27:いらないものをもらってしまいました

 落ち込んでようがなんだろうが、お仕事はちゃんとするのです。

 これも、私がここで居場所を作るために必要なことだから。

 高校でも大学でもバイトをしてたから、知ってる。

 仕事っていうのはちゃんとやらないと、見てる人は見てるんだよね。

 どんな仕事だったとしても、適当にやってると、そういう人なんだなって目で見られるようになる。

 完璧にやらなきゃいけないわけじゃない。失敗しちゃいけないわけじゃない。

 目の前の仕事に一生懸命取り組んで、わからないことはちゃんと人に聞いて。

 そうすることで、周りとの関係も自然といいものになっていく。


 今日の午前中は庭掃除だった。

 そろそろ夏も終わりかけなのに、残暑の日差しが容赦なく肌を突き刺してくる。

 このあたりは自然に囲まれているからなのか、そこまで暑くはない。

 とはいえ、長時間外にいたら汗もかいてくる。

 休憩時間になって、軽くシャワーでも浴びようかな、と思っていると、思わぬ人物とバッタリ出くわした。


「アンタ、隊長に振られたのか?」


 開口一番にそれですか!!

 私の天敵、ビリー・アベンツ。

 私の何が気にくわないのか、いやたぶん全部なんだろうけど。

 顔を合わせるたび、いっつも嫌味なことばっかり言う。


「振られてません!」

「じゃあ、振ったのか」

「振ってもいませんってば!」


 ガルルル、と私は吠える。

 まったく人の話を聞かない人ですね!!


「どっちでもいいけどな。隊長の様子がおかしいと隊の足並みがそろわなくなる。早くなんとかしろ」


 隊長さん、様子がおかしいのか……。

 隊長さんと距離を置いてるビリーさんですらわかるくらいに。

 ……私の、せいだよね。やっぱり。


「なんとかって……できるものならしてますよ」

「俺にはアンタの都合なんてどうでもいい」

「相っ変わらずムカつく人ですね」


 思わずむっとした顔をしてしまう。

 ビリーさんは片眉を上げて、ったく、とため息をついた。

 なんですか。ため息つきたいのはこっちのほうなんですけど!?


「……これ、やる」


 そう言ってビリーさんが手渡してきたのは――鞘に収まった、短剣、だった。

 押しつけられるようにして受け取ってしまったけど、ずしっとした重みに瞬時に我に返った。


「え、いりませんよこんなの!」


 あわてて突っ返そうとしても、ビリーさんは受け取ってはくれない。


「俺に言うなよ。俺は頼まれただけだ」

「頼まれたって、誰に?」


 私に、剣を渡すように?

 なんだってそんなことをビリーさんに頼んだんだその人は。


「マラカイル小隊長」

「はぁ!? なんで小隊長さんが私に剣渡せって頼むんですか!」

「だから、俺に聞くなって!」


 声が大きくなっていた私につられるように、ビリーさんは苛立ったように声を荒らげた。

 だって、だって、わけがわからない。

 いきなり、こんな、剣を渡されて。

 小隊長さんは私にどうしろって言うの? 私をどうしたいの?


「俺はアンタの手になじむような小剣を探してこいって言われただけだ。女でも使いやすいように軽くしてもらったヤツが届いたから、渡しに来た。文句があるならマラカイル小隊長に言え」


 はぁ、とため息をついてから、ビリーさんは説明してくれた。

 ビリーさんも小隊長さんが何を考えているのかはわからないみたいだ。

 文句があるなら、ねぇ。言えるものなら言いたいよ。

 でも、今、こんなタイミングで。

 隊長さんを避けてるタイミングで、小隊長さんに会いに行くことなんて、できるわけないじゃないか。


「なんでビリーさんに頼んだんですか?」

「俺がこういうのにちょっと詳しいからだろ。親が収集家だからな」


 なるほど、目利きなわけだ。

 それなら、私とそれなりに仲のいい隊員さんとかじゃなく、犬猿の仲のビリーさんにわざわざ頼むのも、まあうなずける。

 小隊長さんが任せるくらいだから、ちょっと、だなんてきっと謙遜だ。


「でも……こんな……」


 短剣を持つ手が、震えてしまいそうだ。

 女でも使いやすいように軽くしてもらった、って言っても。

 たとえ包丁よりもだいぶ小さくても。

 剣は剣だ。

 これは、そのもの自身の重さ以上の重みがある。

 私が持つには……重すぎる。


 武器屋さんに行ったときは、好奇心のほうが勝っていた。

 楽しんじゃいけないことだと教えられても、どこか他人事だった。

 自分で武器を持つなんて考えもしなかったから。

 刃物なんて包丁とはさみとカッターくらいしか持たないのが当たり前の日本で育った。

 武器なんて使いようだってわかっていても、簡単に人を傷つけられてしまうものが手の中にあることが、恐ろしくて仕方がない。


「覚悟はしておけってことだろ。これからも隊長の傍にいるなら、必要になるかもしれないから」


 ビリーさんの声は淡々としていた。冷たさを感じるほどに。

 戦う人の容赦のなさだ。

 戦うことを知らない私を、咎めるみたいな。

 甘さなんて許さない、と言われているみたいな。


「どんな覚悟ですか」

「自分で自分の身を守る覚悟。自分を守るために他を傷つける覚悟。そんなとこだ」


 一つ一つの言葉が、重く響いた。

 それは、傷つけることを知っている人の言葉。

 傷つけることで、守れるものがあると、知っている人の言葉。

 私には持てない強さを、ビリーさんは持っているんだ。

 そして、それは隊長さんだって同じこと。


「使い方はいつでも聞きに来い、だとさ。教えるのはきっと隊長よりマラカイル小隊長のがうまい」


 使い方……そうだよね、何も知らずに持ってるほうが、もっと怖いよね。

 子どもに包丁を握らせるようなものだもんね。

 でも、使い方なんて知りたくない。

 剣なんていらない。一生使う日が来なければいい。

 やっぱり……この世界は、こわい。


「あと……」


 じっと短剣を見下ろしたまま黙ってた私に、ビリーさんはまた口を開いた。

 あー、とか、んー、とか、しかめっ面でうなってる。

 なんだ? 今度は何を言うつもりだ?

 言っておくけど、私のライフはもうゼロですからね! これ以上いじめるようなら泣きますからね!


「アンタの頭は考え事に向いてるようには思えない」

「ひどくないですか!?」


 いきなり暴言吐かれた!

 今そういう空気だった!? 違うよね!?

 ほんとに泣きたいんだけど、泣いていい!?


「別れる気がないなら、ごちゃごちゃしてるだけ時間の無駄だろ」


 あ、その話……。

 隊長さんとのことまでさかのぼってたんですね。


「それは……そうかもですけど……」


 そんな簡単に話がすむなら、こっちも悩んでないんだけども。

 そりゃあ、別れるつもりはないよ、少なくとも私のほうは。

 隊長さんのことはやっぱり好きだ。

 そこに不純物が混じっていたとしても、好きって気持ちには、嘘はない。

 無視できないくらい不純物があるからこそ、申し訳ないし、後ろめたいし、いろいろと考えちゃうわけですが。


「さっさと仲直りでもなんでもしろ。いつもの脳天気な顔もイラつくけど、暗い顔したアンタはもっとうざったい。ピンク色の空気のほうがまだマシだ」


 ビリーさんは早口にそう言った。

 言葉は乱暴なのに、なぜかいつもみたいにムカッとはしなかった。

 あ、そっか。

 ビリーさんはビリーさんなりに、私を励まそうとしてくれてたのか。

 短剣のインパクトが強すぎてわからなかったけど。

 なんとかしろって言ったのも。時間の無駄だって言ったのも。

 言葉は悪かったけど、一応は私のことを考えてくれてのものだったんだろう。


「それだけ。じゃあな」


 言いたいことだけ言って、ビリーさんは去っていこうとする。

 え、ちょっとちょっと、相変わらず勝手な人ですね!


「あの、ありがとうございます!」


 隊長さんほどではないけど大きな背中に、私はお礼の言葉をぶつけた。

 ビリーさんは振り返らずに、ヒラヒラ、と手だけ振って応えた。

 なんというか、なんというか。

 ビリーさんはもしかして。

 ツンデレというやつなんだろうか……。



 手の中にある重みが、消えたわけではないけれど。

 少しだけ、励まされた気がするのは、悔しいけどビリーさんのおかげだった。

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