追記17 Calling~バトルロイヤルFPS①~

「名蜘蛛ムラサキのゲーム配信にようこそ~!楽しんでいってね~!」

 スクリーンの中で、不格好な格好をした金髪の魔女が、風体に似合わないはしゃいだ声を出しながら手を振っていた。

 プレイしようとしているのは、『Narrowナロー Downダウン』。ムラサキが得意と公言しているゲームジャンル――バトルロイヤルFPSの作品である。


 しかしアリスに聞いた限り、本来ムラサキはゲームが下手なはずである。その話を聞いてから私もいくつか過去のアーカイブ動画を観てみたが、ゼニガメを選んでタケシに苦戦し、50ccのルイージサーキットでもなかなか4位に入らなかった。『スペランカー』に挑戦した回に至っては、ついぞ1ステージの1階すら越せずに、1時間の枠が終わった。

 そんな彼女が、どうやってFPSだけ得意になれたのか。そもそも本当に得意なのか?

 答えは否、だ。

 他のゲームよりプレイ回数をこなしているだけあって操作方法には習熟しているものの、エイム力はお世辞にも高くない。

 彼女の最新のプレイヤーランクは『A級』。中級者を名乗れるくらいのランクに相当するが、私の目から見て、ムラサキは未だ初心者の域を出ないように思えた。

 オンラインカジノで振るってるのと同じ異能アノマリーを、振るっている可能性が高い。

 自分の推理に確信を強めた私は、数日ぶりに自室に帰り――例によって掃除を済ませてから、VTuber・名蜘蛛ムラサキのゲーム配信を眺めていた。

 普段は麻雀や花札といったギャンブルゲームにしか興味を示さない依神だが、それがムラサキに勝つためと聞くと、興味津々で画面にかじりついた。


 ムラサキはゲーム画面を表示したまま、楽しげに喋り続けていた。

 なかなかプレイが始まらないので、私はスキップ出来ないムービーを見ている時のような苛立ちを覚えた。

 そんな画面のこちら側の事情を気にすることもなく、ムラサキは雑談を続ける。ゲームよりも話すことの方が楽しいのだろう。

「今日はエイミングが怪しいかも。大目にみてね~!この前アキバで買ったばかりなのに、落として壊しちゃったの~!欲しいものリストを公開してるから、誰かプレゼントしてくれたら嬉しいな~!」

 ムラサキは配信ページの下部に「ムラサキの欲しいものリスト」のアドレスを必ず貼っていた。リンク先は大手インターネット通販サイトで、ムラサキが欲しがっている商品のリストが表示される。ファンが自腹を切ってムラサキにプレゼント出来る仕組みだ。


 クリックしてサブモニタに映してみると、VRコンテンツ用のゲームコントローラが複数、世代を問わず突っ込まれていた。

「おい霧雨、これ見てみろ。日本語がおかしいぞ」

「中国のメーカーが日本に向けて出品してる物だな。この手のゲーミングデバイスはたいていハズレだ」 

 eスポーツバブルに突入してからというもの、ネットショッピングサイトには怪しげな商品が多種多様に陳列されるようになった。「見た目が似ているだけの劣化版が届いた」とか「分解してみたら中身がカラだった」とか「箱だけ届いた」なんてのは良い方で、「全く関係ない成人向けアイテムが届いて家族に誤解された」なんてこともあるらしい。

 だから今どきのゲーマーは、なるべく店で実物を触ってゲーミングデバイスを選ぶ。私のデバイスも秋葉原のショップで厳選したものだ。家電量販店にもゲーミングデバイスコーナーが置かれるようになって久しいので、地方勢でも試遊はなんなく叶う。

 よほど僻地に住んでいてそれすら叶わないなら、騙されないように大手ショッピングサイトは使わず、なるべくメーカーの公式ページを使うことが昨今のゲーマーの常識となっている。

 ムラサキはどうやらそんなセオリーを知らないらしい。アリスが言っていた通り、ゲームにあまり関心が無いのだろう。


 怪しい商品満載のリストをスクロールして時間を潰していると、ようやくムラサキの雑談が終わった。

「よ~し、そろそろ始めるよ~。今ゲームを始めたら、ムラサキとマッチング出来るかも~!」

「霧雨、そろそろ始まりそうだぞ」

 ムラサキがやっているのと同じゲームを起動し、カーソルを『ランクマッチ』に合わせ、コントローラを依神に渡す。この日に備えて、ゲームのプレイヤーランクはムラサキと同じ『A級』まで上げてある。

「あとはタイミングを見計らって決定ボタンを押すだけだ」

「任せろ霧雨。必ずムラサキに会わせてやる」

 自信ありげな依神を横目に、ムラサキの配信画面を注視する。

「いくよ~!ゲームスタート〜!」

 ムラサキがランクマッチを開始した。

 よし、今だ。

 依神が決定ボタンを押し、私はVRヘッドセットを被った。


 マッチングした99人のプレイヤーネームが視界いっぱいに表示される。依神も、私が見ているのと同じ画面をPCのスクリーンで見ているはずだ。

「上手くいったな。霧雨、左下にいる」

 『Murasaki0809』――ムラサキのユーザーIDである。

 依神が『確率操作』の異能アノマリーを使って、私と引き合わせたのだ。

 出来ることなら依神に頼りたくは無かったが、ムラサキの実力を直に戦って確かめるには、他に手段がなかった。

 私の異能『時間遡行』は、勝負が始まった時まで時間を戻すことは出来ても、試合開始前――すなわちマッチングをやり直すことは出来ない。

 異能に頼らず、延々とオンラインに潜り続けていればいつかは遭遇するだろうが、そう悠長なことも言っていられない。

 依頼人・蓬莱アリスには、もうそれほど時間が残されていない。速やかにムラサキとの関係を精算しなければ、所属企業から契約を切られ、人気VTuberとしての活動に幕を下ろすことになってしまう。

 それはなんとしても避けなければならない。もはや蓬莱アリスは、依神に代打ちを頼んだ依頼人であり、そして私にとっても、なんとかしてやりたい相手となっていた。


 私から協力を頼まれた依神は、やはりというか、たいそう喜んだ。依神は人の役に立ちたがる。他人のために自分の運がすり減ることを厭わない。

「おい霧雨、ただマッチングするだけで良かったのか?私の力を使えば、周りの連中を皆格下にすることだって出来たのに」

「そこまでする必要はない。ムラサキの実力と立ち回りを、直接戦って見極めるのが目的だ。他のプレイヤーについては適度にバラけてた方が良い」

 それに、そこまでマッチングを操作したら依神が運を費やし過ぎてしまう。

 依神は十分仕事をしてくれた。ここからは……


「俺が『時間』を費やす番だ」


 ロード時間を開けると、視界に青空が広がった。

 私は中世風の家屋や古城が点在する緑の大地を俯瞰し、そして降下した。

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