第3話

 他のおかずを考えていると、背中から話しかけられた。


 「今日も、桐瀬先輩と組むの? ユウトは」

 「そうなるだろうな」

 「それは・・・大変だねえ」


 とりあえず冷蔵庫を開く。冷気を感じながら中を見渡す。隊員が各々勝手に買い出しや消費をするので、毎回調理前に材料を確認しておく必要がある。


 「あの人は怖いけど、きっとユウトを見捨てたりはしないから安心して良いと思うよ。強いから、守ってくれるはずだし。それに美人だし」


 新友はその素敵な先輩の姿を思い出そうとして、何故か彼女から受けた暴行の数々のフラッシュバックを見た。一ヶ月の間に、二年分の傷を負った気がする。

 そのくせ、仕事になると新人の自分を完璧に援護する。


 「いっそのこと見放してくれればいいのに、と俺は思うけど」

 背後で笑い声があがる。無邪気な笑い声。

 「きっと気に入ってるんだよ、ユウトを。ほら、ユウトをここに入隊させたのも・・・」

 はっ、と詩が息を飲む、音が聞こえた。少しだけ空気が凍り付いた気がする。


 触れてはいけないところだと、思われているのだろうか。そんな対応されると、かえってこっちが気まずいのだが。


 新友は冷蔵庫から卵を取り出し、扉を閉めた。

 「気にしなくていいって。俺がここに来た時のことなんて」

 「でも、ユウトの友達が・・・」

 「あの人と毎日顔を合わせてるんだ。流石にもう慣れた。それに、薫のために今日だって働いてるわけだし」


 卵を四つ割り、熱してあるフライパンに落とす。じゅうう、と心地よい音が鳴る。食材が調理される音に幸せを感じる辺り、人間はまだ獣なのかもしれないと考えてみる。それもまた良いか、と。


 「ねえ、ユウト」

 しばらく黙り込んでいた詩が、再び口を開いた。

 「ユウトがここにいる理由って、その薫って子のためなんだよね?」

 「そうだな」

 「じゃあ、ユウトにとってあの子は、それほど大切だったってことなんだ」


 新友はその言葉に少し頭を悩ませた。二つの答えが同時に浮かんでくる。

 一つは、その通りだ。彼女は俺のかけがえのない存在だった。という答え。

 もう一つは、そんなものではないという答え。


 彼女は俺なんかのための存在ではない、と。



 目玉焼きの匂いが、鼻に入ってきた。

 新友は馬鹿馬鹿しいような思考をそこで中断して、盛りつけに取りかかることにした。

 目玉焼きを黄身が二つずつになるようヘラで切り分け、それぞれを皿に乗せる。味噌汁を椀に注いでいると、詩が背中の後ろで炊飯器を開ける。白米だけは全員分まとめて炊いてある。それをよそってくれるらしい。


 白いテーブルクロスの上に食器を並べ終え、互いに向かい合う形で座る。

 「あ、いただきますしないと」

 先に手を着けようとした新友が、詩に叱られた。

 まったく悪い気がしないのは、たぶん日頃の扱いが酷すぎるからだろう。


 「いただきます」

 「いただきます!」


 目の前で少女が笑う。こんな食事は何ヶ月ぶりだろう。そんなことを思ってしまう。両親が共働きだった新友は、独りで食事することが多かった。二人とも自分にはそれ相応に優しく接してくれたので恨んではいないが、やはり誰かと向かい合って食事をするのは珍しかった。まあ、そんな友達が少ないのも一つの原因なのだが。


 目玉焼きは、ぼーっとし過ぎたせいか上手い具合には半熟になっていなかった。固い黄身を頑張って箸でつついていく。

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