第7話 洋洋の顔と生みの親
七 洋洋の顔と生みの親
剛駿さんは無事だった。
疲労が溜まり、軽い脱水症状か日暮れ花の食べ過ぎで、一週間眠り続けていた。
高床式の蜜柑の間から、甘臓さんの
荷車のタイヤが渦を巻き、移動サーカス車を思わせる。甘臓さんの登場で、円形広場は一瞬騒然となった。
行司さんは、水車をフル回転させると河童達を呼び、放水させ、小さな小瓶から一滴、スプーンに透明の液体を垂らし、剛駿さんの口に含ませた。
ふわっふわの羽ぶとん、ふわっふわの枕で身体を包み、ミントの葉っぱを周りに巻き散らす。
剛駿さんの足指には、温めたマシュマロ粘土を被せて、大きな靴下を履かせた。
「天空石に当たったかのぉ。」
毒が出れば大丈夫。只今潤い補給中。
甘臓さんは、久しいのか雲路さんと話していた。
∇ ∇ ∇ ∇
チェス盤に馬が四つ。
角四つを繋ぐ線上の中心から一線上の斜目の白いマス目の角まで、馬が四つ並んでいる。
「このチェス盤を、それぞれの馬に公平に分けて切って下さい。それぞれに馬は残すように。」
四角いチェス盤を交差して、四つの三角形に切っても、馬は何処にも置かれない。
僕は蜜柑の間で、チェス盤では無いチェス盤と格闘していた。
馬を動かさず、チェス盤を公平に切り分けろという事だ。縦横8マス、全て64マス。4で割れれば16。
16という数は出たがどうすれば良いか。
上から見れば、馬は1マスづつ、ズレている。数は16づつでなければいけない訳で、今度はピラミッドと箱、という組み合わせでは無いのだ。
ホドから離れた甘臓さん、河童であるが、河童で無い。
一部分にまとまりながら、その他を公平に分けるとすると、かなり変型してくる。
個性的なホドの河童か、いや、洋洋の人々は、皆それぞれの形を持っている。
僕は、考え蜜柑を転がした。
甘臓さんが虎に思え、やはりあの時のステージが頭に浮かぶのだ。
太陽と月、象と雲の大男。
鍵になったのは、あの大きな絵だ。
チェス盤をぐるぐる渦巻き状に分割すると、それぞれの馬に16マスづつ切り分ける事が出来たのだった。
細かな事に気を取られ、僕はまったく見えていなかった。
あの大きな絵は「時」だ。
その後、回復した剛駿さんが洋洋を発つ時がやって来た。
洋洋絵文字が描かれた布に梱包された石像を荷車に乗せ、水時計で一言。
「ワシの心根を、この巨漢から一つ。
一枚の葉じゃぁ。
まずぅは、一枚の葉でも喜ばしい事である。満開に咲き、毎度訪れてくれる花見客がおればいいが、ワシの
この好期はワシの身にもなる素晴らしいお話と受け、洋洋村の一彫刻家、この度は甘臓荷車の力も借り、石像も多福に
桔梗へ、一歩。ワシも奮戦して参ります。」
「ほーっ。ほーっ。剛駿も
爽やかな風と、柔らかい日差しの中、大勢の河童と、管理人さん、紅悠さん、広場の人々、
茶人は涙を流しながら
「後程、私も天馬に乗り参ります。」
洋洋に見送られ、かささぎのとびかう中、剛駿さんは旅立って行った。
どこと無く、静けさを増した洋洋村だが、僕は、円形広場でリズムに乗る彼女達を眺めていた。
彼女達の舞う振りが、色々な人物や、動物、小鳥の動きに感じられる。
この何日かで洋洋村を知るが、僕の知らぬ、何か遠い昔の出来事なのか、それともまだ見ぬ先行く未来の現れか。
奥深い暗示と軽やかな日常。
洋洋村の人々は、草野風さんの公演には、行かないのだろうか、、、、、。
そんな疑問も感じ、ボロボロになった葦編み帽を手に、うわっと思い立ったのが、洋洋村の最後だった。
管理人さんは、落ち着いた表情で
「言継さん、ようこそ洋洋においで下さいましたね。転がる石は苔がつかぬと、洋洋もそれぞれの洋洋の顔がお見せ出来たと思います。
再び洋洋に訪れる時には、言継さんの
七転び八起き、
ゴーイング・マイウェイ・ゴーヘー!」
そのまま、管理人さんに見送られ、僕は広場の上、最初に来た円形建物に向かった。
プロペラが回り、建物の窓も開かれ、開放的に水車も水飛沫を上げ動いている。
壁は大きく前に倒れ、建物の入り口は開いていた。
僕は、入り口に立ち、円形広場にいる雲路さんや、彼女らに手を振り、洋洋村に別れを告げた。
中に入ると、大きな木の回転板も動いており、良く見ると、ツリーハウスと同じく、取っ手やドアが沢山付いている。
どの取っ手を引き、この建物に入って来たのかは、思い出せない。
壁をノックしたり、引き戸やドアを開けていると、長い三本のマッチ。
|||
コノマッチヲ一本モ追加シナイデ、
三カラ四ニシテクダサイ。
但シ、折ッテハイケマセン。
と書かれた紙が入っていた。三本しか無いのに四本に、とは、おかしいじゃないか。蜜柑の間からはもう出たのに、またクイズだ。しかし、出口を探す糸口になるのではと、マッチを動かす。
僕の出た答えは、数字の4だ。
その4とは?
再び、壁を見渡すと、ツリーハウスと良く似た棚箱が並んでいたが、箱を開けると、手の平サイズのサイコロ。
もう一つ、他の箱にもサイコロが入っていた。それを取ると、印された数字がバラバラなのに気付き、箱を番号順に並び変えて行った。
すると、箱を移動した中心の壁に六角形の穴が開いている。
これは、スライドパズルと照らし合わせて考えてみれば、扉のはずだ。
僕は、渡されたレバーを取り出し、
六角形の穴にはめ込むとL字レバーを回転させた。
天井のプロペラと木のテーブルが止まり、建物の壁、窓も、
全て閉じられた。
水の流れる音が止み、プロペラも止まり、静まり返る。
薄暗くなった円形建物の中、石の壁に自分の顔が良く映っている。その下の引き戸には、カメがある筈だ。
そこの引き戸を開き、水の溜まったカメの中を覗くと、水面に自分の顔。と、顔の横にロープが吊るされているのが映った。その場から真上を見上げると、ロープに一つの滑車。
これが二つ目の鍵だ。
壁にある引き戸を手前に段を創り壁をよじ登ると、
僕は、もう一つ渡された滑車をはめ込み、二つの滑車を噛み合わせた。
そして、ロープにしがみつき、真下へ思い切りジャンプした。
ギギギギギィ。
降りると同時に円形建物の扉は開き、古道への道は現れた。
良く磨かれたパズル床だ。中心に黒く塗られた円に10の数字。その他にも丸い鍵の形の円に4と3と1の数。黒い10の数字の円を囲うように丸があり、もう一つの黒い6という数字。残り2ケ所には、穴が開いたままだ。数字を入れるとすると、、、、、。
これは、三つ目の鍵。
建物の壁、プロペラも止まり、道も開いた。
もう一つ、何かの鍵を開けなければいけないのだ。
円形広場は洋洋の顔だと、紅悠さんは言っていた。L字のレバー形態パズル。
レバーを回転させた事により、動きは止まった。止まってしまった。止めてはダメなのだ、、、、、、!
円形建物にあった水車。僕は水門を開けるべく、三つ目の鍵を探した。
この鍵を開けなければ、僕は家に帰れない。
洋洋の人達の大切な水車なのだ。止めたままの僕では、再び洋洋に訪れる事は出来ないだろう。
僕は気持ちを落ち着かせ、箱棚に置かれたサイコロを取り出し、二ケ所の穴に置いてみた。
黒丸は足しては16。
他の三つの数を足すと8。
16から8を引き、8。
マッチクイズでは、3を4にとあった。
「洋洋だ。」4と4。
サイコロを数字の4に合わせ置くと、ぴったりとサイコロははまり、遠く、水の流れ出す音が聞こえてきたのだった。
だるま山を背に、登り下りと山を越え、僕が古道を走り抜けていた時は、もう夜だった。
へとへとになり草野風さんの家のベルを鳴らすと、迎え出て来た行司さんに、トレーラーハウスへ連れて行かれ、全て着替える様にと、瑞枝子さんの創った服を全て脱ぎ渡した。
駐車場に立つ長い鉄製のポール、堅い鉄扉は閉まったままだ。
どの古道から出て来たのだ?
ぐるぐると目が回り、不思議な夢を見た。
空に縫い付けてある長い長いファスナー。
雲の上を走り、銀色の金具を掴みたいのだが、雲は動き、形を変え、下の雲に落とされては、鳥に追われ、なかなか掴む事が出来ない。僕はくやしくて、雲を
雲を掻き分け、手探りで銀色の金具を掴み、思い切りファスナーを開けると、つるんっと、内側に空がめくれ、僕は家の前に立っていた。
ど・ど・ど・ど・ど・ど・ど・。
雲がうねり、渦を巻き、物凄い数のセキレイの群れが僕目がけて飛んで来た。
そこで、目が覚めて、トレーラーハウスから出ると、溢れんばかりの人、人、人。
大勢の人の群れで駐車場には、人だかりが出来ていた。
鉄扉は開き、その前、中央横には、
剛駿さんだ!
剛駿さんが岩を砕き、彫っている。
荒々しい岩を、
削り、
砕き、形にしているのだ。
岩を打ち鳴り響く音が、山に広がっていく。
辺りは暗くなり、中央には女の子。
彼女は、広がっていく
見えない音を飛び掴み、地を舞う。
欲望を満たすが、俗に覆い被され、
潰れていく。
背が丸まり、
彼女を重く包み被さって来たのは、
草野風さんだった。
彼女はその形のまま、まだ
舞う、が、だんだんと草野風さんの
骨格、
力強くも丸々しく、
頭をうずめ、手を柔らかく縮ませる動きに変わると、彼女は素早く後退し草野風さんは、
責め立て、目を剥き、落胆し跳ね退け、怪物になり、肩を怒らせては、辺りに訴えかけている。
身体全てに力を込め、距離の近い観客にぶつかりそうになる程舞い動くのだ。
﹅﹅﹅﹅
後退した彼女は、静かに舞い踊る。
透き通る
己の小さな喜びの躍動を。
青い水の中に漂う一つの気泡をそっと掴んだように。
その存在を。
﹆﹆﹆﹆
しかし、まだ
剛駿さんの二体の石像へ跳ねていくが弾き飛ばされ、
草野風さんと物凄いスピードで交互に手足を打ち合うと、
今度は彼女が、踏み潰されても起き上がる雑草か。
四方、六方、八方と、押し退け、高く息が聞こえる程に地を舞った。
物凄い息使いだ。
僕は彼女と草野風さんに圧倒され、剛駿さんの石像と、踊りと、フラッシュバックした。
∴
▲〓▲△〓▲∴
鉄柱の間に草野風さんは立つと、
天を向き、片手鉄柱をよじ登り、
まとわり、叩き、
うめいているかの動きに変わり、
二体の石像の存在に気が付くと、
はっと震え、
幻を払い、
厳存たる自分、現存する彼女、観客、山と空を、大きく見受け、切り開く様に、
腕を舞わせた。
草野風さんと娘さん、剛駿さんの彫刻と舞台は、大盛況の内に終了した。
二人が舞う中、剛駿さんは、一つの像を彫り上げていた。
「共存共栄」
それは、今回の舞踏のテーマでもあった草野風さんの現れ。
剛駿さんは、洋洋に生き、洋洋で創り、その念を、一つ、
この場に草野風さんの言う、存在する価値として、生き現したのだ。
僕は、洋洋での事、この舞台は、生涯忘れる事の無い素晴らしい存在、現れとして、大きく心に残し、刻み込んだ。
////
「ほのかに夜が明け始めましたな。」
草野風さんは、翌朝、行司さんから預かったと、瑞枝子さんの衣服を僕に渡すと
「古道を駆け、
迷い間違えるも、身があっての事。
腹の底から笑える事は、ナニゴコロナシで、良い事かな。」
草野風さんは、果樹園から蜜柑を一つ取り
「美味しいですよ。甘いと評判でしてな。」
僕は、持ちきれない程の時の土産を貰った。
きつねけりけりハテシナイ、
一か八かの大勝負。
遠い古道の一本道、
きつねが懸命に走っていた。
〓▲▽〓▼△〓
「足元気を付けて、こっちへ運んで下さい。」
線路横で電車の通り過ぎる音と踏み切りの
洋洋村でねじを巻かれ、僕自身変わった事と言えば、自らねじを巻ける様になった事で、その流れる日々の中、まさか自身の作品が大賞を取り認められるとは思ってもおらず、その後は忙しい日々が続いたのだった。
新作の発表会見も終え、ごった返す人の多い中を掻き分けて帰る途中、小さく僕の鼻の上にくるんっと竜巻きが出来ると、さーっと突風が吹き、からくり煎の人が見えた。
「ナッツクリーム!」
そう聞こえたが、消えてしまった。
園星さんには、洋洋村後、会っておらず、家を訪ねるが、留守のままだ。
勇魚は完成していた事、水田の事、今の自分を伝える為、お礼をと探すが、次回作にも忙しく、なかなか探す事は出来なかった。
「言継さん、
次ぎから次ぎへ。
ビルの谷間に残された短い橋を見つけると、上へ高く詰み固められ、移り変わる都会の景観は猛烈な勢いで高速早送り。
タイムマシーンに乗らずとも、未来都市は日々、少しの違和感と驚きと、混乱の中、体験しているのではと、僕はそのリズムに新鮮さを持ちつつ、毎日を過ごしていた。
ヤギ部屋は、情報も増し、変革も必要か。
隙き間も無い暮らしとスケジュールで、頭の中から排除していく気憶も多くなってきた。
僕が何処に居ようが居まいが、海を渡り、空を飛んでも、きっとすぐに見つかる。
情報の綱は広がる一方だ。
僕は何を探していたのだろうか。
「風を掴んで、光りの輪。」
降りるべき駅を乗り越し、僕は、洋洋村へ向かっていた。
移り変わる町の景観と、林の中を走り流れる時のスピードの中、
洋洋村に行き、
園星さんに会う事が出来た。
「勇魚と言継さんにもお会い出来て、嬉しいですよ。」
「有り難うございました。何と伝えたら良いのか、、、、。僕は。」
「作品で伝えて頂きました。大丈夫よ。」
園星さんは、僕の手を繋ぐ。
時は止まった。洋洋の水も、飛ぶセキレイも。風も止み水車も風車も。
全てが止まった。
「時は流れているから。常に流れていますから。」
時間は流れ進んで行く。
僕は、園星さんと手を繋いだまま、作品を持ち、流れる時の闇を止まっていた。
終
ナニゴコロナシノ トドノツマリハ 牧野 ヒデミ @makino-hidemi
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