第44話 明暗23 (131~135 椎野から本橋へのそれ以前の手紙)

 西田は倉野との会話を伝えるため、竹下と吉村を呼び出し説明した。目ぼしい結果は得られなかったにせよ、大島黒幕説は、歩みは遅いがジリジリと真実へと迫っているのではないかと、竹下は内心期待を持っていた。そして残り2日、実質的には明日しか大阪での捜査時間がないことを西田に言うと、拘置所での聴取を西田に要請した。


「それは全く問題ないが、府警の共助課長の須貝さんに今日中に頼んでおくべきだろうなあ。拘置所との連絡は須貝さん通してやっといた方がいいだろ」

「よろしくお願いします。考えあぐねている時間があれば、行動に移すべきでした。頭の中で何とかなると思っていたんですが、すっかり行き詰まってしまって」

竹下は唇を噛んだ。

「戻る日程がほぼ決まったのも急だから、仕方ない」

そう言うと、西田は須貝に電話を掛け、夜には拘置所側との折衝の結果を連絡すると言われた。


「しかし、竹下も何かやつれてるな」

須貝の話を2人にし終えると、西田は部下の顔をマジマジと見て言った。

「そうですかねえ……。そんなことはないと思いますよ。6月からの捜査の中じゃ1番動いてないですし」

「頭でモノ考えることは、意外とカロリーの消費がすごいらしいですから。脳のカロリー消費量は馬鹿になりませんよ。真剣にモノを考えていると、やっぱり痩せるって話ですよ」

吉村がそう言うと、

「『太った豚より痩せたソクラテスが良い』って話があったな。そういうことなんだろう」

と西田も納得の表情だった。


「どうですか、夜まで暇ですし、何か気晴らしでもしませんか? 行き詰まった時には、気分転換も必要でしょう? 大阪も後ちょっとの滞在です。少しは楽しんでもバチは当たらないんじゃないかなあ?」

吉村は不意に憂さ晴らしの提案をしてきた。

「酒はダメだぞ、さすがに! 時間的なものもある」

西田は吉村にピシャリと言い放ったが、

「いや酒の話はさすがに考えてません。ただ、カラオケぐらいならいいでしょ?」

と軽く口ごたえした。

「カラオケか……。悪くないんじゃないですか?」

竹下が意外と乗り気だったのに、西田は驚いた。社交性がないわけではないが、余りその手のノリに付いていくタイプではないと思っていたからだ。吉村とは、西田が着任して以来、一連の捜査で6月に忙しく成る前に、2度程カラオケに行ったことはあるが、竹下とはたまに飲みに行く程度の関係だった。そして、その飲みですら余り乗り気ではなかったように西田には思えていた。つくづく剣道の上級者で体育会系出身という匂いはほとんど感じさせない男だ。


「よし、わかった。じゃあストレス解消に大声でもあげてくるか!」

竹下のためにも、ここは大目に見ようと西田は考え、男3人でカラオケに出かけることにした。


※※※※※※※


 ビジネスホテルから出ると、吉村がすぐに指を指した。

「あそこにカラオケ屋がありますから」

ホテルを出て、しばらくは辺りをウロウロして探す必要があると考えていた西田だったが、さすがに「提案者」は事前にチェックしていたらしい。こういうところには滅法目が利くのが吉村という男だ。

「近い分に越したことはないな」

そう言うと、吉村の後に西田と竹下は続いた。


 正直会員になるのも面倒だったが、フロントの店員がしつこいので、吉村に会員証を作らせた。北海道の知らない土地から、たまたま一時的にやって来た人間だということを知ると、さすがにしつこかった店員も申し訳無さそうな顔をしていたが、今更遅い。昼間とは言え、日曜ということもあってか多少混んでいたため、10分程待たされたが、イライラする前に部屋に通された。3名にしては十分な広さで、取り敢えず飲み物と、フライドポテトを注文すると、西田達は早速選曲に没頭し始めた。


 トップバッターは、言うまでもなく3人の中で「序列」が1位の西田からである。一般の会社でも当然だろうが、「警察社会」なら尚更である。階級・役職が全て。それが正しいか間違っているかなどと、真剣に悩む奴は最後まで残らない上意下達の組織が警察だ。但し、この3人は(おそらく西田以外の2人も)、その「教義」を微塵も本気では信じてはおらず、「信徒」の振りをしているだけなのは間違いなかった。仕事と割り切って信じている振りをするだけでも、最後まで残る事は出来る。それもまた真だ。特に竹下は、明らかにそれが間違っていると言う前提で「ビジネス信徒」をやっているだけだろう。


 西田がマイクを持ってモニターの前に立つと同時に、佐野元春の「SOMEDAY」のイントロが流れた。

「あれ? 係長の佐野元春は初めて聞くなあ」

吉村がそう言いながら、パチパチと手を3度程叩いた。竹下も合いの手を入れた。

「♪SOMEDAY この胸にSOMEDAY~」

西田は気持ちよく熱唱した。部下2人もまあまあ盛り上げてくれたので、真っ昼間とは言え、部屋の「温度」も温まってきた。


 さて、西田の次は当然主任の竹下だ。西田も吉村も竹下の歌声は聞いたことがないので、何を歌うのか気になってモニターを注視した。すると、寺尾聡の「ルビーの指環」のタイトルが浮かび上がった。

「ほう、『ルビーの指環』とは渋いな!」

西田は笑みを浮かべながら、軽く驚きの声を上げた。重厚感のあるイントロと共に、

「♪曇りガラスの向こうは風の街 問わず語りの心がせつないね」

と、なかなか渋い声で歌い始めた。俳優の寺尾聡(実は初期においてミュージシャンとして活動していた)が、当時人気歌番組であった「ザ・ベストテン」において、12週連続1位と言う金字塔を成し遂げた大ヒット曲だ。寺尾自身の作曲による、落ち着きのある小洒落たメロディに、ヒットメーカー松本隆の詞は、十数年前の曲でありながら、古いと言う感覚を全く感じさせなかった。


 竹下が歌い終わると、吉村が、

「主任、結構いい声してますね」

と半ば本気で褒め、半ば茶化した。

「うるさい奴だな!」

そう言いつつ竹下も満更でもなさそうだったが、

「次はおまえの番だぞ!」

と吉村の背中を強く押して、お立ち台へと送り出した。


 モニターには、ザ・ブルーハーツの「TRAIN-TRAIN」が題名として映し出された。

「おまえも好きだなこれ……。確か一緒に行った2回とも、最初に歌ってるぞ」

西田が呆れたように言うと、

「これから入るのが俺のポリシーなんですわ」

と得意顔で返した。実際、場が盛り上がる曲ではあるが、全員30超えた、言わば「おっさん」3名でとなるとまた意味も違ってくる。はっきり言ってしまえば、「若者気取り」もしくは「滑稽」と言う奴だろう。西田も竹下もそういう自己分析ぐらいは出来ていた。とは言っても、盛り上がってる吉村を放っておくわけにも行かないので、上司2人は掛け声と共に腕を突き上げて、大げさにアクションしながらシャウトする吉村を盛り立てるという構図になった。


 そんな調子で30分、1時間と時は過ぎて行くと、そろそろ時間的に自分達のじっくり歌いたい曲を歌う選曲タイムがやってくるのが通例だ。西田は、十八番のサザンオールスターズの「いとしのエリー」やら「真夏の果実」などを披露した。竹下は、「ルビーの指環」の後は、西城秀樹やら沢田研二やら、アイドルとアーチストの間のような歌手の歌を中心に構成していた。吉村は性格そのまま、テンポの良い軽いロック系統を選曲し、ジュン・スカイ・ウォーカーズなどを意気揚々と歌いあげていた。


 そろそろ2時間に突入し、フロントに延長を申し出た頃、吉村はJ-WALK(現在は色々あってTHE JAYWALK)の「何も言えなくて…夏」を歌い始めた。元々、北海道・富良野のスキー場のCMタイアップソングとして、アルバム収録曲だった「何も言えなくて(…夏 が付かない)」が90年末から91年の冬の間に、道内の民放のCMで頻繁に流れていた。それもあって、全国的にヒットする前から、道内在住の人間にとっては、曲名はよくわからないが、何となく聞いたことがあるメロディであったわけだ。西田もなんとなくテレビから流れてくるメロディに、「良い曲だな」と言う感想を持っていた記憶があった。


 その後、91年の夏に歌詞を一部変え、「何も言えなくて…夏」としてシングル・カットしたものが、92年辺りから全国的に売れてきて、最終的にミリオンセラー手前まで行ったのである。西田も竹下も、吉村に合わせながら思わず口ずさんでいた。


 歌い終わった頃、丁度頼んでいたサンドイッチが来たこともあり、一旦歌うのを中断した3人はサンドイッチにかぶりついた。声を張り上げるというのは、案外大きなカロリーを消費するものである。皿はあっという間に綺麗になった。吉村が生オレンジジュースを一気に飲み干した後、突然竹下にクイズを出した。


「主任、ところでJ-WALKのグループ名、英語でどういう意味だか知ってます?」

知能はともかく若干「知性」に問題がありそうな吉村が、刑事としては間違いなく知性派の竹下に挑戦するということは、それなりに勝算があるのだろう。自信に満ちた表情だ。

「いや、わからないなあ」

竹下は特に残念そうでも悔しそうでもなく、素直に白旗を上げた。まあ本当に自分に自信があるからこその余裕なのかもしれないと、西田は成り行きを黙って見ていた。


「信号無視とか進入禁止のところに入るとか、交通規則の類を色々破る、そういう意味だそうですよ」

「へえ。それは知らなかったな。吉村は何で知ってるんだ?」

竹下は社交辞令なのか本気なのか、吉村が知っていた理由を聞いた。

「いやあ、ただ単にどういう意味があるんだろうと気になって、まずJ-WALKのJがJ・A・Yだということを調べて、後は辞書ですよ」

と、少々得意げに竹下に教えた。

「JAYってのは何なんだ?」

西田が話に割り込んだ。

「鳥のカケスのことらしいですね。鳴き声がジェイジェイという感じなんで、そのまま擬音が名称になったそうです。ただ、このJAYWALKのJAYの場合は、人間の『お調子者』みたいな意味があるらしいです」

吉村にしてはきちんと調べていたことに、西田はそれこそJAYの部下を思わず見直したが、思わず、

「つまり吉村はカケスってわけだ」

とツッコミを入れた。

「何となく、そんなことを言われるような気がしたんですよ」

苦笑いを浮かべた吉村だった。

竹下も、

「吉村に教えてもらうようになったらお終いだな」

と笑いながら言いつつも、西田同様、かなり感心しているようだった。ただ、

「どっかで最近ジェイウォークという言葉、見かけたことがあったような……」

と、竹下の記憶のどこかでその言葉が妙に引っ掛かっていた。


 須貝から電話もあるので、3人はカラオケを3時間で切り上げ、そのまま夕食へと雪崩れ込んだ。そして食べ終えてホテルへ戻った直後、須貝から、竹下の拘置所再聴取の許可が出たと連絡があった。竹下は表には出さなかったが、内心かなり燃えていた。


※※※※※※※


 午後10時過ぎ、今度は倉野の予告通り、西田の携帯に道警本部・遠山刑事部長から直々の連絡が入った。翌日16日の午後、道警刑事部捜査一課の第二強行犯殺人捜査1係・主任の赤松と副主任の津崎が、本橋の護送の為に逮捕状を持って大阪に行くので、法務省、府警、大阪拘置所と合同の会議に出席するようにとのことだった。


 翌々日の17日に護送するのだから、かなりタイトなスケジュールではあるが、事態の急展開を考えれば仕方ないことでもあった。西田は竹下に午前中で全て済ませておくように指示した。さすがに護送に同行する以上、竹下を会議に参加させない訳にはいかない。竹下もその意味をよくわかっていた。


「これは俺たちもテレビに映るんですか? まいったな。全国デビューだ。服装もしっかりしておかないと……」

吉村は相変わらずの言動だったが、実際問題、ハレの舞台と言えなくもない。前日の、護送の件の会話の際に倉野は、遠山部長が遠軽署の捜査への褒美として「配慮」したという話を西田にしていたが、西田もそれは当たっていると、吉村の発言を機に改めて思っていた。


 捜査員の性格によっては、目立つことをむしろ嫌う(捜査に影響が出る、もしくは危険な目に合う可能性が高まることによる)タイプの人間も居て、よくニュースで映る捜査の際にマスクなどをしているのはこのパターン(殺人の現場などでは、腐敗臭などを避ける、或いは唾液が飛ぶのを避ける目的の場合もある)であるが、大方は地味な仕事である刑事にとって目立つ場として歓迎する傾向にある。


 その目立つ場面に田舎の所轄の捜査員が選ばれたのだから、道理として遠山からのプレゼントであることは明白だった。本橋自身の自供による、「ほぼ解決」ではあったが、もし遠軽署単独の捜査で佐田の遺体の移動と発見がなければ、自供の裏付けに時間が掛かるか、場合によってはかなり混乱しただろうことは明白だから、遠軽署の捜査結果は事件解決に向けてかなり貢献していたのは間違いなかった。


※※※※※※※


 10月16日午前9時に、竹下は既に大阪拘置所の処遇部に居た。前回はきちんと見ていなかった、死刑判決上告棄却以前の、面会可能な時期にあった手紙のやりとりを今度はきちんと見せてもらった。とは言っても、9月に入ってからの2通分だけであった。


 最初は9月5日の日付の印が押され、当日中に配達。検閲を経て6日に本橋に届けられたものだった。(いずれも便箋に手紙で縦書)



※※※※※※※


本橋さん


 本の題ですが、先日お話した通り

「THE CROSS-生まれより背負った十字架そして負わされた冤罪」

或いは

「THE JAYWALKING 今から始める自省と着た濡れ衣」

のどちらかでいこうかと考えています。どちらがよろしいでしょうか?

 次回の面会までに決めておいて下さい。


                        椎野 聡


※※※※※※※


 椎野が本橋の告白本出版のための取材を重ねていた中で、その題名の希望を聞いただけとも取れた。単純に業務連絡とも言えるかもしれない。


 2通目は9月の8日付けの印で当日に拘置所へと配達、9日にこれまた本橋へと届けられたモノだった。


※※※※※※※


本橋さん


 いよいよ上告結果が出ます。なんとか死刑判決を回避して、また笑顔で再会したいと思っております。昨日面会した時に本の題名のご希望を伺いました。

「THE JAYWALKING 今から始める自省と着た濡れ衣」

にしたいとのことでしたが、出版社の許可も得て、それに決めさせて

いただきます。それでは


                        椎野 聡


※※※※※※※


「これが理由か、昨日のカラオケの時にやけに気になったのは……。しかし、今見たら噴飯モノのタイトルだな……」

竹下は1人呆れていた。それにしても、吉村に意味を解説された時に、何故か気になっていた「ジェイウォーク」は、先日これらの手紙を流し読みした時に、記憶の片隅に置かれていた言葉だったようだ。


 そして、椎野が手紙を出した当時は、「一応」は無罪どころか無実を本橋は表向き主張していたわけだから、おそらく、事実をある程度は知っていただろう椎野も、こういう体を装った手紙を出さざるを得なかったのだろう。何せ中身は拘置所の職員にも検閲されるのだから。しかし今となっては白々しすぎて、竹下の口から思わず乾いた笑いが漏れていた。


 前回処遇部に調べに来た時には、本橋自身の聴取やらなんやらでゴタゴタしてたこともあり、全体的に処遇部での聴取自体もかなり雑になっていた。そこで、竹下は手紙の再コピー(見ているのは手紙のコピーなので)を取ってもらうと同時に、職員に細かく聴取を始めた。


「椎野が本橋と初めて面会したのが、8月の5日でしたよね? 自分の知識の範囲内で申し訳ないが、凶悪犯罪者は一般人と面会する場合、かなり要件が厳しいという話だったと思いますが、初の面会以降、結構頻繁に面会していますね? 本人が否定していたとは言え、本を書くという目的で、死刑判決が出されそうな収容者にこれだけ面会が許可されるのは、相当異例じゃないですか、これ?」

 応対してくれた処遇部の渡邉主任はそれを聞くと、

「うーん、確かに一般的にはそう言われていますが、まあ色々ありましてねえ……」

と言葉を濁した。

「この椎野って記者は、元々東西新聞の政治部に居たと言う話を聞いてるんですが、そういう絡みが関係してたりってのは?」

竹下は思い切って「政治」に切り込んでみた。

「え? ああ……いやあ参りましたね……。刑事さん、職業柄勘が鋭いですな……。まあそこら辺は想像にお任せしますよ」

渡邉は頭を掻くとそう誤魔化したが、敢えて否定しなかったということは、肯定したも同然と竹下は受け取った。箱崎派の権力を以ってすれば、この程度は可能だと踏んだのだ。


「9月の6日に本橋が手紙を見た後、7日には椎野が面会してます。その後また翌日手紙を寄こしてます。11日に上告審の判決が出るにも関わらず、その直前までこういうやりとりってのは、通例ありえるんですかね?」

「まあ、ないでしょうねえ……」

これまた煮え切らない返事だが、これは「異例」だと渡邉も認めている証拠でもある。やはり、「誤魔化す」にも色々無理があるわけだ。


 しかもよく考えてみれば、9月7日は、正式に西田達が「辺境の墓標」から選んで拾い出した遺骨が佐田のものと断定された日だ。警察としては大々的に報道して欲しいとは思っていなかったが、道警から報道への発表、つまりプレスリリースは午前中にはしていたはずだった。そもそも、遺骨が見つかった時点で、佐田のものであった可能性が高く、少なくとも「北見方面本部の内部」では、そういう噂は蔓延していたはずだった。悪意の「スパイ」が居たかどうか以前に、そういう情報というものは、そこからある程度地元の「実力者」の周辺に漏れ出ていても不思議ではない。


 大島は東京に居たとしても、その事務所は北見や網走にもあるというか、まさに本拠地である。そこに出入りしている関係者に警察から情報が入り、それが大島の周辺に行くことがあり得ないと断定するのは無理がある。9月になってから、妙に椎野の動きが慌ただしいことは、上告審判決がある(しかも棄却の可能性が高い)こともあったが、8月31日に、遠軽署が佐田実と見られる遺骨を発見したことが影響していたのではないか、竹下はそう睨んだ。


 いや、そもそもが椎野自体がメディアの内部関係者だ。椎野自身が情報をそのラインから直接得ていてもおかしくはない。そうなると、その線で裏を取っていくしかない。竹下は聴取を終え、再コピーを持って拘置所を出ると、タクシーに乗る前に頼りの五十嵐に電話を掛けた。


「竹下か。先日は色々と助かったよ。まあこっちも労力を提供したんだから五分五分ではあるけどな……。それで今日は何の用だ? 取材相手とそろそろ会う時間だから手短に頼むよ」

「度々すいません。例の佐田の殺害事件ですが、道警本部か北見方面本部からプレスリリース(記者会見・発表)が9月7日にあったと思うんですが、その前の時点で、ある程度サツ回りのブンヤには情報流れてたんですか? 少なくとも、8月31日に遺骨が運ばれた北見方面本部の刑事連中からは、そういう話がマスコミに『匂わされて』いても、当然不思議ないと考えてるんですが……。道報そっち警察さつ回り担当の記者に確認してもらいたいんです?」

「その程度の確認なら構わんぞ! デスクからおまえが何か掴んでるという話については、俺の裁量で協力して構わんと言われてる。勿論、ギブアンドテイクが前提だが」

ギブアンドテイクを強調する五十嵐だったが、

「それは大変有り難いです。ただ、こっちもギリギリのところで踏みとどまらないと行けないんで、あんまり期待しないでくださいよ」

と竹下は釘を差した。

「おまえの立場は理解してるつもりだ。透破抜きとまで行かなくても、他紙より一歩早い程度でもこっちは助かる。話がデカければだが。前回の記事も社長から褒められたよ。俺も鼻高々だ」

五十嵐の声も弾んでいた。

「そりゃ良かった。おっと、こんな話で時間食ってる場合じゃない。話の続きですが、札幌にしか支局がない、東西新聞の北海道支局の警察回り記者が、プレスリリースの前にはおそらく知り得ませんよね?」

「東西新聞? ということは椎野の絡みだな?」

五十嵐は遠慮のないストレートな話題を口にした。

「そうです。椎野はどうもプレスリリース前に、佐田実殺害発覚の情報を既に大阪で受け取っていた、その方が辻褄が合う。そういう場合、同僚の東西新聞内部の人間から情報を受け取った可能性があるかもしれないと思いましてね。しかし、札幌の記者が北見の情報を握ってるというのはなかなか考えづらい。札幌まで情報が来ていたら話は別ですが……」

「なるほど。東西新聞は、確かに北海道には札幌にしか支局がないからなあ。シェアが道内じゃほとんどないから……。お前の言う通り、北見周りの話を事前にキャッチできたかどうかは、個人的には難しいと思うぞ。まあいい。同じ社会部だし、一応北見と道警本部の担当に聞いてみるわ。余り期待はしないでくれ。それじゃあな!」

そう言うと五十嵐は竹下の了解を得る前に電話を切った。相変わらずせっかちだ。


※※※※※※※


 20分程経って、タクシーを降りた竹下が府警の庁舎に入ろうとした時、突然折り返し電話が掛かってきた。

「おう、悪かったな! デスク通して確認したが、少なくともウチの本部サツ回り担当も情報は掴んでたらしいぞ。確定情報としてではなかったようだけど」

「本当ですか!?」

「ああ、刑事部長が遠山ってんだろ? そいつからそういう話が出てたらしい」

五十嵐の話を聞いて、竹下は納得出来た。遠山は佐田の事件について、西田との絡みや、怠慢捜査について怒るなど、かなり関心が高かったことは確かだ。そうなると、遠軽や北見から連絡を受けた時点で、嗅ぎまわっている記者に普通に情報を口にしていても不思議ない。この手の暴露は、記者と政治家、官僚が直接繋がっている、悪く言えば癒着している日本ではよくある話だ。場合によっては、マスコミが逆に利用されたり、利用させたりする、情報操作に使われることもありがちなパターンである。


「それで、それを東西新聞の記者が掴んでいた可能性については?」

「それについてだが、遠山ってのは、記者には比較的平等の態度だって話だから、おそらく知らされていた可能性はあると思う。そもそも行政と『懇ろ』の東西新聞だからなあ……。部長さんが東西新聞記者をわざわざ疎外するようなことはあり得んだろ」

五十嵐は含みがあるような言い方だった。しかし、竹下はそれを聞いてもしばらく反応しなかった。五十嵐は不安になったか、

「おいどうした? 聞こえてるか?」

と尋ねてきた。

「五十嵐さん、度々で申し訳……」

再び喋り出した竹下の発言を切るように、五十嵐が、

「またかよ!」

と先んじて遮った。

「はい。そのまたです……。その東西新聞の札幌のサツ回り担当の記者、ちょっと調べてもらえませんか? 同じ会社とは言え、ある程度親しい必要がある思うんですよ。細かい情報を椎野に逐一入れるとなると、そういう間柄じゃないと厳しいでしょ? ホント悪いんですけど……」

如何にも申し訳ないという風な口ぶりで、竹下は懇願した。

「仕方ねえなあ! ちょっと時間掛かるぞ。それにしてもなんでそいつを調べる必要が?」

五十嵐はわかった上での発言に聞こえた。。

「社会部で札幌のサツ回り担当と、ほぼずっと政治部、離れた時期も国際部の椎野と、幾ら同じ新聞社とは言え、それだけで情報が回ってくるとは思えないんですよ。おそらく、こちらの動きを、椎野が大阪へと動き出した時点で探っていたと見るのが自然でしょう。そうなると、かなり近い関係があったんじゃないか、そう考えてるんです」

「はいはいわかったわかった! 調べてやるよ、言われた通りにな!」

竹下の発言を聞くと、五十嵐は投げやりな言葉を発したが、五十嵐なら内心では自分の説明に納得はしていたはずだと、竹下は確信していた。

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