第三十一話 珍味な仲間
「本当に行っちゃうんですね……」
寂しそうな表情を見せるジェークにエルは困惑した。哀愁を漂わせその声は沈みきっている。
その様子を背後から伺っていたセルティアが苦笑しているとわかる。
「まるで今生の別れのようね」
そんな例えをすれば、同じように控えているハレイヤが無言で同意した。
街と街道の隣接地、ハレイヤとジェークは昨日突然旅に出ると言い出したエルを見送りに来ていた。
少し離れた所には既に一台の馬車が用意されていた。表面には騎士のシンボルである二つの剣が交差しているマークが描かれている。
旅に出ると言われたときには驚いたが、よくよく確認すると農業都市周辺の調査だと王国騎士団から指令が届いていた。
セルティアがこの場にいたことにも驚いたのだが、別件で農業都市に行く用事があるとのこと。途中まで同乗させてもらうそうだ。
「まあ、旅に出るなんて言うから驚きましたけど……騎士団からの指令なんて珍しいですね」
「いや、まあ、そうだな……」
王国騎士団が個人に指令を出すのは珍しい。お膝元の騎士ならいざ知らず、違う地区に配属されている騎士にわざわざ任じるとは、どんな理由があるのだろうか。
(気づいたらそういうことになっていた、とは言えないな……)
ハレイヤが疑問を抱くのも当然なので、エルは歯切れ悪く曖昧に答えるしかなかった。
大方あの手紙の主が手を回したに違いない。しかしそれを説明するには少しばかり難しい問題となるので、黙っていることにする。
「取り敢えずご無事で。早く花を見つけて帰って来て下さいね」
「花?」
そう締め括れば、反対にセルティアは首を傾げる。騎士隊長が花探しとなれば誰でもそんな反応するだろうと妙な納得をしてハレイヤは苦笑した。
「隊長は花を探しに行くんだって」
可笑しそうにジェークが教えると、ハレイヤはニヤリと笑ってからかうような眼差しを向けた。
「あの手紙には個人的なお願いがあったんじゃないかなあって思うのですが……そこのところ、どうなんですか?」
鋭い思考にエルは頬をひきつらせた。
言いにくそうにしているエルを見てハレイヤはそれ以上の追及を控える。誰にでも言いたくないことの一つや二つあるだろう、と今は思うことにする。
「帰ってきたら教えて下さいね」
「僕も聞きたいでーす!」
部下二人に爽やかな笑顔を見せつけられ、エルの心配事は一つ増えたのであった。
「ティアちゃんも気をつけてね。たまに双子ちゃんの様子、見に行くわ」
「お願いします、ハレイヤさん」
この場にはいない双子には館で挨拶をしてきた。いつ戻れるかわからないが、セルティアとしては出来るだけ早く帰るつもりだ。
これまでにも何度か数日館を空けることはあり、その度に双子は留守番をしてきたので慣れてはいる。それでもセルティアとしては幼子だけを残して行くのは毎度心苦しく、心配なのだ。
そんな話を先ほどハレイヤにすると、戻ってくるまで様子を見に行ってくれると申し出てくれたので言葉に甘えてお願いした。
「では、お帰りをお待ちしています。御武運を――」
綺麗に一礼するハレイヤとにこやかに手を振るジェークをその場に残し、エルとセルティアは馬車に乗り込んだ。
目指すは西の大地――
◇◆◇
「――で、どうしてあなたがここにいるのかしら?」
馬車に乗ってセルティアの第一声がそれだった。
エルと二人並んで座り、剣呑の眼差しを目の前に注ぐ。
向かい合う形で赤い髪の男、紅蓮の魔導士が退屈そうに座っていた。
「やっときたか。おせーな」
不満ありありと顔に表したイグールは文句を口にする。
いつの間に乗り込んでいたのだろうか。全く気づかなかった二人は不審に思いながらも、青い魔導士の姿がないことに気づいた。
「氷崩はどうしたの?」
「あいつはこねーよ。他に仕事があるんだとさ。人に押し付けといてどういうことだよ」
イグールはぶつぶつ文句を言うが、セルティアはここにはいない魔導士に苛立ちを覚えた。
(押し付けたわね……!)
端からそのつもりだったのだろう。考えてみれば一言も一緒にとは言われていない。
可笑しいとは思っていた。噂に振り回されるタイプではないし、多忙なことも承知している。それをわざわざセルティアの所まで訪れるのもおかしい。紅蓮に指令が下りているにも関わらずだ。
だが結局のところ、紅蓮の魔導士の手綱を握る人物を探していただけなのではないかと、この時になってセルティアは確信した。
不満だらけの魔導士と魔女を見て、エルはただ氷崩と呼ばれる魔導士に感心するのだった。
「まあいいわ。後で嫌味を二つ三つ言うとして、このメンバーでどうにかするしかないわね」
嫌みの一つは言うと決めていたが、それでは足りないのであと二つは言ってやろうと決意表明をする。
農業都市『プランタ』までは王都南地区からだと馬車で約一日半かかる。何事もなければ明日の夕刻に辿り着く予定だ。
「そう言えばなんで二人は箒で行かないんだ?」
「箒?」
「飛ぶだろ?」
素朴な疑問のつもりが、聞き返され、さらに疑問を呼ぶ。
エルの中で魔術師は箒に乗って飛べるという認識があった。実際、セルティアと出合った頃、彼女が箒に乗って去っていくのを目の当たりにしている。
二ヶ月前の記憶を呼び起こしたセルティアは微妙な顔をして頷いた。
「そうね、箒ね。あれは小回りがいいけど、長時間は不向きだわ。一日中飛び続けるなんて論外よ」
農業都市に向かうにしても本来なら直線距離で進める箒のほうが便利で、早く着くことが出来る。しかし一日かかることには違いなく、大気に直接身体をさらし続けて飛ぶというのは想像以上に疲労するのだ。
「つーか、今どき箒で移動する奴なんて奇特だよな」
「……悪かったわね」
イグールの言い分は最もで、昔ほど箒移動は盛んではない。理由は様々だが、要は時代の流れだ。魔術師でも機動力のある馬を乗りこなす者が増えてきたのである。
「でもエルだって単騎で向かった方が早くない?」
少なくてもこうやって馬車に揺られるよりかはずっと早くなるはずだ。まさか騎士隊長が馬に乗れないはずもないだろう。
しかし実際はのんびりとしたものである。
「まあ、理由は一つだな」
「……そうね」
それは箒を使わない魔女と、馬を乗りこなすことが出来る紅蓮の魔導士が敢えて馬車に身を任せているのときっと同じ理由だ。
「面倒だから」
三人の誰が言ったのか、もしくは皆が言ったのか、気がつけば同じ答えが出されていた。
全員が乗り気でないのだ。仕方なく、行動しているのだ。
自ら疲労する道を選ぶことはまだない。
しかし同時に、このメンバーの行く末を誰もが不安に思ったのは言うまでもない。
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