うさぎのムーさんのよさを語ってみました

 この世界には紙が普通に普及していて。

 だからこんなことだってできちゃうわけで。

 私はとあるものを描いた紙を手に、隊長さんの部屋を訪れた。


「見てください隊長さん! うさぎのムーさんです! 似てませんか?」


 ぺらり、と隊長さんの眼前に突きつける。

 そこに描かれているのは、言ったとおり、私の大好きなうさぎのムーさんだ。

 覚えてるかなぁ、バスタオルに描いてあったキャラクター。

 鈍い緑色で、むっすりとした顔の、キュートなうさぎさんです。

 手習いの息抜きに始めた落書きだけど、いつのまにか本気になっちゃったんだよね。


「……似ているな」


 隊長さんはなぜか眉間にしわを作って、そう言った。

 なんですか、仏頂面対決ですか。

 まあ認めてもらえたからそれでいいや。細かいことは気にしません。


「えへへ、私けっこうこういうキャラクターものまねて描くの、得意なんですよ~」


 私は紙を机の上に置いて、自分で描いたうさぎのムーさんを改めて見た。

 本物そのままのような仏頂面。短い手。ぶっとい二本足。先っぽがつぶれたみたいに四角くなっているちょっと変わった形の長い耳。

 さすがに色は再現できなかったけど、本当にそっくりに描けたと思う。

 えへへ、自画自賛。でも隊長さんも似ているって言ってくれたもんね!

 かわいく描けて満足満足♪


「なんでこのうさぎはこんなに不機嫌そうなんだ」


 そう言う隊長さんのほうこそ不機嫌そうだ。

 なんだろう、同じ仏頂面仲間のムーさんに、何かシンパシーでも感じるんだろうか。


「えーっと、たしか設定がありましたよ。なんででしたっけ……」


 キャラクターを作った会社の公式サイトで読んだ、うさぎのムーさんの設定をがんばって思い出そうとする。

 うさぎのムーさんはそんなに新しくはないキャラだ。わたしよりは若いけど。

 だから、公式サイトを見たのもけっこう前のことで、すぐには記憶を引っ張り出せない。

 おおムーさん、うさぎのムーさん、どうしてあなたはムーさんなの?

 頭の中で寸劇を繰り広げていると、ピコン、とひらめくものがあった。


「あ、思い出した! うさぎのムーさんはニンジンが好きなんですけど、飼い主が草しか食べさせてくれないんです。だから無言で訴えかけているんです」


 そうそう、ムーさんは生まれたときから飼い主のMr.スマイルと一緒。

 Mr.スマイルはムーさんとは正反対のいつもにこにこしている好青年だ。

 基本的にはすごくいい飼い主なんだけど、欠点はすごく鈍いこと。

 だからムーさんがニンジンが好きなことも、草とか葉っぱ系に飽きていることにも気づかない。

 ムーさんは話せないから、こうして表情で伝えることしかできないんだ。

 うう……切ないっ!


「飼い主がいたのか」

「そりゃあいますよ。ムーさんは飼い主のこと下僕だと思ってるけど」


 ムーさんはMr.スマイルのことを飼い主とは認めていない。認めていないどころか、そんなこと考えもしていない。

 自分のほうが偉くて、Mr.スマイルは自分の世話をしてくれる下僕だと認識している。

 あれ、下僕じゃなくて従僕だったかな。どっちも似たようなものだよね。


「かわいくないうさぎだな」

「え、かわいいじゃないですか! この眉間のしわとか! ムスッとした口とか! 若干死んでる目とか! 何よりこの微妙な緑色とか!」


 隊長さんの心ない一言に、私は猛烈な勢いで反論した。

 うさぎのムーさんが、かわいくないだと!?

 誰だそんなことを言うのは! 隊長さんだ! なるほど、ならば全力でムーさんのかわいさをお教えしなければ!


「足のぶっとさとかもゾウみたいでかわいいと思うんです。あとはこのもこもこ尻尾! これは卑怯なかわいさですよ! 表情とのギャップがたまりません!」


 私は必死になってムーさんのかわいさを語る。

 なんでこんなに必死なんだろうって不思議なくらい。

 人間誰だって、たまに変な方向に全力を出しちゃうことってあるよね。


「理解できない」


 なのに隊長さんはきっぱりとそう言った。

 かわいくない、という発言を取り消すつもりはないようだ。


「ええー、隊長さんおかしいですよ。うさぎのムーさんのかわいさがわからないなんて。もったいないです。人生損してます」

「そこまで言うか」


 あ、眉間のしわが増えた。

 ムーさんと不機嫌度を張り合っているんでしょうか。

 だってだって、うさぎのムーさんはかわいいよ。誰がなんと言おうとかわいいよ。かわいいは正義だよ。つまりムーさんは正義!

 ……おっとっと、変な方向に頭が行ってしまった。軌道修正。

 つまりですね、やっぱりうさぎのムーさんはかわいいということで一つ。


「最近は特に愛くるしく思えてきました。この仏頂面、ちょっと隊長さんに似てますよね!」


 私が笑顔で言うと、隊長さんは机の上のムーさんに視線を落とした。

 しばし睨み合い。両者一歩も譲らず、場は膠着状態だ。

 おおっと、隊長さんの眉間のしわがさらに深くなった! 眼力でムーさんを圧倒している!

 だがしかし、ムーさんは無反応! 無関心! ただじっと死んだ魚のような目で隊長さんを見つめている!

 勝利をつかむのは果たしてどっちだ!

 ……実況、飽きました。


「似ているか?」


 隊長さんはムーさんとの睨み合いをやめ、顔を上げた。

 尋ねられて、私はうーんと首をかしげる。


「雰囲気とか、なんとなくですけど。だから隊長さんのこと怖くないのかもしれません」


 隊長さんの仏頂面を怖いって思ったことって、ほとんどない。

 怖い顔をしているのはわかるんだけど、それは客観的なものであって、私自身が怖いと感じているわけじゃないというか。

 仏頂面がデフォルトなんだな、ってわかってからはさらにそうだ。

 隊長さんが本気で怒ったら、私も怖いって思うのかもしれないけど。

 今のところ、そんな機会は訪れていない。


 むしろ最近は、仏頂面の種類がだんだんとわかってきたよ!

 困っているときの仏頂面、呆れているときの仏頂面、不機嫌なときの仏頂面、疲れているときの仏頂面。

 どれも、少しずつ違うんだよね。

 ふふふふ、そろそろ私は隊長さんの仏頂面を極められてきているのかもしれない。


「なら俺は、そのうさぎに感謝しなければいけないんだろうか」

「感謝しちゃってください! 私の仏頂面耐性を作ったのはきっとムーさんですから」


 苦々しそうな声を出す隊長さんに、私はにっこりと笑いかけた。

 何しろ私、ムーさんのファン歴長いからね。小学生のときから、もう十年以上だからね。

 家にはぬいぐるみも何体かあったし、ストラップとかメモ帳とかシールとか、グッズだってそれなりに集めていた。

 うさぎのムーさんバスタオルは、ムーさんショップでしか売っていない限定品で、お気に入りの一つだったんだよね。

 この世界に一緒に来ることができてよかったなぁ。


「……複雑だ」


 はぁぁ、と深いため息と一緒に、隊長さんはそうつぶやいた。

 困惑と呆れと不機嫌と疲れと、全部混じったような仏頂面だった。



 その仏頂面ならムーさんにも負けませんね!

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