追記19 Laughing Octopus~バトルロイヤルFPS③~

 あれから何試合繰り返しただろうか。

 200試合は超えたような気がする。


「霧雨、狙われてるぞ!」

 隣で観戦している依神に言われて初めて、後方からの攻撃に気付いた。まだ攻撃は当たっていなかったが、距離を詰められているようで、段々狙いが正確になっていく。

「ええい、面倒だ」

 私は取って返し、武器をサバイバルナイフに切り替えて、ダメージ覚悟で敵プレイヤーに斬ってかかる。2発ほど銃弾を食らって瀕死の状態にはなったが、どうにか敵を撃破してこのピンチを脱した。

「霧雨、プレイが雑じゃないか?どれだけ繰り返した?」

 『時間遡行』の際に記憶を保持できるのは私だけなので、ムラサキは私が何戦繰り返しているのかは知らない。しかし、プレイングには嘘が付けない。

 時間が戻ると肉体的な疲労に関しては無かったことになる。だから視界はクリアだし、首や肩や腰の痛みもないし、指も滑らかに動く。

 しかし意識が続く以上、精神的な疲労は蓄積していく。


 バトルロイヤルFPSは、カジノで勝つための前哨戦に過ぎない。

 しかし、RTAやゲーム博打とは比べ物にならないくらい、私の気力は削られ、集中力は散逸していた。

 この戦いが、あまりにも不毛だったからだ。


 私とムラサキが確実に接敵した――すなわち、我々が最後の2名にまで残り、そして私がわざと敗北する、というパターンを辿ったのはおよそ50戦ほど。

 生き残るまでもなく途中でムラサキにやられたケースもあっただろうから、その倍以上は接触していてもおかしくは無い。

 にも関わらず、私はムラサキが操作しているキャラクターを、ただの一度も目撃していない。

 ムラサキと対峙することで直にその立ち回りを見てやろう、と試合を繰り返しているのに、視界にすら捉えられないのである。




 確かに、ムラサキと遭遇するのは容易では無いだろうと予想はしていた。

 ゲーム配信のアーカイブを見た限り、ムラサキの戦術は、清々しいほど徹底的な「芋」である。

 スナイパーライフルなどの遠距離武器を構えてフィールドに隠れ潜み、匍匐姿勢のまま移動しない様を揶揄して「芋虫スナイパー」、略して「芋」と呼ぶ。

 誰かが隠れる分、他の味方がその分集中砲火を浴びることになる。『Call of Duty』とか『Battle Field』のような。味方プレイヤーとの協力が必要なゲームであったなら、「芋」は余程上手くない限り迷惑な存在だ。


 味方の居ない一対多のバトルロイヤルゲームでは一つの立派な戦略と言えるが、このゲームNarrow Downにおける事情は少し異なる。

 芋プレイヤーは他のプレイヤーと対決しないので、現代の武器や利器を集められない。必然的に、雑魚モンスターを狩ってレベルを上げ、魔法を主体に戦うことになる。

 しかし、その魔法があまり強くないのだ。他プレイヤーから奪い取らなければならない現代武器の方が、幾分も強力かつ便利に作られている。

 例えば5点バーストの『フレイムアロー 』を全弾当てられるエイム力があったとして――ちなみに魔法にヘッドショットの概念は無い――それでも相手のレベルによっては倒し切れるか怪しい。その間に、射程が同程度であるオートマチックピストルの鉛玉を一発でも頭に喰らえば、ガメオベラ。そういう力関係だ。

 考えてみれば当然のバランス調整である。魔法が強すぎたら、誰もがモンスターとの戦闘によるレベル上げに明け暮れ、最終局面まで他プレイヤーと争わなくなってしまう。

 アドリブ性こそがバトルロイヤルゲームの醍醐味であって、「安全で安定な勝ち筋」などというものは、あってはならないのである。


 それにも関わらず、だ。

 雑魚モンスターだけを倒してレベルを上げ、他プレイヤーとの接触は徹底的に嫌い、そして終盤まで残ったプレイヤーを弱いはずの魔法で一掃――そんな安全で安定な勝ち筋で勝ってしまうのが、ムラサキというプレイヤーなのだった。




 例によって最後の2人になるまで身を潜めていたが、終局は突然に訪れた。

 「3」と表示されていたプレイヤー数が、いきなり「1」に減った。

 私のドン勝ちである。

「霧雨、何が起こったんだ?戦ってないのに敵が死んだぞ?」

「……エリア外に出ていて、スリップダメージでやられたんだろうな」

 私が勝ってしまっては、『時間遡行』は発動しない。

 こうして、ムラサキとのあまりにも長い1はあっけなく終わったのだった。


「どうする霧雨。もう一試合やるか?ムラサキはまだゲームを続けるみたいだから、マッチングしたいならさせてやるぞ」

「いや……それには及ばない」

「ってことは何か掴めたのか?」

「掴めなかった、ということが掴めた」

「んん?どういうことだ?」

 振り返ってみれば、理不尽な不意打ちを食らって敗北した最初の試合から明白だった。

「ムラサキの異能アノマリーは……見つからなくなること、身を隠す力だ」

 そう、これだけ繰り返しても見つけられなかった、ということ自体が答えだ。


「隠れるための力?命の奪い合いなら便利そうだが、金の奪い合いで役に立つのか?」

「……俺の仮説が正しければ、ギャンブルによっては応用可能だ。ムラサキがカジノで打つ台を選り好みしていたことも説明できる」

「まあいい。能力が分かったなら、後は倒すだけだな!霧雨、どうやれば倒せる?ムラサキの弱点は何処だ?」

 VRゴーグルを外した私に、依神が期待の含んだ視線を向ける。

 私はゴーグルに目を落としたまま、依神の顔を見ずに答えた。

「……確かにムラサキの力の正体は突き止めた……だがそこまでだ」


「ムラサキの能力は……止められない」

 そう言ったのを最後に、私はその場に崩れ落ちた。

 『時間遡行』を繰り返した反動。極度の疲労感と睡魔が、私の意識を奪っていった……。

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