21:今後の話を聞きました

 隊長さんと元の場所まで戻ってから少し待っていると、集合時間になる前にみんな帰ってきた。

 時間厳守なのはさすが軍人さんってところだろうか。

 副隊長さんや女性の小隊長さんらを交えた話し合いも終わったらしく、ぼちぼち砦へと戻ることになった。

 町についてからの予定を確認しないといけない行きと違って、帰りは来た道を戻るだけだから、隊長さんや他のまとめ役っぽい人たちも行きよりのんびりしている。

 もちろん、森の中は魔物が出る危険性のある場所だから、そういう意味ではちゃんと警戒しているんだろうけど。

 先頭を行く隊長さんの背中を見ながら、私は帰りの道を歩いた。




「近々、砦に女性隊員が増える」


 そう教えられたのは、隊長さんの部屋で一緒に夕食を取っているとき。

 まさに寝耳に水だ。

 すぐには理解できなくて、パンを持っていた手が止まった。

 ピッピッピッ、ポーン。

 言葉の意味が脳まで浸透した私は、食事中にも関わらず思わず席を立ってしまった。


「えっ!? 本当ですか!?」

「ああ。今日はそのことについて話を詰めていた」


 私が驚きまくっていても、隊長さんは普段どおりだ。

 優雅に食事を続けながら、目線だけで座るようにと促す。

 いつも思うけど、隊長さんってご飯の食べ方がきれいだよね。私よりも食べるのが早いのに、上品だ。貴族なんだから当然かもしれないけど。


「ビックリです。今は砦に女性の隊員さんっていないじゃないですか。どうしてそうなったんですか?」

「砦には女性の使用人や料理人がいる。同性の隊員がいたほうが、仕事がしやすいと思ってな」

「たしかに、そうかもです」


 町のほうには女性隊員がいるっていう話は前から聞いていた。あのプラチナブロンドの小隊長さん以外にも何人もね。やっぱり男性のほうがだいぶ多いらしいけど。

 人事異動ってことかな。だから女性代表である小隊長さんと話していたのかもしれない。

 いきなりのことすぎて、女性隊員さんが来たらどうなるのか、まだ想像がつかない。

 でも、男性が苦手なハニーナちゃんとかは絶対喜ぶだろうなぁ。

 現状に慣れちゃってて、私はいつもは不便だなんて思わないけど、女性隊員がいたほうがやりやすいことはいくらでもあるだろう。


 たとえば、私がこの砦にやってきたときだって。

 もし女性隊員がいたら、隊長さんの部屋に匿ってもらう必要もなかったんじゃないかな。

 どっちがよかったのかってことは、とりあえず置いておいてね。


「そのことに気づけたのは、お前のおかげだ」

「へ? 私ですか?」


 なんのことだかわからなくて、私は首をかしげる。

 私、何かしたっけ?


「よく使用人たちの話をしてくれるだろう。俺たちでは気づかなかった問題なども教えてくれた」


 たしかに、私は隊長さんによく使用人仲間の話をする。

 それは相談したいとかそういった意図ではなくて、ただ単に話の流れだ。

 たまに開かれる勉強会以外では、隊長さんは基本的に聞き役に回る。

 逆に私はおしゃべりだから、好き勝手に話すわけだ。

 そうすると、必然的に仕事で接する使用人の話が多くなりやすい。

 どうでもいいような笑い話とか、使用人のちょっとした失敗談とか、誰々がこんなことを言っていた、とか。


「私、ただ世間話してただけですよ」

「そういったところに重要な案件が隠れているものだ」


 そういうものなんだろうか?

 私がいまいち理解していないことに気づいたのか、隊長さんは一度食事の手を休めた。


「お前から使用人たちの声が聞こえるのは、少なからずお前から俺に話がいけばいいと期待してのことだと思う。お前のように、隊員と使用人をつなぐ存在が必要だと気づいたんだ。女性隊員がそうなれれば申し分ない。厳つい男どもよりは、多少は話しやすいだろう」


 なるほど、私は知らない間にメッセンジャー役になっていたのか。

 隊長さんは見た目怖いし、背も高いしがっしりしていて、熊とか鬼みたいだから、気軽に話しにくいのはわかる。

 他の隊員さんだって、中にはシャルトルさんみたいに話しやすい人もいるけど、軍人さんだからみんな体格いいし。


「そうですよね、私みたいに人見知りしない人ばっかじゃないですもんね」

「お前は人見知りしないという次元ではないがな」

「じゃあなんですか? 物怖じしない?」

「良く言えばそうなるな」

「悪く言ったらどうなるのか、聞きたいような聞きたくないような……」

「それもお前の美点だ」

「褒められてるんだって思うことにします」


 隊長さんの言葉を、自分の都合のいいように拡大解釈した。

 いいですよーだ。人見知りしたことないのは本当のことだから。

 家族から聞いた話によると、赤ん坊のときから愛想よかったらしいよ、私。誰にでもすぐ懐くから、知らないおじさんとかについていっちゃわないか、気が気じゃなかったらしい。

 しっつれーな。ちゃんと懐く相手は選んでたし、今だって選んでる。

 選んだ結果が隊長さんなんだから、私の嗅覚だってバカにならないと思うんだよね。


「……お前にとっては、あまりうれしくないことだったかもしれないな」


 気遣わしげな視線をもらって、私はううっと小さくうめき声をもらしてしまった。

 それって、あれだよね。町で言ったことを気にしてくれてるんだよね。きれいな女性にヤキモチ焼いたって。

 あの人が来るわけではないだろうけど、同じ隊員さんであることには変わりないし。

 ごまかすために言ったこととはいえ、ヤキモチ焼いたのは本当のことだから、なんだかちょっと恥ずかしい。というか決まりが悪い。

 こういうこと心配されるのって、なんか、こうさ。素直にありがとうともごめんなさいとも言いづらいよね。

 ヤキモチ焼くなんて、始めての経験で。当然、こんな心配をされるのも始めてのこと。

 どうにも居心地が悪くて、意味もなくティースプーンで紅茶をかき混ぜたりしてしまう。


「えーっと、大丈夫です。ヤキモチ焼きすぎないよう気をつけます」


 そう言うしかないじゃないか。

 どうやって気をつければいいのかとか、全然わからないけど。

 コントロールできる感情じゃないっていうのは、なんとなく理解しているけど。


「妬く必要なんてないんだがな」

「わかってますよ、隊長さんが私のことだーい好きだってことは」

「そうだな」


 間を空けることなく返ってきた同意に、私はスプーンを取り落としそうになった。

 ……不意打ちすぎる。

 思わぬ反撃に、顔が熱くなっていくのを感じる。

 冗談に本気を返してくるなんて、ずるい。


「……そこは、ちょっとは動揺してくださいよ」


 上目遣いで隊長さんを睨むけど、きっと怖くもなんともないんだろう。

 ふっ、と隊長さんは優しく甘い笑みを吐いた。

 ずるい。隊長さんは本当にずるい。

 私が、その顔が好きだってことを、知っているのかいないのか。

 そんなふうに見つめられたら、胸がぎゅーってして、苦しくてどうにもならなくなるのに。



 砦の料理人が腕を振るったおいしいはずの夕食は、ほとんど味がわからなくなってしまった。

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