32:あからさまに避けられました

 目が覚めて。

 そこが隊長さんの寝室だってことにまず驚いて。

 すぐに昨夜の記憶がよみがえってきて……。

 私はベッドの上で、撃沈した。


 何やらかしてんの私!

 ちゅーしてとか言って、額へのキスじゃ物足りないって自分からキス。しかもディープ。

 しまいには、身体を離した隊長さんに「もう終わり?」とか聞いちゃうなんて。

 痴女だ、まぎれもなく痴女だ。

 情状酌量の余地なしってこういうことを言うんだね。


「私の大バカ……」


 私は枕につっぷして、恨めしげにつぶやく。

 ああもう、できることなら記憶ぶっ飛んでほしかったよ。

 でもね、わかってはいるんだ。

 たしかにお酒に酔ってもいたけど、それだけじゃないんだって。

 記憶が飛ぶほど飲んだわけじゃない。

 あれくらいで理性が全部なくなるほど、私はお酒に弱いわけじゃない。

 お酒の力を借りてちょっと積極的になっただけで、あれはちゃんと全部、自分の意思だったんだって。

 キスしたいって思ったのも、やめてほしくないって思ったのも。


 キスしたい相手のことを、一般的になんていうのか。

 知らないふりができるほど、私はカマトトにはなれない。


 ――好きな人、だ。


「私、隊長さんのことが好きなんだ」


 言葉にしてみると、それは簡単に納得できてしまうものだった。

 むしろ今までどうして気づかなかったのか、そっちのほうが謎なくらいだ。

 あんなに格好良くて、あんなに優しくて、あんなに私のために色々してくれる人を、好きになるなっていうほうが無理な話だよ。


 期待しないようにしようって、決めていたはずなのに。

 隊長さんが優しすぎて、結局は好きになっちゃった。

 意志薄弱だなぁ、私。

 今はもう、同情だけじゃ嫌になっている。

 私のことを見てほしいって、そう思ってる。


 愛をささやいてほしいし、昨日みたいに触れてほしいし、もっとエッチなことだってしたい。

 でもそんなの、まだまだ早すぎるってわかっているから。

 嫌われていないといいな。面倒くさいって思われてないといいな。

 少しずつでも、好きになってもらえればいいな。

 そんな望みが胸に広がる。

 そのためには、どうすればいいのか。

 ……とりあえず、昨日のことは謝らないとね。


 と、思っていたんだけれども。

 その朝、仕事の準備に間に合うぎりぎりの時間までねばってみたものの、隊長さんは部屋に帰ってこなかった。

 たぶんそのまま執務室に行っちゃったんだろうね。

 もしかしたらそもそも、この部屋を出たあとに向かったのが執務室だったのかも。

 仕事をお休みするわけにはいかないし、こうなったらお昼休憩まで隊長さんも戻ってこないだろうし。

 謝るのに時間を置くのはよくないって言うけど、しょうがない。

 今日中に謝れるようにがんばろう、と私は部屋をあとにした。



  * * * *



 朝帰りも二度目となると、エルミアさんもハニーナちゃんもまたかという顔をしたくらいで、何も言ってこなかった。

 生あたたかい視線を向けられて、むしろ何か言ってくれたほうがマシだった気もするけど。

 私も特に説明することなく、何事もなかったかのように仕事をして、その日は過ぎた。


 ……そう、過ぎちゃったんですよ。

 謝れなかったんですよ、隊長さんに!

 お昼休憩に部屋に行ってもいない。夜に部屋に行っても応答はないし、鍵がかかってる。加えてなぜか、廊下でもまったくすれ違わない。

 そんな調子であっというまに三日が過ぎてしまった。


 さすがにね、ここまで来ると何かおかしいなって気づくよ。

 避けられているのかな、とか。

 そんなにあのときのことが嫌だったのかな、とか考えちゃうよ。

 好かれている自信なんて元々ないし、あんなことがあったから嫌われちゃったかも、と思っていたし。

 やっぱり、好きになってもらうなんて無謀だったかなって。


 もう顔も合わせたくないくらい、私のことが嫌いになっちゃったのかな。

 食べ物の好き嫌いがなくても、人の好き嫌いは隊長さんにだってあるだろうし。

 嫌なものは嫌でしょうがないとはわかっているんだけど。

 でもさ、私、昨日のことはしっかりと全部覚えているから知ってるよ。

 最初は私からキスしたけど、途中から隊長さんだってけっこうノリノリだったじゃないか!

 男の人は好きじゃない女の人とも寝れるのかもしれないけど。

 少なくとも、嫌いな人とはキスなんてしたくないと思うんだよね。

 どうかな、この推理!


 なんて考えてみても、意味はないのかもしれない。

 ただ、嫌われていない可能性を考えたいだけなのかもしれない。

 隊長さんの気持ちは隊長さんにしかわからないものだもん。

 それでも、私はあきらめるつもりはない。

 こんなところで隊長さんとの関係を終わらせたくないから。

 まずは、謝るところからスタートしたいのです。




「次は西棟の二階でしたっけ」

「はい。西棟、広いから大変ですよね」


 今は仕事の移動中。

 ハニーナちゃんと一緒に渡り廊下を歩いている。

 掃除する場所はたくさんあるから、さかさか移動してさかさか掃除しちゃわないと。


 西棟は主に軍人さんたちの仕事場だ。

 部屋もたくさんあるし、仕事している時間帯は人もたくさんいるし。

 邪魔にならないように掃除するのが大変な場所でもある。

 だから、人が部屋の中から出てくることの少ない、休憩時間から離れた時間に掃除する。

 配慮は大切だよね、何事にも。

 私に足りないものかもしれないね。


 鍛錬場の見える渡り廊下から西棟に入って、ふと廊下の隅まで目を向けると。

 そこには誰かと話をしている隊長さんがいた。

 わぁ、何日かぶりの隊長さんだ!


「あ、隊長さ……」


 最後まで呼ぶことはできなかった。

 だって、こっちをちらりと見た隊長さんが、即座に踵を返したから。


 え? 何、今の。

 絶対、私のことに気づいたよね?

 一緒に話していた人も驚いているみたいだ。お話、途中だったんじゃないの?

 あからさますぎて、隊長さんらしくなかったけど。

 ……私、完璧に、避けられてるんだね。


「どうしたの、サクラさん?」


 ハニーナちゃんの声に私ははっとする。

 そうだ、今はお仕事中。

 隊長さんを追いかけることはできない。

 どっちにしろ隊長さんがいたところまではだいぶ距離があったから、追いかけたところで捕まえられないだろうし。


「ううん、なんでもないです」


 私はそう答えて、少し先に行っていたハニーナちゃんを追いかけた。

 一度だけ振り返って、さっきまで隊長さんのいたところを見る。

 隊長さんと話していた人も、隊長さんを追いかけたのかただ移動したのか、今はそこにはいなかった。



 ……なんだか、すごくショック受けてるみたいだ、私。

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