第59話 明暗38 (198~199 西田の指示で竹下は本州へと捜査の旅へ)

 網走から北見方面本部の仮眠室に戻ってくると、早速ファックスで竹下に戸籍のコピーを送った。そして向坂に電話で状況を連絡すると、早速、翌日早出で対応を協議することになった。ひとまず2人はシャワーを浴びて、その日の垢を落とした。そしてそろそろ仮眠室で寝入ろうかと思い始めた矢先、思っていたよりは遅れて竹下から連絡が入った。


「係長すいません、遅くなりました」

「それは構わんが、それで、どうだった?」

「高垣については割と業界じゃ有名なんで、五十嵐さんもよく知ってたみたいで……。彼の本も何冊か読んだことがあったそうです。ブンヤ仲間の間でも情報は行き渡ってるみたいでした」

「そうか……」

「それでですが、懸念していたことが現実に……。高垣は元々東西新聞の記者上がりらしいですよ」

「東西新聞!?」

西田は思わず声を張り上げていた。横に居た、仮眠中の北見方面本部の刑事がギロッと西田を睨んだので、思わず軽く頭を下げた。


「ええ……。ただ、同時に東西新聞出身だからと言って、権力側とは言えないとも……。何でも退社した理由が、東西新聞の与党べったりの姿勢に対して反発を覚えたからという話があるからだそうです。著書でもそれについて触れた部分があるとかないとか」

「また判断が難しい微妙な人物だな……」

そう言うと西田は溜息を吐いた。

「五十嵐さんの言うところだと、表向きには基本的に反権力タイプのジャーナリストで間違いないとは言ってましたが、断定は避けてましたね。こっちとしては正面切っていきなりぶつかると、動きが相手にバレることになりかねませんから、万が一のことを考えて、ある程度慎重に行動すべきだとは思います」

竹下は周囲には誰も居ないだろうにもかかわらず声を潜めた。

「聴取するにせよ、相手が応じたら応じたで色々考えてしまうな、そうなると」

西田も迷いが生じていた


「それもそうですが、もっと気になったことがありましてね」

「何だ?」

「その高垣の記事が出た『週間 FREE』なんですが……、どうも資本の4割程度、東西新聞出版が入ってるらしいんですよ」

「竹下、お前先回りしたのか?」

西田は、高垣の素性だけでなく、竹下が掲載媒体をも西田の依頼とは別に五十嵐に調べてもらっていたことにちょっと感心していた。

「ええ、それでちょっと手間が掛かりまして」

「いやまあそれはいいんだが……」

「とにかくそういうわけで、書いた高垣も、媒体も、東西新聞と何らかの関係があるってことです。かなり難しい局面かもしれません、実際話を聴くとなると」

竹下の感想を聞いていた西田は、

「どうだ? 沢井課長には俺から頼むから、やっぱりお前と黒須で大島の足跡を追ってもらえるか?」

と切り出した。

「係長の出張が捜査本部から許可されなかったら、勿論そうしますけど?」

「いやそうじゃない。最初から任せるってこった」

「え? いいんですかそれで?」

竹下は西田の言動にかなり疑問を持ったようだが、西田は本気だった。そしてその理由を説明しようとする。


「俺が行きたいのはヤマヤマなんだが、行けないだけの2つの理由がある。まず1つは、北村の録音テープの件を、捜査本部に伝えるまで2、3日しかないってことがある。俺が東京行っている間に、向坂さんだけが矢面に立つのは忍びない。そしてもう1つが、高垣との接触方法だ」

「接触方法というのは?」

間髪をおかず具体案を聞いてくる。

「今の竹下の話だと、週刊誌側を通して、もしくは直接高垣に面会するにせよ、どちらも大島側と繋がっているというリスクがある。だとすれば、相手の出方を窺いながら、切り崩していくのが妥当だろう。そうなると、警察を名乗らず、偶然を装って高垣に直接接近するのが最も無難なやり方じゃないか?」

「はあ……。係長が言っていることは、何となくはわかりますが」

竹下にしても、まだ西田の意図は理解できていなかった。

「新宿ゴールデン街の『シャルマン』という店の話を、大阪滞在中にしたよな?」

「ああ、大体読めてきました」

ここに至って、聡明な部下はある程度まで察したようだ。


「シャルマンで高垣が現れるのを待ち、そこでこちらの身分を明かさずに上手く話を聞き出すことが出来れば、それが最も安全なやり方のはずだ。残念ながら、シャルマンのマスターに、俺と吉村が刑事だということはバレてしまってる。口の軽い人間ではなさそうだが、よく知らない人間を信用し切るのも無理がある。だったら、竹下、面が割れてないお前に任せるのがベストのはずだ」

「そうですね。面が割れているとなると、色々やっかいですから、その方がいいかもしれません。……わかりました。課長に許可されれば自分が行きます。ただ、高垣がいつ現れるのか、運にかなり左右されるように思われます。万が一長期取材にでも出かけていたらどうにもなりませんよ」

「確かにそうだが、高垣の出現時期については、人の良いマスターから上手く引き出していくしか無いぞ! 腕の見せどころだ」

西田はそう鼓舞すると、

「課長の許可が出たら即飛べるようにしといてくれ。早ければ明日中にでも」

と、続けて指示した。


「わかりました。ただ、どうせ本州まで出るなら、自分は大島がそう動いたように、東京だけでなく、岩手から東京へと『足跡』をたどるルートを採りたいんです!」

竹下は新たに自分のプランを主張した。

「それはもう、自分のやりやすいようにやってくれ! そこに口を挟むつもりはないから……。任せる以上はお前に完全に任せるよ。今からその件も含め課長に電話する! 俺から頼んどくから!」

そう言うと、西田は時計をちらりと見やった。もうそろそろ日付も変わりそうな時間だ。

「課長は自宅でしょ? 家族に迷惑じゃ?」

まるで目の前で西田の動きを見ていたかのような言葉に、一瞬ぎょっとしたが、

「うんなこと言ってる場合じゃねえだろ! 時間がないんだ!」

と、西田はここに来ての竹下の無意味な遠慮を叱り飛ばした

「わかりました。取り敢えず用意だけはしときます。黒須には今から連絡しときますよ。あいつはまだ起きてるでしょう。もしすぐに許可貰えたら、札幌行きの夜行オホーツクに間に合うかも」

「よし、そういうことなら尚更すぐに電話しないと! じゃあ取り敢えず切るぞ!」

西田はそう言って電話を切ろうとしたが、

「係長! ちょっと待ってください! 戸籍のコピー見ましたが……。これ想像以上に意図的なロンダリングですね」

と急にそれを阻止するように早口で竹下はまくしたてた。


「おっと、大事なことを……。うっかりしてた……。その件な。俺も養子にまで入っていたとは驚いたよ」

「ええ。それにしても一体何があったんでしょうね、桑野欣也に」

「現時点では、身元を隠したかっただろうということ以外、皆目見当が付かない……。ただ、他人の取り分の砂金を伊坂と共におそらく持ち去り、そして名前を変え、国会議員になり、かなりの確率で佐田実殺害を画策した、それだけはわかってる」

西田は羅列した後に「だけ」を強調した。

「今すべきことは佐田の殺害関与のための捜査ですが、必然的に何が桑野欣也を大島海路、いや田所靖に変貌させたのかも、結果的には浮かび上がらせることにもなるんでしょう」

「そうだな」

「やはり、他人の分の砂金を取ったことが原因なんですかね? でも戸籍をわざわざ東京にやったり、北海道にしたり何か行き当たりばったりですよね、何か状況を変えようとしたとしても」

竹下も吉村と同じようなことを口にした。

「それはわからない。それに今話すことでもないだろ?」

西田は吉村と同様の竹下の脱線にやや苛ついたせいか、ぶっきらぼうに言った。時間がないことは間違いない。竹下もそれを察したか、

「わかりました。時間取らせてスイマセン。取り敢えず課長の方、よろしくお願いします」

と言って話を終えた。

「うむ、頼むぞ。課長の許可がとれれば、課長からそっちに連絡行くと思うから。それじゃ取り急ぎそういうことで!」

そう言って電話を切り、横の吉村に、

「今回は、まともに同時進行で二正面作戦となりそうだ」

とポツリと言った。


 その後すぐに課長とも連絡が付き、あっという間に許可を得た。沢井はこういう時の判断は早い。西田を介さず直接課長の指示で、竹下と相棒の黒須は、即、遠軽を明けた深夜に発着する夜行の「オホーツク10号」で札幌まで向かうことになった。そこから新千歳空港を経て、朝一の花巻空港行きに乗れば、午後には岩手県の田老町へと着けるはずだ。

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