02:剣術指導を受けました

「は~、ご飯おいしかった~!」


 お昼ご飯を食べてお腹いっぱい幸せいっぱいになった私は、スキップでもしそうな足取りで廊下を歩く。

 これから隊長さんの部屋に突撃したいくらいには絶好調なんだけど、あいにくと今日は予定があった。


「サクラは本当いっつもおいしそうに食べるよね」

「おいしいご飯は幸せの素ですからね!」


 呆れたみたいに笑うエルミアさんに、私はぐっと握りこぶしを作る。

 ご飯は大事だよ。身体も頭も、心だって、エネルギーがないと動かせないんだからね。

 おいしいご飯と、そこに甘いものがあったら、もう文句なしだよね!


「それに、これからちょっと身体も動かさないといけないし、腹ごしらえは大事ですよ!」

「あ、剣術指導ですか?」

「はい。初歩の初歩すぎて、剣術って言えるもんじゃないですけどね」

「がんばってね」

「がんばってください」


 二人には前もって言っておいたからか、快く送り出してくれる。

 奥の奥のさらに奥にしまいこんだ短剣を、そのままにしておくわけにはいかないなって、最近ようやく決心がついた。

 戦えるようになるのは無理でも、せめて持ち方くらいは覚えておいたほうがいいかもしれない。

 この世界は、私のいた世界とは違うんだから。

 そうわかってはいるのに、やっぱりまだ、ちょっと複雑なんだけども。


「……二人とも、剣って持ったことあります?」


 この国の人たちは女の人でも戦うすべを持っていたりすると、前に聞いたことがある。

 魔物という脅威が身近に存在しているんだから、当然なのかもしれないけど、私の常識からするとやっぱり驚きで。

 快活なエルミアさんならまだしも、内気なハニーナちゃんまで剣を持ったことがあるかもしれないと考えると、変な気持ちになる。


「あるわよー。あたしは子どもの頃から兄弟とビリーとチャンバラごっこしてたしね。今だって短剣くらいは持ってるわよ」

「わたしは、父が軍人ですから……やっぱり、子どものころからさわらせられました。あんまり好きではないんですけど、一応、持ち方くらいはわかります」

「ハニーナちゃんでもかー……」


 なるほどなぁ。出会った当初、隊長さんが私の危機感のなさに驚いていたのもうなずける。

 包丁くらいしか握ったことない私でも覚えられるもんなんだろうか。


「あの、習いたくないなら、無理はしなくても……」

「あたしは、習っといて損はないと思うわよ」


 ハニーナちゃんの声にかぶせるように、エルミアさんは言う。

 うん、エルミアさんが正しい。

 ハニーナちゃんはちょっと私に優しすぎるね。その気持ちもうれしいけどね。


「そうですね。がんばります」


 やるって決めたのは、私だ。

 できるかどうかはわからないけど、まずは挑戦あるのみだよね!



  * * * *



 剣術指導は、鍛錬場だと隊員さんたちの邪魔になるからって中庭で。

 そして、指南役は隊長さん――ではなく、小隊長さん。

 残念とか言ったら悪いのはわかってるけど、やっぱり隊長さんに教えてもらいたかった。でも、隊長さんは剣に関してわりと天才型らしく、人に教えるのは向いていないんだとか。

 まあ、忙しい隊長さんに時間を作ってもらうのも申し訳ないから、いいんだけどね。


「ぐっと握って、絶対に離さないように。自分の武器で自分を傷つけることほど格好悪いことはないよ」


 小隊長さんの言葉に従って、私はぎゅううっと短剣の柄を握る。

 たしかに、包丁で指を切っちゃったときって、自分がとってもマヌケになった気分になるよね。

 いや、まったく違う話かもしれないけど、私の想像力だとこれが限界だ。


「ぐっと……って、このくらいですか?」

「まだ弱いな。握力を鍛えたほうがいいかもね」

「ううっ、非力な現代女子大生にはキツいものがあります……」


 そもそも剣を握るっていうこと自体、慣れてないだけじゃなく、どこか抵抗感があるのに。

 短剣は包丁とは違って先端が尖っていて、光を反射してギラギラしている。

 自分に向けられているわけでもないのに、見ているだけで怖くて、心臓がバクバクする。


「別に使えるようになれなんて言ってないよ。こういうのは覚悟の問題だからね」

「覚悟……」


 そういえば、ビリーさんもそんなことを言っていたっけ。

 自分を守るために他を傷つける覚悟、とかなんとか。

 小隊長さんが言っている"覚悟"が同じものかはわからないけど、きっと遠くはないはずだ。

 たぶん、私はまだその覚悟を持てていない。


「そんな考え込むようなことかな。難しいことは言ってないつもりなんだけど。オレが言いたいのは、そろそろこの世界に根づく努力をしてもいいんじゃないかってこと」

「努力してますよ! すっごいしてます!」

「そうだね。オレの目から見ても、サクラちゃんはこの世界に馴染もうと懸命に努力してる。君のコミュニケーション能力は才能でもあるけど、それを培ってきたのは他でもない君だしね」


 あれ? まさかここで私を持ち上げるようなこと言われるなんて思ってなかったぞ?

 小隊長さんは小隊長さんなりに私を評価してくれているらしい。

 うれしいけどちょっと照れるのは、小隊長さんの性格上、それが贔屓目とかじゃないってわかるからだ。

 隊長さんの右腕に認められるっていうのはうれしいものだね!


「でもさ、いまだにどこか根無し草だよね。隊長っていう恋人がいるわりにはさ」


 うぐ、と一転して私は声をつまらせる。

 根無し草。今の私になんてピッタリな言葉なんだろう。

 的確すぎる表現に、私は無意識に首から下がっているそれに手を触れた。隊長さんからもらった、"桜"のペンダント。

 私はまだ、この世界に根を張れていない。

 その理由にも、もちろん心当たりはあるわけで。


「……故郷を捨てろってことですか?」

「そうは言ってないけど、そう聞こえるってことはまだ未練たらたらなわけだ」


 うぐぐぐぐ、小隊長さん、鋭すぎる……。

 ひと月くらい前に隊長さんとしたやり取りを思い出す。

 今はまだ元の世界に未練があることを認めて、待ってほしいと一方的なお願いをした。

 小隊長さんはそのことを知らないはずなのに、こうやって言い当ててくるんだから、やっぱり油断ならない。


「ハニーナちゃんにあることないこと吹き込んでやる~……」

「はいはい、そういう卑怯な手段を君が取れるとは思えないけど」


 悔しいけど図星だ。小隊長さんは本当によく人を見てるよね……。


「ま、オレはちょっと隊長に同情しなくもないかなって感じなだけ。仕事に支障をきたさないためにも、ぜひとも報われてほしいしね」


 小隊長さんは、彼にはめずらしい苦笑を浮かべる。

 聞き分けのない子どもを見守るみたいな、そんな優しい表情に見えた。


「……報われて、ないですか?」


 私は隊長さんが好きで、隊長さんは私が好きで、私たちは両思いの恋人同士だ。

 世間一般的に言えば、それは報われていることになると思うんだけど。


「それは君が一番わかってるんじゃない?」


 底知れない笑みを浮かべながら、小隊長さんは問いかけてくる。

 ズキッと胸が痛んだのは、それこそ図星だったからだ。

 何も言い返せない私の、その沈黙ほどわかりやすい答えもなかっただろう。小隊長さんはそれ以上何も言わずに、指導が再開された。

 隊長さんが甘やかす分、こうやって教えてくれる人もいる。

 私はとっても残酷なことをしているんだよって。

 本当、そのとおり。



 私が、一番、わかってるんだよ。

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