しあわせの色

 精霊の客人であり、俺の恋人でもあるサクラは、少々……いや、かなり変わっていた。

 それは異世界人だからという理由だけではないだろう。

 サクラ自身が普通とは違う感性を持っていて、普通はしないような行動を起こす。

 彼女の破天荒さに俺はいつも振り回されてばかりだ。

 とはいえ、サクラが普通の女性だったなら、これほどまでに愛しく思うこともなかったのだろうけれど。




「しあわせってどんな色をしていると思いますか?」


 その突拍子もない質問に、また来たか、と俺は内心で思った。

 サクラがいきなり変なことを言い出すのはいつものことだ。いい加減に慣れてしまった。

 慣れたのは奇行を起こすことそれ自体であって、その内容には毎回困らされているというのが悲しい現実だったりもする。


「しあわせに色などないだろう」


 適当に話を合わせることのできない俺は、現実的なことを言うしかなかった。

 これがたとえば、ミルトだったらこの不可思議な話題にも対応できるのかもしれないが。

 そうできるほどの話術も、発想力も、俺にはない。


「もしもの話ですよ。黄色とか、緑とか。なんとなくのイメージでいいんです」

「想像がつかない」


 めげずに話しかけてくるサクラに、俺はきっぱりと言う。

 しあわせという抽象的なものの色を考えるなんて、さらに抽象的すぎて訳がわからない。


「じゃあお手本を見せますね。私は淡いピンク色だと思います! ピンクっていえば春のイメージですし、春はいっぱいしあわせがありますからね! 出会いの季節ですし、お花がきれいですし、あたたかくて過ごしやすいですし、誕生日もありますし!」


 にこにこと楽しそうな笑みを浮かべながら、サクラはつらつらと語る。

 すでに今のサクラがしあわせそうだ。

 ただの季節の話だというのに、どうしてそんな満面の笑顔になれるのかがわからない。

 サクラらしい、とは思うけれど。


「誕生日はお前個人のものだろう」

「私にとってのしあわせのイメージだから、いいんです」


 ふふん、とサクラは胸を張った。

 どこに偉ぶる要素があったのだろうか。

 相変わらず意味不明なサクラに、俺は苦笑をこぼす。


「お前は春でなくてもいつもしあわせそうだがな」


 いつも笑顔で、いつも楽しそうで。

 まるでこの世に不幸など存在しないとばかりに、サクラはいつでも無駄に明るく元気だ。

 どこからそんな活力がわいてくるのか、不思議でしょうがない。

 サクラはエネルギーの固まりのような少女だ。

 そのエネルギーは、自分一人だけでなく、周りを巻き込む強引さをも持ち合わせている。

 嵐のような彼女は、持ち前の明るさと屈託のなさで、あっというまにこの砦になじんでしまった。

 いつも振り回されている俺が、それでもサクラに惚れ込んでしまっているように。

 彼女に好意を向ける者は多い。少し、おもしろくはないと思ってしまうほど。


「しあわせですよ! しあわせっていうのはどこにでも落ちてるものですから、しあわせになるのは簡単なんです。だから私はいつでもしあわせですよ」


 夢物語のような耳に優しいだけの言葉も、しあわせそうな笑顔で言われれば説得力がある。

 その笑顔を見ているだけで、心があたためられていくのを感じる。

 サクラはこうしていつもしあわせを無差別にばらまいているんだろう。

 一番近くにいる俺は、サクラの笑顔の効力を一番に実感している。


「うらやましいことだ」


 ふっと、自然と笑みがもれた。

 ほとんど笑うことなんてなかった俺が、サクラの前ではよく笑みを見せているような気がする。

 これもサクラの影響なんだろう。


「大丈夫です。私が隊長さんにもしあわせをおすそわけしてあげますから!」

「期待している」


 握りこぶしを作ってやる気満々なサクラに、俺はそう返す。

 すでに充分おすそわけをもらっている、とは、言わないでおいた。

 変にやる気をそぐ必要もないだろう。


「それで隊長さんは、しあわせは何色だと思いますか?」


 唐突に話が巻き戻った。どうやらまだその話題を続けるつもりらしい。

 仕方なく俺は腕を組んで深く考え込んだ。


 しあわせ。しあわせの色。

 そもそも俺にとってのしあわせとは何か。

 俺のしあわせ。俺をしあわせにしてくれるもの。しあわせを感じさせてくれる存在。

 ちらり、とサクラに目をやった。

 サクラは不思議そうに首をかしげた。


「……黒」


 悩んだわりには、あっさりとそう口にしていた。


「ええー!? なんでですか!? 黒って、全然しあわせそうじゃないですよ? むしろなんか不幸っぽいです。呪われてそうです」


 サクラは異議があるようで、すごい勢いで非難を並べ立てていく。

 呪われてそう、はさすがに言い過ぎだろう。

 お前の中での黒のイメージはなんでそんなにひどいんだ。


「俺のイメージなんだから別にいいだろう」

「理由を教えてください! 納得できません!」


 詰め寄ってくるサクラに、俺は軽く身を引いて視線をそらす。

 自分を見てみろ、と言ってやりたい。いや、言えるわけもないのだけれど。


「……なんとなく、だ」


 本当の理由を口にするのはどうにも照れくさくて、俺はそうごまかした。

 考えの足りないところのあるサクラは、言わなければきっと気づきはしないだろうが。

 それならそれでいい。自分はただ質問に答えただけだ。

 別に、口説こうと思って黒と答えたわけではないのだから。


 俺を容赦なくしあわせ漬けにしてくれる存在は、黒をまとっている。

 黒い髪、黒い瞳。夜の闇のような色は落ち着きがあるのに、彼女自身はその正反対で。

 黒い髪をなびかせながら、俺に近寄ってくる。

 黒い瞳をキラキラと輝かせながら、俺を好きだと言う。

 彼女の持つ黒は、静かで沈んだ闇色ではない。

 うるさいくらいに星が自己主張をする、にぎやかで明るい夜の闇だ。

 そのくせ、すべてを包み込んでくれるような安心感のある、あたたかな闇だ。

 にぎやかであたたかいその闇に、俺はいつもしあわせを与えられている。


「隊長さんは、黒が好きってことですか?」


 何も理解していないサクラは、そう尋ねてくる。

 そうだな。好きという言葉では足りないほどに、想っている。

 黒をまとうサクラを。


「……そういうことにしておく」


 けれど、素直に伝えることのできない俺は。

 そうやってまた、ごまかすことしかできなかった。

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