第四十五話 蘇る花の大地

 遠くの空に浮かんでいた球体が弾け、光の雫が降り注いでから暫くすると、セルティアは箒に乗ったままゆっくりと、イグールはどこからともなく熱風と共に戻ってきた。


「二人とも、お帰り」


 二人の姿を目にしたエルは穏やかに声をかける。それに返事をしたセルティアとイグールは周囲を見渡した。

 そこは相変わらず枯れた大地に枯れた大樹があるだけだ。


「セルティアちゃーん! よかった~信じてたよー!」


 イグールをまるっきり無視し、セルティアに飛びつくリーファからは先ほど一瞬見えた姿が嘘のようで、エルとフローラは思わず顔を見合わせた。だが当人達は気にも留めていない。

 大地に降り立ったセルティアはそんな大げさな少女を適当に流すだけだ。それよりも周囲の気配を探るように、ぐるりと辺りを見渡す。これは先ほどから何度か繰り返してはいるが、特になにも異変はない。


(やっぱり何も感じられない……でも見た感じだと何も変わっていない、わよね?)


 急に何かが変わるはずはない、と結論付けてイグールの方に目を向ければ、彼は大樹をぼんやりと見上げている。もしかしたら先刻焼き払った魔物と比べているのかもしれないが、定かではない。


「ねえ、結局どうなったの?」


 気配からおおよその予測が出来ているエルやリーファと違い、フローラは状況を今一理解出来ておらず、その表情は不安げだ。


「大樹の魔物を見つけので、倒してきました」

「魔物?」

「はい。なぜ存在したかはちょっと分からないんですけど……今では魔の力はほとんど感じられません」


 微かに感じられるのは残留している魔の力のみで、これも時間とともに消えていくだろう。


「たぶん、魔物がいたからフローラ様の祈りが邪魔されてしまったのではないかと思います。力だけならとても大きかったので」


 纏う力だけなら大きかった。しかし魔物からは攻撃の意思は感じられず、抵抗も全くなかった。言うならばただだ。 それがどうにも腑に落ちない。


(戻ったら氷崩にでも聞いてみようかしら)


 果たしてあの魔導士がどこまで把握しているか不明だが、参考程度に話してみるのも悪くないだろう。


「貴女の話が本当なら、今、私が祈れば大地を元に戻せるのよね?」

「可能性はあるかと……でもこれだけ広いので完全に元に戻すことはできないと思います、よ?」


 花の乙女ならある程度は芽を咲かせることが出来るかもしれない。しかしこの大地、どこまで続いているのか分からないほど広大なのだ。大地全体となると無理があるだろう。乙女と言えど、人一人の力でどうにかなるようなものではない。


「それなら大丈夫よ!」

「え?」


 セルティアの危惧を他所に、フローラは笑顔のままエルの手をとり自信たっぷりと言った。


「私とエルの二人なら問題ないわ! 私たち相性いいもの!」

「そ、そういうものなんですか……?」


 一人増えたところで何か変わるものだろうか、と不安を隠せずにはいられない。繋がれた二人の手を見てセルティアは僅かに顔を顰める。


(そもそも相性って、なに……?!)


 言わんとしていることが分からないわけではない。魔術にだって相性があるのだから、聖術にだって相性があって当然だろう。セルティアは頭では分かっていても、内心突っ込まずにはいられず、だが口にするわけにもいかず、複雑な思いのままエルを一瞥する。

 目が合ったエルは両肩を上げて、一つため息をついた。


「……まあ、可能性はある、か。フローラ様は言いだしたら聞かないから」

「あら、よく分かっているじゃない。貴方のそういうところ好きよ」

「ありがとうございます、と言っておきます」

「素直じゃないわねー」


 上機嫌な乙女と空笑いをする騎士のやり取りを見て、やはりセルティアの胸中は晴れない。


(この二人の関係がよくわからないわ……婚約者?)


 自分には関係ないことだと割り切ろうとしても、割り切れずにいることに疲れを感じてセルティアはこっそりとため息をついた。


「えっと、とりあえず……大丈夫、なんですよね?」


 気を取り直して問いかければ、乙女と騎士は揃って首を縦に振るので、これ以上の言及は避けることにした。

 セルティアは敢て繋がれた手を見ないように目を逸らし、何もない大地へ目を向ける。


「……魔術師に出来ることはないので、あとはお任せします」


 どんなに考え抜いてもこれ以上のことを魔術師はできない。万一異変が起きたとき、守ることは出来ても、再生の手伝いは出来ないのだ。

 そっと二人から身を引いたセルティアに習い、イグールもリーファも少し距離を置く。

 これから起こることを見守る為に。


「――じゃあ、エル。私に協力してくださる?」

「――もちろん、喜んで」


 フローラは一度手を離し、再度を手を差し出せば、そこにエルの手が重ねられる。お互い目を合わせれば、柔らかく微笑む。


(王子様とお姫様、か……)


 手を取り合う二人の姿を見てリーファが言った言葉をふいに思い出す。セルティアは言葉通りだと再確認すると、絵になる姿に鼓動が跳ね上がり、自身の胸をそっと押さえた。


「――枯れた大地に聖なる力を」


 フローラの柔らかな声が聞こえる。手を取り合った二人はお互いにその瞳を閉じ、力を集中させていた。


「輝きを降り注げ、生命いのちを芽吹かせて、光に包まれることを、乙女は祈る」


 それは言葉にされた祈り。乙女から光が溢れだし、それに呼応するようにエルからも光が溢れ、力が溶け合う。

 同じ聖なる力でもお互いの相性が良ければより大きな力へと生まれ変わるのだ。

 二人の光は聖なる力を大きくさせ、徐々に膨れ上がる。大樹を、魔術師を、周囲を包み、やがて枯れた大地を包み込むように広がっていった。

 その眩しさに目を開けてはおれず、誰もが瞳を閉じる。閉ざされた視界の中で、肌で感じられるのは痛いぐらいの聖なる力。それがエルとフローラのものであることは明白だ。

 そして優しい風が吹いて、頬を撫でると、セルティアはゆっくりと瞼を持ち上げた。


(これは……)


 目の前に広がる景色に眩しさと驚きから目を細める。

 枯れた大地はその姿を一変させ、見違えるほど色鮮やかに彩られていた。

 鮮やかな花と緑が一面に広がっている。枯れた大樹も生気を宿し、その枝には緑の葉が大樹を包み込むように茂り、風が吹けば木の葉が揺れる。

 不自然にあった大きな穴は塞がり、平たい地から若葉が芽吹いていた。

 空気中には光の粒子が漂い続け、セルティアの瞳に映る景色に輝きを与え続ける。

 大樹と美しい花の大地に溶け込み、輝きに包まれている美しい乙女と騎士の二人の姿を瞳に焼き付けたセルティアは、唐突に理解してしまった。


(……住む世界が違う、わ)


 生きる世界が違うともいえるのではないだろうか。

 どうあってもセルティアは光の中に立つことは出来ない。夢幻の名を継いだときから、ずっとそう思っている。

 誰にも言えない心中に、黒き魔女は寂しげに微笑むしかなかった。


 光は優しく、祈りは輝く。

 そして、枯れた大地はあるべき姿を取り戻したのだった。


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