とある日のとある隊員たちの雑談
昼休憩の食堂は、一般隊員や使用人で賑わっている。
俺は昼休憩の時間が合った同期の二人と一緒に、昼飯を食べていた。
ふと、遠くの席に座っている少女が目に入った。
最近使用人としてこの砦にやってきた、サクラちゃんだ。
正確には砦にやってきたというと、間違っている。異世界から精霊に招かれて、気づいたらこの砦にいたんだそうだ。
精霊の客人というのは初めて見るけれど、一見、笑顔がかわいい普通の女の子だった。
「サクラちゃん、かわいいよなぁ」
ついこぼれたつぶやきに即座に反応したのは、一緒に卓を囲んでいたシアンだった。
「んだぁコーリー。オメー、横恋慕か?」
俺の視線の先に目をやってから、おもちゃを見つけたかのような笑みを見せてそう言った。
まずった。なんでこいつの前でこんなこと言ってしまったんだろう。
シアンは人をからかうのが好きだ。なんでもないようなことですら、言葉尻を取っては人をおちょくる。
基本的に無害だし、引き際は心得ているから、嫌な奴だとまでは思わないけど。
厄介な奴に目をつけられてしまった、と俺はあわてて言い訳を探した。
「別にそんなんじゃないけどさ。見てるだけならいいだろ」
恋とかそういうものじゃない。憧れというのともちょっと違う。
ほら、あるだろ。ちょっと気になる女友だち、みたいな。
恋人になりたいとか抱きたいとかそういう気持ちはなくて、見ているだけで満足できるような。
……そりゃ、欲を言えば、もっと仲良くなりたいとは思うけど。
そんなん、隊長がいるかぎり無理だろ。
「んだよ、男を見せろよな」
「だから、そんなんじゃないって」
つまらない、とばかりにシアンは眉をひそめる。
俺は苦笑してごまかすしかない。
「あーあ、せっかく新しく女が増えたっていうのに、もうツバつけられてるんじゃなぁ」
そう不満げに口にしたのは、同じく一緒にご飯を食べていたシャルトル。
こいつは女好きで、顔もいいものだからけっこうモテる。
とはいえこんな森の奥の砦でモテるといっても、使用人にキャーキャー言われたり、たまに行く町で女を引っかけたりする程度なんだけれども。それだけでも充分うらやましい話だ。
「さすがに隊長から奪うって気概のある奴はいねぇか」
それはそうだろう。誰だって隊長を敵に回したくなんてない。
サクラちゃんと噂になっているのは、うちの第五師団の隊長、グレイス・キィ・タイラルド。
仏頂面が標準装備で、普通にしていても充分怖い。
特に怒ったときなんて、鋭い眼光がさらに迫力を増して、大の大人でも震え上がるほどだ。
もちろん隊長としての実力もあるから、逆らおうとする奴なんて一部の物好きだけ。
そんな隊長の愛人と言われているサクラちゃんに手を出したら、ただではすまないだろう。
「僕としては隊長がどこまで本気なのか、気になるところだけどね」
「あの隊長だぜ? 遊びとか無理だろ」
シアンの言葉に俺も全面的に同意する。
隊長の真面目さは筋金入りだ。
あの人の、自分にも他人にも厳しいところに助けられた隊員は多い。
もちろん普段は少し怖いなと思ってしまうんだけども。
「でもそれなら、なんで“愛人”って噂なんだろうね」
シャルトルは意味深な笑みを浮かべながら言った。
それは、たしかに謎だ。
愛人なんて、隊長には似合わないと思っているのは俺だけじゃないだろう。
恋人だったら何も不思議はなかったのに。
いきなり嫁をもらった、と言われたほうがまだ納得できそうだ。
「噂なんてあてにならないだろ。もしかしたらまだ清い関係なのかも」
「それはないんじゃないかな。だってあの子、処女じゃないでしょ」
「え、マジで!?」
シャルトルの問題発言に、俺は思わず大きな声を出してしまった。
がやがやとうるさい食堂とはいえ、大声を上げれば目立つ。
何人かがこちらを振り向いて、やべ、と俺は遅れて気づいた。
なんでもない、と言うように、こっちを見てきた奴らに手を振ってみせた。
みんな大声になんとなく反応しただけだったらしく、すぐに食事を再開しだした。
「ちょっと注意して見てればわかるって。男に慣れてるよあの子」
慣れてる? 慣れてるってどういうことだ?
単純に、男友だちが多かったとか、そういう意味か?
シャルトルの言葉を理解したくなくて、俺はそう現実逃避をする。
けれどはっきりと物を言うシアンは、そんな俺の心情は考慮してくれない。
「相手が隊長じゃないかもしんねぇんじゃねぇか?」
「ま、その可能性ももちろんあるけどね」
相手? なんの相手だ? 恋の?
さすがの俺も、そうじゃないことくらいはわかってきていた。
でも、嫌だ、認めたくない。
だってサクラちゃんはあんなにかわいくて、素直で、笑顔が明るくて素敵で。
そんな想像をするだけで、汚してしまったような罪悪感を覚える。
これって俺だけか? なんで二人はそう普通に話していられるんだ。
「案外、隊長が手玉に取られてるんならおもしろいな」
「それはいい酒の肴になるね」
ニヤリ、と笑ったシアンに、シャルトルも悪ぶった笑みを見せた。
こういうところは二人とも気が合うよな。
なんだか俺は一人取り残された気分だ。
「……ん? どした、コーリー」
黙り込んだ俺に、シアンが声をかけてくる。
俺はそれに、どんな顔をしたらいいかわからなかった。
「や……夢が壊れた気分」
呆然としながら、俺はそうぼそぼそとこぼした。
サクラちゃんの笑顔を思い浮かべてみる。いつも元気をもらえるその笑顔が、今は遠く感じる。
たぶん、まだ成人してないよな、サクラちゃん。
それでもう、男を知っているのか。
俺だって潔癖なわけじゃないし、軽蔑したりはしないけど。
確実に見る目は変わってしまった。
「女に夢を見るもんじゃないよ」
やれやれ、というようにシャルトルはため息をついた。
女にモテて、女を見る目が養われているシャルトルには、俺の気持ちなんてわからないんだろう。
サクラちゃん、心の清涼剤だったのに……。
知りたくなかったことを教えられて、シャルトルを恨んでしまいそうだ。
「お前が言うと実感こもってそうで嫌だな」
くくっ、とシアンは笑い声をもらす。
なんでそんな楽しそうなんだ、シアンは。俺は笑ってなんていられないのに。
ちょっといいなぁと思っていた女の子の、意外な事実を知ってしまって、俺はショックを受けていた。
別に、恋とかそういうのじゃなかったし。
大丈夫、ダメージは小さい。
そう思いたかったけれど、しばらくはサクラちゃんの笑顔を見ても、素直に笑い返せなさそうな自分がいた。
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