第二十話 騎士と魔女の密談

 遅めのランチタイムをご機嫌な様子で過ごしたエルは、最後にご馳走さま、と丁寧に言った。セルティアはそれに胸を撫で下ろし、笑みをこぼす。

 時間が惜しいので後片付けは双子に任せることにする。普段からセルティアの手伝いをしている双子は準備も後片付けもお手のものだ。なのでセルティアは食事とは別にティーセットを用意し二人分、カップにお茶を注いだ。フルーツの香を楽しみながら一口含み、セルティアは早速本題に入ることにする。


「昨夜のこと、あなたはどう思った?」

「裏になにかある、ということかな」


 男が操られているのなら間違いなく背後に誰かか、もしくは何かがあるのだろう。男の持つ剣も怪しい感じがしたが、ではその出所はどこなのか。それも含めて裏があるはずだ。

 そうね、とセルティアも意を唱えることなく頷く。


「あと、覗きはいい趣味とは言えないな」

「……気がついていたの?」


 驚きを見せながらも、心当たりがあるセルティアは少し気まずそうにする。

 昨夜、エルと男が対峙している様子を彼女は物陰からうかがっていた。気づかれないように気配を消していたつもりなのだが、エルにはお見通しだったようだ。


「……悪かったわ。不穏な気配を感じて探ってみたらあの場にあなたがいたのよ」


 元々セルティアなりに今回の事件は探るつもりでいた。街の巡回は騎士隊がすると知っていたが、明らかにおかしな気配を感じとり、出所を探る為こっそりと動いた。しかしたどり着いたら偶然にも交戦中だった為、その身を潜めていたのだ。

 成り行きを見守っていたつもりだったのだが、不覚にもそちらに気をとられ過ぎてしまい、不穏な気配の元を見つけることが出来なかった。


「あと、夜中に出歩くのもやめた方がいい」


 ついでに、と付け足された忠告にセルティアは不思議そうな顔をする。騎士として若い娘が物騒な時刻に出歩くことを心配するのはわかるが、彼女は二つ名を持つ魔女だ。普通の街娘ではない。


「わたしは夢幻の魔女よ?」


 本当にわからない、とそんな表情を見せられたエルはため息をついた。エルもそしてセルティアにも他意はない。考え方の違いだと単純にわかる。


「それでもティアが女の子には変わりないよ」


 エルがそう告げれば目の前のセルティアは元々大きな瞳をさらに少しだけ大きくした。


(この人は……)


 夢幻の魔女という二つ名を聞いても変わらないのだろうか。

 思ってもいなかった言葉に、少しだけ嬉しい気持ちをこそばゆく感じ、目を伏せた。


「あなたは、本当に騎士様なのね」

「それ以外になんだと思っていたんだ?」


 エルの呟きには答えずセルティアは柔らかく微笑んだ。見た目と中身にずれがあるかと思われていたが、エルの根本には騎士道があるようだ。

 騎士とは強さを求められ、誠実さを備え、誇りを持つ者。弱者を守り、手を差し伸べ、道を切り開く者。そして女性と子供の憧れの存在であり、あらなければならない。


「見直した、と言ったのよ」

(ありがとう、エル)


 変わらず訝しげに見てくるエルにセルティアは苦笑しながらそれだけ告げると本来の話へと切り替えた。感謝の言葉は口にしない。

 エルもそれ以上は何も言ってこなかった。


「裏で操っている存在について、心当たりはある?」

「ない……が、なんとなく予想はできる」


 一度言葉を区切ると、エルはセルティアを見る。何を考えているのか、セルティアもなんとなく予想できた。


「俺は、革命軍か救世派が関係してると考えている。ティアは?」

「奇遇ね。わたしも同意見だわ」


 『革命軍』も『救世派』も平たく言えば現国体制に不満を持った過激派たちの集まりである。


「可能性として高いのは革命軍より救世派ね」

「そうだな」


 『革命軍』は数年前に国から大規模の検挙に合い現在は影を潜めている。反対に『救世派』は数年前から活動を活発化させ、最近の大きな事件は専ら『救世派』が起こしていた。


「平気で一般人を魔術の被害に合わせているあたりが救世派らしいわ」


 同じ過激派でもこの二つの組織には大きな違いがあった。

 『革命軍』は一般人を仲間に引き入れ国に対抗する。一方で『救世派』は一般人を巻き込み国を乱す。どちらも厄介ではあるが、質が悪いのは『救世派』だ。国を乱す為なら国民は誰がどうなっても構わないという迷惑な信念を持っている。仲間意識もほとんどなく、単独行動が多いのも特徴だ。


「……あまり後手にはまわりたくないわね」


 死者こそ出ていないものの被害者は多数出ているのだ。一刻も早く解決したいところである。


「次は確実に捕まえる」


 思いは双方同じで、エルがそう断言すれば、セルティアは少し考える。きっと操られている方は捕らえてみせるのだろう。しかし問題はその背後。それを見つけないことには本当の解決とは言えない。


(あっちはわたしの方で探り続けるしかないわね)


 声に出したわけではないが、その思案顔からセルティアの考えを読み取ったエルは再びため息をついた。


「ティア、協力してくれるのならきちんと話し合うべきだと思う」

「……え?」

「影で動いてくれるのは助かるけど……それを知っているのと知らないのとでは違ってくるだろ?」


 そう諭されればセルティアは少し迷いながら小さく頷き、自嘲気味に笑う。


「そうね……」

(これはわたしの悪い癖ね……)


 夢幻の魔女は極力他者と関わらない、そうどこかで決めている。誰が決めたわけでもなく、セルティアが夢幻の魔女である限り、そうすべきだと自身で思い込んでいる。しかし何かあったとき、見て見ぬ振りもできない。矛盾していると理解しているだけに、いつの頃からか人知れず動くことに慣れてしまっていた。

 慣れが当たり前になってしまい、エルに指摘されるまで思い当たることもなかった。

 セルティアはそんな自分自身にため息をつきたくなるが、かろうじてそれは止めた。それと同時にある考えがよぎる。


「裏で操っている人物について探りを入れてみようかと考えていたのだけど……もっと手っ取り早く済ませる方法を思い付いたわ」

「……なに」


 エルが慎重に訊ねれば、セルティアは意味ありげに口端を吊り上げた。その意味にエルはまだ気づかない。


「協力、してくれるわよね?」

「……内容による」

「そんなに難しいことじゃないわ。とっても簡単なことよ」


 騎士道があると判明したエルはきっと良い顔をしないだろうが、そこはなんとか折れてもらおうとセルティアは一人決めてしまう。

 上手くやれる自信はあるのだ。


(これなら一石二鳥で手間が省けるわ)


 とりあえず、いつの間にか空になっていたカップに再びフルーツの香がするお茶を注ぐ。この香は気持ちを和ませる効果があるのだ。

 そして魔女は騎士に秘密の話を始めた。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る