26:二人の意見を聞いてみました

「ああ、マラカイル小隊長ね。何あんた、知らなかったの?」


 午後はエルミアさんと二人で掃除をすることになったので、詳細をぼかしてついさっき見たことを話してみたら、この反応。

 ちなみに今は十分休憩。休みなく身体を動かしているよりも、たまに短い休憩を取ったほうが効率がいいんだって。


「知りませんでした。偶然見ちゃってビックリでしたよ」


 あの小隊長さんに本命がいたなんて、という驚きは大きかった。

 エルミアさんの反応から察するに、ハニーナちゃんと小隊長さんのことはこの砦では有名なことなのかな。


「目ぇつけられてるのよね、あの子。けっこう前から」


 エルミアさんはそう言って、一つため息をつく。


「でもまあ、狙われている分、守られてもいるのよね。だからマラカイル小隊長が悪い男だとか、ハニーナがかわいそうとか、一概には言えないわ」

「守られてるんですか?」


 え、何から?

 魔物から、というならそれは小隊長さんにかぎったことじゃないはず。


「隊長直属の小隊長だもの、ここでは隊長の次に偉いのよ。そんな人が目をつけてる子に、他の隊員がちょっかいかけられるわけないでしょ」

「ああ、そういう」


 つまりは小隊長さんに狙われることによって、他の男性に狙われる危険性がなくなっているのか。

 小隊長さんはそういう効果が出るとわかっていて、わざとオープンにしているんだろうな。

 あの小隊長さんだもんね。守る気がないなら放っておくよね。


「そもそもハニーナみたいな子が、守ってくれる人もなしにここで働いてけるわけがないじゃない」


 たしかにね。男性が苦手っていうのは職場的に致命的だと思う。

 もちろんむりやりにだとか、そういうのがまかり通っちゃうような場所ではないけれど、やっぱりこの砦は男性社会だ。

 エルミアさんみたいに気が強ければ、うまくあしらえるんだろうけど。

 ハニーナちゃん、男の人の前だとおどおどしちゃうもんね。


「そこ、密かな疑問だったんですよね。大丈夫なのかなって。なるほど、謎が解けました」


 よくここで働いていられるなぁ、と不思議に思っていたんだよね。

 私が心配するようなことでもないんだろうけど、年下だし、気になってはいた。

 でもまあそういうことなら、私が口出しするようなことじゃないか。


「どこまで本気なのかは知らないけど、他の男に取られたくないとは思ってるみたいね」

「小隊長さん、タヌキだからなぁ」


 特にあの笑顔はクセモノだよね。何考えているのか、全然わからないんだもん。

 そもそも私、そんなに敏いほうでもないし。

 私と小隊長さんじゃあ勝負にもならないだろう。

 本当、どこまで本気なんだか。


「あたしから言わせてもらえばあんたも充分タヌキだけどね」


 エルミアさんの言葉に、私は目をぱちくりとさせた。


「え、私すっごい正直じゃないですか」

「正直は正直なんだけどねぇ、逆にすごく読みにくい」

「そうかなぁ?」


 そんなつもりはないんだけども。

 小隊長さんと同レベルに扱われるのは、すごく複雑です。

 タヌキはタヌキでも、違う意味なんだろうけどね。



  * * * *



「っていうことなんですけど、隊長さんはどう思います?」


 一日経って、今度の話し相手は隊長さん。

 暇なときはいつでも来ていいと言われてから、毎日とまではいかないけどそれなりの頻度で遊びに来ているのです。

 隊長さんも邪険にはしないので、なおさらつけあがるというね。

 嫌なら嫌だって言ってもいいんですよ、隊長さん。


「ミルトのことなら問題はないだろう」

「信用してるんですね」


 特に考えるような様子もなく、隊長さんはそう言った。

 そんなに信用されているなんて、小隊長さん、ちょっとずるい。


「問題は起こすな、と伝えてある」

「あの小隊長さんがおとなしく聞きますかねぇ」

「ミルトは頭のいい男だ。自分の不都合になるようなことはしない」


 言われてみれば、それもそうかと思えてくる。

 知り合ってまだそんなに経っていない私でもわかるくらい、小隊長さんは切れ者だ。

 隊長さんと小隊長さんは付き合いが長いみたいだし、小隊長さんが何を思ってどう行動するのかもある程度はわかるのかもね。


「じゃあ、やっぱり本気なんですかね」


 頭のいい小隊長さんが、ハニーナちゃんを狙っているということを隠さない理由。

 それはハニーナちゃんを守るため。

 じゃあ、どうしてハニーナちゃんを守るのかというと。

 好きだから、大切だから、という理由しか思いつかない。


「知らん。知ろうとも思わない」


 隊長さんは興味なさげにきっぱりとそう言った。

 そりゃあまあ、隊長さんはそうだろうね。

 他人の恋愛事情に進んで首をつっこむタイプではないもんね。


「興味本位ってのもないわけじゃないんですけど、やっぱり友だちのことですし。本当に嫌がってるならやめてあげてほしいけど、守られてることを考えるとそう簡単にもいかないのかなぁ、みたいな」


 知り合ってまだ一週間くらいだけれど、ハニーナちゃんもエルミアさんも友だちみたいなものだと思っている。

 だから心配にもなるし、私にできることがあるならしてあげたいとも思う。

 まだこの世界のこともよく知らない私にできることなんて、ほとんどないんだろうけど。


「人の心配より自分の心配をしたらどうだ」

「私の心配ですか? 何を?」


 隊長さんの言葉に私は首をかしげる。

 私、心配したほうがいいようなことってあったっけ?


「……噂になっている」


 苦々しい表情で、隊長さんはそうとだけ言った。

 思い至ることがあった私は、ああ、と手を打った。


「愛人ってやつですか? 噂は噂ですし、そのおかげもあってかけっこう平和ですし、私は気にしてませんよ」


 どこから流れた噂なのかわからないけど、私が隊長さんの愛人だって噂があるんだよね。

 たぶん、隊長さんの部屋で一週間も過ごしていたってことが拡大解釈されたんだろう。

 エルミアさんとかハニーナちゃんは本気にしていないし、私も聞かれるたびに否定はしている。

 隊長さんの評判に関わることだと思っているからね。


 でも、私にとってはそれほど気にするようなことじゃない。

 ハニーナちゃんが小隊長さんに守られているように、私もその噂に守られているところがあるみたいだから。

 隊長さんのもの、というタグがついていれば、他の男の人に目をつけられることはない。

 からかわれたりってことはあるんだけどね、残念ながら。

 それでも貞操を狙われるよりはマシだし、おかげで異世界生活もまずまず順調だ。


「少しは気にしろ」

「そう言われましても。別に私は隊長さんの愛人になってもいいしなぁ」


 何しろ、好みドストライクだからね。

 今のところ好きな人とかいないし、愛人ってつまりは恋人候補みたいなものだと私は思っている。

 だから隊長さんが私を愛人にしてくれるっていうなら、一も二もなくうなずきますが。


「……俺はお前を、愛人にするつもりはない」

「知ってます。そもそも隊長さんは愛人を囲えるような要領のいい人じゃないですもんね」


 怖い顔をする隊長さんに、私は苦笑した。

 隊長さんの真面目さは、よーくわかっておりますよ。

 愛人なんて、隊長さんに一番似合わない言葉だ。

 隊長さんなら好きな相手はきちんと恋人にするだろうし、好きじゃない相手なら名前のつくような関係を結ぼうとはしないだろう。

 あの夜のことは、一夜の過ちというか事故というか、だったわけで。

 不器用な隊長さんは、愛人なんて一生作れそうにない。


「わかっているなら、言葉を選んでくれ」


 片手で顔をおおって、大げさなくらいにため息をつかれた。

 呆れている、のかな?

 むしろなんだか疲労させちゃってる?


「えーと、すみませんでした」


 よくはわからないけど、とりあえず私が悪いみたいなので謝ってみる。

 私が理解していないことがわかったのか、隊長さんはまた小さくため息をついた。



 一応、悪いとは思っているんですよ?

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