようだ。それほどの能力があったということなのだろう。具体的には、外国語翻訳などを想定しているようだった。それなら、確かに指が欠損していても、当時ですらあまり「見た目」は問われなかっただろうと西田も考えた。


 ただ、両親指欠損の原因が、肉体労働を始めてからの、事故などによる原因なのか、それ以前に既に怪我していたのかは、現状はっきりはしていない。確率としては前者の方が高そうではあったし、話の流れとしては、そちらの方がわかりやすかったが……。

「肉体労働者をやってる間に労災でもあったか?」

西田は吉村と共に、桑野に何が起きたのか、天井に連絡した後も、しばらく思いを巡らせたが当然結論は出なかった。


※※※※※※※


 6月4日午前11時、西田と吉村は、河北の元を訪れ結果を尋ねた。

「結論から言うと、12点中10点完全一致。若干不鮮明で必ずしも断定しきれない一致点も2つあるが、断定出来ないというだけで、一致している可能性は高い。起訴のためとか、そういう次元じゃない鑑定だから、多分合致しているとしても大丈夫だろう。両方共、右の人差し指とされてるのもプラス材料だな」

河北は笑顔で西田に結論を伝えた。

「そうですか……。助かりました」

西田が満足して、簡易的な鑑定結果が書かれた紙を折りたたみかけた時、

「西田課長補佐は、7年前の銃撃事件追ってたんだっけ?」

と、唐突に、河北が西田の担当事件に話題を変えた。

「は? あ、そうですが……」

「北村刑事が殉職した事件だろ?」

「はい」

「これはその事件と関係があるのか?」

「えーっとですね、直接ではないんですが、間接的には……」

そう言い淀む西田に、

「細かいことは俺にはわからんが、必ず挙げるんだぞ……。北村の親父さんには、俺は昔世話になったことがあってな……。そういうわけで頼むぞ」

と、静かに、しかし力強く真顔で語りかけた。

「そうだったんですか。勿論そのつもりです! しかし、北村の親父さんとお知り合いだったとは、正直驚きました」

「北村の親父さんは、警察で鑑識やってたんだ。俺が若い頃の名寄署勤務時代に、色々と指導してもらって世話になったことがある。まさか、息子さんがあんなことになるとはなあ……。息子さんが刑事だったってのも、名寄署出て数年後以来、直接会ってなかったから、色々伝え聞いてびっくりしたもんだが。当時、小樽署に居たもんで、葬儀には出席出来なかったしなあ」

「へえ、親父さんは鑑識だったんですか? 北村とは事件前まで一緒に捜査してたこともあるんですが、警官だってことすら言ってなかったし、警官だったことは確か彼の通夜で何となく聞いただけなんで、鑑識だということは全く知らずって奴で」


 以前、本橋を遠軽まで護送する際に、北村の警察への志望動機が、シャーロック・ホームズ等の推理小説を子供時代に読んでいたことだとは聞いていたが、その時は父親が警官だったとは北村も話してはいなかった。通夜でそれを知った時には特に何も思わなかったが、今考えるとあの時そういう話が出て来ても良かったはずだと思えた。

「そうか……。まあ堅物で、口数も少ないオヤジさんとは、息子さんも色々ぶつかってた時期もあったようだから、そういうところが、何もあんたに言わなかったことに繋がったかもしれ……。当時、親父さんは酒が入ると、俺にも愚痴ってたよ、息子さんのことでな」

含むような言い方をした後、

「とにかく、絶対挙げてくれ。頼んだぞ!」

そう言って、西田の背中を軽く叩いた。


※※※※※※※


 意気揚々と刑事課に戻ってきた2人に、

「課長補佐! 今丁度、察庁の須藤さんから電話来てます」

と真田が、固定電話に出ている遠賀を指した。遠賀も西田を視認して、

「今戻ってきましたので、替わります」

と電話の向こうに告げると、指を3つ立て、3番の電話回線に回すと言うジェスチャーをした。西田は軽く手を挙げて、電話に出た。


「どうも」

「こちらこそ待たせましたね、西田課長補佐。一応該当しそうな連中は、既にまとめたんで、ファックスで送るから、見といてくださいよ。最終的に、事件当時のアリバイがはっきりしないのをリストアップしたんで。この4名をこれからより細かく洗ってみるつもりです」

「そうですか、それはお疲れ様でした。じゃあ後で拝見します。とにかくこちらとしては、関東方面じゃ動きようがないんで、是非よろしく」

西田がそう言うと、すぐにリストのファックスが送付されてきた。


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