第88話 明暗67 (262~263)

「取り敢えず、大まかな流れと事実関係はこんな感じですかね」

西田はホワイトボードに粗方書き込むと、沢井と比留間にお伺いを立てた。さすがに、これだけの文字量を一気に書き込んだので、多少疲れが来ていた。時計を見ると、考えながら、そして思い出しながら書いたこともあり30分以上掛かっていたようだ。


「まあこんなところじゃないか? よくやってくれた。ただ、指紋の照合で問題になった、証文辺りはもうちょっと詳しく復習しといたほうが、比留間管理官のためにもいいかな」

沢井がそう言うと比留間も、

「そこは是非お願いしたいね」

と頷いた。


「わかりました。血判は、証文からそこだけ別途サンプル化したものを持ってきてることもあって、今手持ちに資料がないんで、こちらも申し訳ないが大雑把で済ませます」

内心、「人使いが荒いな」と思いながらもそう前置きすると、ボードの裏面に書いて説明を始めた。


※※※※※※※


◯1941年に、伊坂太助(後の大吉)、桑野欣也、北条正人、免出重吉、高村哲夫の5名の青年?を雇って砂金を掘っていた仙崎という老人が病死。5人に遺産としての隠し砂金を分けるはずが、その話を、仙崎から生前に委託されていた、佐田実にとっての2番目の兄である佐田徹が告げる前に、高村が別の金品を持ち逃げしようとして免出を殺害。報復として、伊坂と北条が見つけ出した高村を殺害。


 これにより、遺産は伊坂、桑野、免出の遺児(北条の弟・正治への正人の手紙により男児とみられる)、北条の4名により分けられることとなった。しかし、佐田徹が伊坂について「難あり」と、両親に注意していたにもかかわらず、戦後に砂金の在り処は伊坂と桑野に教えられ(伊坂単独では教えないはずだったが、桑野も一緒に現れたとみられる)、その砂金は、2人によって全部横取りされてしまう。戦死した北条正人の弟であり、正当な相続人である「正治」は、その後不遇な人生を歩むことになった。


 尚、その権利関係を記した証文は、佐田徹が事情を説明するために遺したものを佐田家が保管していたものと、弟の北条正治が、戦時召集された最初の相続人である兄・正人から渡されて、その後更に佐田家に預けたモノの2通が確実に当時現存していて、いずれにも「血判」が捺印されていた。


 佐田徹が佐田家に遺した手紙では、証文の血判は、桑野のみ右手人差し指、残りの人物は全て右手親指による捺印とされている。


 北条の分の証文も、佐田家に長く保管されていた。しかし、佐田実が何故か北見へ持参しながら、殺害された時点で、最終的に佐田実の持ち物から篠田と喜多川の手に渡っていたらしく、喜多川が現在まで銀行の貸し金庫に保管していた。おそらく、それは伊坂大吉への2人の脅迫の材料に使われた可能性が高い。


 一方で佐田実は、伊坂大吉に対して偽物の証文を資金融通の契約書と引き換えに渡していた公算が強いため、何の目的で「本物の証文」を北見まで持参したのかは今のところ不明。


◯戸籍の流れと松島の証言から考慮して、桑野欣也は大島海路こと田所靖と同一人物のはずで、つまり、証文の桑野の血判と大島海路の指紋は一致するはずだったが、現実はしなかった。


 高垣が、東京で集めてきた指紋と今回採取した大島の指紋が一致したので、確実に大島の指紋と血判の指紋は別のモノ。


※※※※※※※


「まあ、こんなもんでしょうか……」

西田は書き終えてから全員を見渡した。最後の文だけは書き足したくない中身だったが……。


 遠軽組は、基本的に十分に把握している内容なので、比留間の理解度を特に見る必要があった。比留間も捜査に関わっている以上は、ある程度はわかっているはずだったが、ここまで書けば、様子を見る限り問題ない次元のようだ。


「課長! 竹下は居ませんが、黒須が居ますから、東京での大島海路の若い頃についての聞き込み関連の話も、どうせならもう一度ちゃんとやっときましょうか? 証文上の桑野と、大島の桑野、どうして一致しなかったか、そこもキーになるんですから」

西田の提案に沢井は賛同し、黒須に簡略な説明を命じた。それを受けて、黒須が西田に代わりボードに書き込み始めようとしたが、

「東京でのって話でしたけど、一応生まれた岩手の田老の話からやらせてください。指紋が一致しなかったんで、こういう言い方も何ですが」

と前置きした。そして、

「えーっと、桑野は1915年、今から80年前に岩手県の田老という、当時は村で生まれました。その後の昭和8年、つまり1933年3月に、一族郎党が地震に伴う大津波に巻き込まれて、桑野以外の地元の親族は勿論、地域住民の多数が死亡した模様です。こういう点も桑野についての証言が出てこない、大きな要因となっているようです。逆に言えば、正体を隠したいと思われる、桑野、つまり大島にとっても都合が良い」

と一気に言い切った。


「そこなんだが、役場の戸籍ごと流されて、生き残っていた桑野が戸籍作り直したって話だったな?」

沢井が確認を入れた。

「はい、そうです! 勿論、そうじゃないかという話の次元ですけど」

「その時点で、桑野が別人に入れ替わっていたと言う可能性はどうだ?」

比留間が思いついたように突っ込んだが、

「管理官、それは指紋の不一致と結びつけるのは無意味ですよ! 時系列的に見れば、証文の血判が押されたのはそれより遥か後ですから……。津波が1933年なら、証文が書かれたのは1941年です。仮に1933年に何かあったとしても、血判と一致しなかったことには影響してないはずです」

と横から西田に反論された。


「それもそうだな……」

比留間はあっさりと自説を撤回したが、どう考えても理屈に合わないのだから仕方ない。黒須はそれに気を留めることなく、ボードにマーカーで書き込み始めた。


※※※※※※※


◯東京での桑野の痕跡が初めて出るのが、昭和22(1947)年10月に、田老から千代田区に分籍という形で新戸籍作成。おそらく東京への転入とそれほどの時差がない時期での分籍とみられる


◯昭和25(1950)年2月 桑野欣也から桑野靖に改名届け


◯同年3月 多田 桜の元に転籍。おそらく下宿移動とほぼ同時


◯同年4月 鳴鳳大学法学部入学


◯昭和26(1951)年11月 多田桜の養子となる


◯昭和29(1954)年3月 鳴鳳大学法学部卒業。卒業と同時に民友党所属の都議会議員・小柴の紹介の下で以前から手伝っていた、衆議院議員・海東匠の秘書となる。


◯昭和31(1956)年7月 網走の海東の有力後援者・田所佳子と結婚し、婿に入る形で田所佳子筆頭の新戸籍に入り、田所靖となる


◯昭和35(1960)年9月 養母・多田桜死去 尚、この前に、小柴に血染めの布切れを渡し、「大島が道を誤るようなことがあれば、これを見せろ」と言われていた。その布が何を意味するかは不明。


大島は、桜からの相続財産の土地・建物を千代田区へ寄贈し、それが前の公民館になる。


◯昭和38(1963)年11月 衆院議員選挙に海東匠の後継として出馬。初当選して国会議員となる


※※※※※※※


 黒須は書き終えてマーカーを置くと、補足説明し始めた。

「桑野は、戦争には病気を理由に召集されなかったようです。当時本人がそのように言及していたと、今回色々聞いた小柴老人の証言があります。また、病名についてはわかりませんが、陸上部に入ろうとしたことがあったようで、少なくとも、当時流行していた結核ではなかっただろうと、彼は話してました。まあ、ただ陸上と言ってもフィールドや短距離もありますから、そこを理由として確定事項とするのは、少々危険かもしれません」


「戦争には行ってないって話だが、それは本人談でしかなかったんだよな?」

「課長、あくまで伝聞です」

そう答えた直後、

「大島の後援会では、当時腸閉塞とか、腸の関係の病気を長く患っていたことで、戦争には行かなかったような話が出ていたそうだぞ。これは捜査で知ったわけじゃなく、ちょっと後援会にいる知り合いから小耳に挟んだだけだが」

と比留間が新情報を入れてきた。

「まあ、勝手に戦争に行ったことにしておくと、どこの部隊に居たとかですぐバレるから……。こういう話は嘘は付けないはずでしょう」

西田はそう言って、桑野が戦争に行かなかったことは、まず間違いないだろうと結論付けた。


「こうして確認してみても、多田桜の元に下宿してからは、小柴という老人に常に見られていたわけだから、この桑野『靖』以降の大島海路については、確実に同一人物と見ていいはずですよ。問題はやはり、証文の血判における桑野欣也と大島海路の戸籍上の正体である桑野欣也が別人だという、指紋照合の結果との矛盾です」

そう言って、吉村が勝手に問題の核心に触れる話題に言及し始めた。

「一方で、松島のテープ内の証言によると、佐田殺害前日の会食において伊坂大吉は、『大島海路は証文の桑野欣也だ(作者注・正確には、『証文の中に、田所靖になる前に、伊坂と一緒に砂金を 横取りした時の大島の名前、つまり桑野欣也名が書かれている』ですが、この時点で、その面倒な言い回しの意味については、沢井課長は理解出来ていないので)』と発言していた。この松島の証言における、伊坂の発言において、双方に聞き間違いや勘違いがないとすれば、証文の血判は桑野のモノではなかったということと辻褄が合わなくなる。何かストレートに取っては行けない発言なのか、やはり伊坂或いは松島の勘違いなのか……。しかし、少なくとも戸籍の裏付けがあった以上、単なる勘違いとするのも相当無理があるんだよなあ……」

この沢井課長の意見を聞いて、西田が新たな提案をした。


「ちょっと、そこら辺を幾つかパターンに分けて考えてみましょうか」

「どういうことだ?」

「課長! 血判と今の大島の指紋が合わないのは、伊坂や松島が何か勘違いしていたという点を除外すれば、3点ほど理由として考えられるはずです。

西田はそう言うと、再びホワイトボードの前に立ち、書き込み始めた。時計を見ると、もう午後10時になろうかという程時間が経っていた。


A) 大島海路は、証文の桑野欣也と同一人物で間違いないが、証文の血判だけ桑野(大島)のものではない


B)血判の桑野欣也と大島海路の正体である桑野欣也は、同姓同名の完全な別人


C)血判の桑野欣也に、別人である大島海路の実人物が後に成り済ました。


「こんなところかな、自分が現時点で思い浮かぶのは……。血判の指紋が、佐田徹の手紙と違って、左右、或るいは指の種類間違えていたってのも、今日の大島の両手の分を指全部確認したことで否定されるわけだから、考慮の必要はないはずです」

そう語った西田が書き起こした論点を見た大場が、

「最初の説ですが、それの1つの根拠になりそうなことがありますね」

と言い出した。


「何だそれは?」

「桑野の血判だけ、何故か拇印が右手人差し指だったでしょ? 他は免出の子供の分がないことはともかく、右手親指だったと佐田徹が書いてます。ちょっとおかしいですよね?」

「一応、以前も言ったが、拇印で押すのは、親指だけでなく人差し指でもおかしくはないぞ?」

西田はそう再確認したが、

「しかし、わざわざ1人だけそうするのもねえ……。その場でみんなと一緒にやっていれば、わざわざ変えたりしないでしょ? 何らかの理由で別の場所、日時に押したとすれば、それなりに筋は通るかもしれないですよ?」

と言い返した。

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