第73話 明暗52 (228~229)

 倉野は向坂、西田、吉村を呼び出しその事実を告げた。3人は当たり前のように色めき立った。浜名と大島のラインが、民友党の党員というだけでなく、具体的に繋がったと言えたからだ。しかし、大島に浜名が頼んで大島が行政に働きかけたという証拠は、関係者による証言頼みとなると、まず具体的になるのは期待薄だ。取り敢えずは、大島の関与は堅くなったという意義を重視しておくに留めるべきというのが倉野の意見だった。


 だが、大友はこのことで、午前には態度を決めかねていた高垣への協力依頼に、突然ゴーサインを出すことにした。高垣を警察内部情報に関わらせるリスク以上に、大島へと繋がる可能性が僅かでもあることを調べるべき時期に既に来ていると、浜名と大島の関係の新情報を元に判断したのだった。但し大友は条件を1つ出した。


「西田! 竹下に、『この件について、事件が完全に解決した場合を除き、如何なる公表もしない』という誓約書を高垣との間に作成できるかどうか確認してくれ。それが出来る場合のみ、面通しを頼む。それが出来ないのなら、この話は永久になかったことにする」

それを聞いた西田は即座に、

「それはどうですかねえ……」

と口走っていた。相手が硬骨の反権力ジャーナリストとなると、西田はかなり厳しい条件ではないかと思ったが故、はっきりと厳しいという見通しを伝えたのだ。かと言って大友の言っていることが間違いだとは言えない。捜査の成功裏の終結を前提としない限り、万が一公表されれば、実際大きなリスクを大友や倉野は負うことになるからだ。


「出来るか出来ないか、それは西田達の説得次第じゃないのか!」

大友は決断を迫った。もはや西田としては受け入れて、竹下に指示する以外に選択肢はなかったと言って良かった。


※※※※※※※


「大友本部長が、高垣に、捜査情報を事件が解決しない限りは一切口外無用と言う条件を飲めるか確認しろとさ」

そう連絡してきた西田に、竹下は、

「急に動きましたね」

と感想を述べたが、悪条件も含めた上で歓迎していた。浜名の「負い目」についても、聞いてもそれほど驚かなかった。本人談としては、「党員という関係以上に、何かしがらみがあったかも」とは予期していたらしい。


「誓約書書かせられるのか?」

かなり懐疑的な西田に対し、

「絶対とは言えないですが、おそらくは大丈夫じゃないかなと考えてます」

と自信ありげに語る竹下の言葉を、西田は不安を抱きながら聞いていた。

「早速高垣さんに連絡取ってみますよ。絶対大丈夫だと思うけどなあ……」


 竹下の自信は、高垣のプライドが、警察に協力する「敗北感」より、虚偽の取材に利用されたという「怒り」や「真相」を追求したいという「欲求」の方に作用すると考えていたからだった。誓約書を作成することで、高垣のプライドは間違いなく害されるとしても、それ以上に立ち向かうべき敵が居ることを、重視するはずという確信があった。


※※※※※※※


 早速高垣と連絡を取り、誓約書を書いてくれれば、面通ししてもらうと伝えると、

「うーん……」

と唸り、10秒ほど黙ったが、

「よしわかった……。今回は条件を飲もう!  警察に利用されるだけなのは到底本意ではないが、事実解明の方が重要だ! 小異を捨てて大同につくのが、今問われていることだからな……」

と自分に言い聞かせるように喋り、竹下が思っていた以上にあっさりと受け入れてくれた。


 こうなると話は一気に進み、大友の許可も得て、翌日11月20日に、竹下と黒須は高垣を連れて北見へと戻ることになった。


※※※※※※※


 当初は朝一の便ということも考えたが、高垣が「朝は弱い」と拒否したので、昼過ぎの女満別行きの便になった。竹下は、

「防寒着は絶対用意してきてください」

と注意しておいたので、ダウンジャケットを羽織って浜松町駅の改札前に高垣は現れた。

「先週は温かい沖縄だったのに、今週はクソ寒いだろう北海道とはな……」

と愚痴をこぼしたが、一々そんなことに構ってはいられない。


 一行は、モノレールで空港まで行き、羽田の搭乗カウンターで手続きを済ませ、手荷物検査を受けてラウンジでNHKの11時のニュースをなんとなく見ていた。すると北見地方の天候は小雨で、気温は最高気温が8度ぐらいらしい。まあこの時期の北見にしては暖かい方ではあるが、高垣はそれを見ながら、

「10度近く気温差があるな……」

とボヤいていた。


 軽く昼食を済ませるとすぐに搭乗し、女満別空港には午後2時過ぎに無事ランディングした。昨日の時点で、西田と吉村が空港に迎えに来てくれることになっており、預けていた手荷物の受け取りを済ませ出口を出ると、手を挙げる2人が視線の先に飛び込んできた。


「こちらが上司の西田、部下の吉村です」

早速、竹下が高垣に2人を紹介すると、

「どうも、高垣です」

と素っ気ない挨拶を交わした。基本的に「警察権力」と言うものは嫌いなのだろう。隠そうとしても態度に出てしまっていたが、まあ仕方ない。西田と吉村もある程度は予期していたか、特に嫌な顔はしなかった。運転席に吉村、助手席に西田、後ろは運転席の後ろから竹下、高垣、黒須の順に座り北見を目指す。


「今日はこのまま取ってあるホテルに泊まってゆっくりしてください。明日面通ししてもらいますから」

西田からそう告げられると、

「最長で4日ぐらいを予定してると、この竹下さんから言われてるけれど、それで大丈夫なんだよね? こっちも仕事柄、締め切りってのがあるから」

と、高垣は無愛想に聞いた。

「そうですね。明日朝から入ってもらったら、それだけあればなんとか……」

安請け合いも出来ないが、機嫌を損ねるのも得策ではないわけで、西田は誤魔化した。

「そう……。それにしても何だな、こうやって刑事に挟まれて車乗ってると、逮捕されて護送されてる気分だな……」

竹下と黒須を交互に見ながら不満そうに言う。

「じゃあ窓側に変わりますか?」

気を遣った黒須に、

「いやまあいいよ、今更面倒だから」

とあっさり断ると、高垣は目を閉じたまま沈黙した。


 さすがに車内は気不味い空気で満たされたが、対処しようがない。「取り残された」形の4人も会話が弾むこともなく、高垣を北見方面本部・北見署近くの「北見ミントイン」というビジネスホテルに送り届けた。


※※※※※※※


 ホテルから北見署の捜査本部へ戻る途中の僅かな時間、車中では西田が、

「あれで本当に協力してもらえるんだろうな? おい!」

と竹下に確認をしてきた。

「利用されたことに頭に来てますから、協力はしてくれるでしょう……。協力と言うより、自分の復讐のためみたいなもんかもしれないですけど……」

竹下としては、ここに来て少し高垣の様子に不安な面が出て来たこともあり、そちらに気持ちが行っていた。そのため多少投げやりな言い方に聞こえたか、西田はカチンと来たようで、

「そんなじゃ困るぞ!」

と言葉を荒げた。

「まあまあ。大丈夫だと思いますよ。相手も警察相手ですから警戒してるんでしょ」

黒須が仲裁に入ったこともあり、ちょっとした言い合いになる前に芽は摘まれ、いよいよ北見署や北見方面本部のシルエットが道路脇に見えてきた。


 結果的に見れば、竹下も黒須も捜査本部の一員として東京に派遣されていたようなものだったが、実際には捜査本部のメンバーではないので、西田に連れられ、竹下と黒須は捜査本部のある北見署ではなく、北見方面本部に入った。


 そこで大友刑事部長(捜査本部では本部長)と倉野課長、管理官の比留間に、高垣に事前に書かせた誓約書を提出すると共に、捜査状況を報告した。2人は西田の独自判断による派遣で、一応派遣することは、捜査本部上層部にも西田から伝えられてはいたとは言え、その後の具体的な行動の多くが事後報告的なものだけに、3人の上役は岩手から東京での捜査状況を竹下から聞いている間も、硬い表情を崩さなかった。だが、内容的にはかなり事件の核心に迫るものだけに、次第に真剣に質疑をしながら報告を受けることとなった。正味1時間強にも渡る報告が終わると、説明した側も、聞いていた側も疲れがどっと出る程、濃密な時間だった。



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