第2章 七瀬 花
「七瀬 花」1
「――ホテル?」
わざとらしく、一呼吸おいて問い掛けてみた。それに対し彼女はズバッと一言。
「行きたくないの?」
「や、男ですから、行きたくないわけじゃ」
「じゃあいいじゃない。君、男の子だから損はないでしょ?」
そう言うと、俺の手を引いて歩き出す。
やっべぇ、超話し分かる女じゃんラッキー!シラフでこれならもう女神だな。
まぁでも、酔った勢いってのも考えられる。
翌日になって、こんなつもりじゃなかったとか泣かれたら面倒だな。
まぁいいや、そっちから誘ってきたんだし、俺悪くなくね?
あまりにも事がスムーズに進んだせいで、色々な考えが頭の中を駆け巡る。
気付けば通りすがったラブホテルに入っていた。
フロント前にあるでかいボードに、部屋の写真と空室状況が出されている。
彼女はそれをじっと見てから、俺に目を移した。
「君、どの部屋がいい?」
「何処でもいいよ」
「はあ?男のくせに決断力もないわけ?自分で決めなよ!」
急に怒り出してビビッた。だけど女が感情的になるのなんて見慣れてる。
ヤレればどっちでもいい。だから動揺一つ見せずに、適当に部屋を選んだ。
突っ込みどころのないシンプルな部屋を選んだつもりだ。
だけど彼女は、その横にある変に洒落た部屋を指差す。
「え、何でその部屋?こっちのがお洒落じゃん!」
ラブホの部屋選びでまさかの駄目出し。これだから酔っ払いは勘弁だ。
「おまえが決めろっつったんだろ?」
「おまえ?君いくつ?」
「23だけど」
「あたし26。おまえって呼ぶのはあたしの方だよ!」
正直年下かと思っていたので驚いた。
肌が綺麗で華奢な体がそう思わせたのかもしれない。
彼女は仁王立ちで俺を見上げながらほくそ笑む。物凄く勝ち誇ったような顔だ。
何なんだ――。
ちょっと年上なだけで威張るなよ。
はぁっと小さくため息を吐いて、わざと呆れたような声を出してやった。
「どちらにせよ、もう部屋選ぶボタン押しちゃったし――。」
話し切る前に彼女は突然、方向転換をして小走りでカウンターへ向かい出す。
無人のカウンター前には、御用がある方はこのベルを鳴らしてくださいという札が立っていた。だが彼女はそれを見ていないのか、カウンターに上半身を乗り上げ大声を出し始めた。
「すみませーん、すーみーまーせーん!!」
「おい、何やってんだよ」
慌ててカウンターから降ろそうとしたが、じたばたと抵抗してくる。
酔っ払った女で、こんなに手こずる奴は初めてだ。
それにしてもイメージと違う。もっと落ち着いててミステリアスな女かと思った。
酒のせいだと思いたい。
暫くしてから従業員が出てきた。
皆こそこそ入って行くもんなのに、こんな所で呼ばれる事は珍しいだろう。
その従業員は、怪訝な表情を作って言った。
「何か?」
そりゃそうだろうよ。こんな所でそんなに騒いで、一体何か?って感じだよな。
マジで恥ずかしい。思わず背を向けて顔を隠すも、彼女が腕を引っ張ってくる。
「この人が変な部屋間を選んじゃったの。こっちの部屋に変えてくれない?」
フロントがシーンと静まり返る。
俺は従業員の気持ちが痛いほど分かるよ。
“そんなこと位で騒ぐなよ酔っ払い”絶対そう思ってるに違いない。
それから彼女は一歩も譲らず、従業員は怪訝な顔付きのまま部屋を変更してくれた。後で絶対に従業員同士の話のネタにされる。
エレベーターに乗り込んだ時、少しずつ後悔という感情が生まれそうになっているのに気付いた。
「ったくよ、最初から自分で決めりゃいいだろ?」
「センスを試したの」
「こんな所でセンスも何もないだろ」
「君さ、服はきめてると思ったけどダサいんだね」
普通にカチンときた。
ラブホのセンスが良いって一体なんだ。ここはヤルだけの場所じゃねーか。
「ダサイっておま」
「さぁ、着いた着いた。行くよ」
「――うぜぇ」
「何か言った??」
鋭い目で振り返った彼女に向かって首を横に振った。
シラフでこの性格だったら最悪だ。
こんな風に振り回してくる女は初めてで、どう対応していいか分からない。
非常に厄介だ。
ヤッたらさっさと逃げるしかないな。次に会う事はない。
密かにそんな事を思いながら部屋に入る。
すると彼女が突然、シフォンのトップスを脱ぎ捨てた。
薄手のキャミソール一枚と、ショートパンツだけの姿になる。
「あっつい―― ん?何見てんの?」
そりゃ見るだろと思いつつ「いや別に」と答えた。
正直さっきのムカつきも忘れ、その姿にムラッとし始めている。
さすが俺は男だ。もうさっさとヤルしかないなと考え、後ろから彼女を抱き締めた。華奢な体を両手で包み込むと、香水なのか良い香りがしてくる。
ますますムラッとしてきた。
やる気満々になったその時――。
ドカッ!っと腹にエルボーを喰らった。不意打ちだったので普通に痛い。
「なに?あたしお腹空いたから、何か食べたいんだけど」
「――だからって、んな思いっきり」
腹を押さえながら、ふらっと側にあるソファーに腰掛けた。
彼女は痛がる俺なんか構わずに、メニューを広げ出す。
そして表情を晴れやかにし、手招きをしてきた。
「あ、ねぇねぇ見て!これ超美味しそうじゃない?やば、ポテトも食べたい。あっ、でもこの唐揚げも食べたいな」
「こういう所の料理って大抵まず」
「色々頼んで一緒に食べようよ」
彼女は満面の笑みを見せる。
初めて見せた純粋な笑顔に、不覚にもすげぇ可愛いと見とれてしまった。
そんな事もあり注文を任していたら、予想よりも料理が山ほど届き、驚きと同時にひいた。
フライドポテト、唐揚げ、軟骨揚げ、パスタ、オムライス、ラーメンまである。
この女バカなのか?と呆気に取られてしまう。
彼女は手当たり次第口に運び、とても満足気な顔をしていた。
「あのさ、これ全部食えんの?」
そう聞くと、子供のような無邪気な笑顔を見せる。
「だから一緒に食べようってば!早くしないと食べちゃうからね」
にこにこ笑うその表情が可愛くて、何でも許してしまいたくなる。
美人なのに笑うと可愛いとか、ずりぃな。とりあえず急いで食おう、そしたらヤレる。
大人しくフォークを手に取り、彼女の真似でもするみたいに手当たり次第食べた。皿を開けることだけを考え黙々と食べていると、彼女がフォークを口に銜えたままじっと見つめてくる。
「ねぇ君、大学生?」
「そうだけど」
そういえばお互いのことよく知らないな。ま、そんなことしょっちゅうだけど。
興味ないし、次に会えるかなんて考えてないから、知りたいと思ったことがない。
「23って言ってたね。ってことは、4年生だ。就活?」
「そういう話、萎えるから止めてくんね?」
そう言うと、手を叩いて笑い出した。
「萎えたら?もっと萎えさせてあげるよ」
ハッとする。こいつまさか、やらせない為にさっきから変人を演じてるのか?
酔っ払いに見せたり、ミステリアスに見せたり、ヒステリーな女に見せたり――。
そう考え、彼女をじっと見つめながら固まる。
でも何のために?詐欺?や、金ねぇ大学生狙っても仕方ねーだろ。
それに、やっぱりあれは演技ではない気がする。
手馴れた様子でパスタをくるくる巻き、どんどんそれを口に詰め込む彼女。
飲み込んでないんじゃ?と思うほどの早さ。大食いで早食いのくせに、見る所体が細い。彼女は噛み切れていないパスタを口に残したまま、もごもごした口調で言った。
「やりたい仕事とかないわけ?」
「俺、将来とかどうでもいいんで」
まじで萎えるから止めろ。そんな想いからため息混じりに言い放った。
するとぴたっと食べる手を止め、悲しげな表情で見つめてくる。
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