第24話
愛佳は画面を出し、スムーズな操作で『最強の機体を作る!』というメモを開いた。
パスワードもスムーズに入力して。
「なあ、何で俺のメモを倉朋が持っているの?」
「足長おじさんからもらったんだ」
「窃盗を働く足長おじさんはいねえよ」
「まあそれは置いといて、これを見てくれたまえ」
「このやろう……」
電志は悪態をつきながら画面を見た。
そこに映っていたのは。
「…………松ぼっくり」
それは小学校三年の時思い付いた機体だった。
【超重防御突撃機】
幼き日に思い描いた、夢の機体。
最初は見た目が松ぼっくりみたいだから、単純にメモには『松ぼっくり』と書いてあった。さすがにそれを正式名称にすると恥ずかしいので後で取り消し線にしたのだが。
外見が松ぼっくりなのには理由があった。
装甲を外出ししたのだ、ぶ厚い装甲を実現するために。
〈鱗片式追加装甲〉――一枚の鱗だと思えば良い。これを戦闘機に貼り付ける。被弾した際この鱗が身代わりとなり、機体の損傷を防ぐ。戦闘機に後から貼り付けることが出来るから追加装甲。
これを戦闘機に大量に貼り付けたものが、【超重防御突撃機】だ。
敵軍を突っ切り、拠点を破壊する。
そんな構想。
大量に鱗を貼り付けてけば立たせた戦闘機の姿が、図として描かれていた。
それを見て松ぼっくりだと、電志少年は思ったのだ。
「電志、これ凄くないかい? メモの端っこに『俺天才』って書いてあるのがイタ可愛い。特に『俺』の字を書こうとして一回失敗してぐしゃぐしゃってした後に平仮名で書いてあるところが最高だね! しかも【超重防御突撃機】の傍に取り消し線した文字があるけど、初代題名はこっちでしょ? 『公ぼっくり』。木へんが抜けてるよ電志、ボク萌えちゃうよ!」
「お前は俺の黒歴史を公表しに来たのかお見舞いに来たのかどっちだ?」
電志は恥ずかしさでわなわな震えながら問い掛けた。
愛佳は平然と返した。
「どっちもだよ」
「だろうな!」
「まあまあ電志、落ち着いて。まあまあまあまあ」
「なあ、『まあまあ』とか繰り返しの言葉ってただでさえ腹立つの分かるよな? 俺は今病人なんだよな?」
「この機体は見てすぐにコレだ! って思ったんだよ。これで行こうよ!」
盛大に無視された。都合が悪いことは無視されるらしい。
電志はふうむ、と唸った。不可能ではない気がする。でも、これは超硬質な装甲が必要だ。
〈鱗片式追加装甲〉が作れるかどうか。
「これをやるにしても、現状は大した〈鱗片式追加装甲〉は作れなくないか?」
「ボクを甘く見てもらっちゃあ困るね。さっきカイゼルに連絡を入れたよ。新素材は絶対どうにかするって約束してくれた」
「なっ……」
言葉に詰まった。そこまで考えていたとは。一人でも立派に仕事ができるじゃないか。感動した!
「電志、約束を覚えているかい?」
「何の?」
すると愛佳は指を立てた。
芝居がかった動作と口調で言う。
「『決めた、究極の機体を作ろう!』」
そこでああっと電志は分かった。そうだ、そんなことを言っていた。
以前シゼリオが帰還挨拶の時に『最近は少し進歩が落ち着いてきたみたいだから、内心ほっとしている』と言っていた。
そこで電志が言ったことを思い出す。
「『何とかシゼリオやナキを驚かしてやりたいな。進歩が落ち着いたなんて言っていられないくらい。きっと今の頭打ちじゃあいつら退屈している』って俺は言ったな」
「そう。その時は【設計とは何か】を考えるのが優先だった気もするけど、でも約束した」
「約束か」
「約束だよ」
「……じゃあしょうがないな」
「しょうがないね」
電志は思い出した。あの時はこう思った。バカっぽい。究極の機体だもんな。でもそのバカっぽいところがまた良くて。面白くて。次第に感化されていったんだった。
「でも、究極か」
「究極でしょ」
電志はぷっと噴き出した。何とノリの軽いやつだ。やろうとしていることの困難さが分かっているのか。
でも、そんなんだから乗せられてしまう。
あの時の再現とばかりに電志は演技した。
「『ずいぶん大きく出たな』」
「『電志とボクに、できないことがあるのかい?』」
愛佳も演技で応じた。
挑戦的な、それでいて不敵な愛佳の笑み。
あの時と同じだ。
二人の絆が過去と今を結ぶ。
二人だけの世界が広がっていく。
電志も同じ笑みで、返した。
「『どうせなら究極のやつだな。それこそガキの頃夢見たような、デタラメな機体をさ!』」
バカっぽい、バカっぽいけど。
目標なんてそれくらいで、良いじゃないか。
作ろう、夢の機体を!
翌日、電志は退院するとすぐに〈DDCF〉へ向かった。
「電志、もう大丈夫なのかい?」
心配そうに訊いてくる愛佳に親指を立ててみせる。
「寝てすっきりした」
本当はまだ本調子ではない。点滴と薬のおかげだ。でも顔には出さない。余計な心配はかけさせたくない。
「全く、しっかりしてくれないと困るよ? まあボクは一人でもしっかりやれたけどね?」
もうすっかり愛佳は元に戻っている。こんな軽口も、いつも通りだ。でもそんないつも通りが安心する。
「済まないな。あと六日しかないから頑張ろう」
すると電志は急に背後から抱きつかれた。
「心配しましたわ電志、もう復帰して大丈夫なの?」
これはエリシアの声だ。背中に思い切り柔らかな感触が当たっている。
「まあな。これから怒濤の追いこみ劇を始めようと思って」
「あまり無理しすぎちゃ駄目よ。愛佳が寂しい寂しいって泣いてたんだから」
「は?」
電志は間抜けな声を出してしまう。倉朋が泣いてた?
「なぬを言っているのかなあエリシアさん! ボクが寂しかったわけがないじゃあにゃか!」
愛佳がわたわたして口を挟むがうまく言えてない。どうしたのか。
「愛佳は電志の前では気丈に振る舞っているけど、中身はか弱い女の子なのよ? ちゃんと守ってあげないと駄目じゃない」
電志の肩に顎を載せるエリシアは悪戯っぽく笑った。
電志はむぅ、と考えた。愛佳の本当の姿を知っているかと言われると、電志は知らないと答えるしかない。愛佳の心の内側とか本音とか、そういったものにこれまで触れたか。そこまで深い付き合いか。どうだろう。中身はか弱いと言われると正直ピンとこない。するとまだ俺は、倉朋のことをよく分かっていないということなのか。
「ボクは気丈に振る舞ってたりしないっ……これが素だよ、ほらボクって裏表がないことで有名でさあ!」
「いつそんな有名になったの? あーあ、もう……まだはっきりさせてないの? だらしないなあ。ならいいわ、電志、今日はウチに泊まりに来なさいよ。私が看病してあげるから」
「なにを言い出すんだ」
電志は苦い顔になった。さすがに女の子の家にほいほい泊まりに行くほど下半身に正直に生きるつもりは無い。そんなのは焦る年齢になってからでいい。
「ほら電志もそう言っているじゃあないか。さあさあ離れたまえ、さあさあさあさあ!」
愛佳がふぬーとエリシアを引っ張る。
エリシアはふふんと満足そうな顔をした。
「あなたたち、勝ちなさい。絶対に」
電志も愛佳もニヤリと笑った。
「おう」「当たり前だよ」
エリシアの隣にいたシャバンは去り際に情報を教えてくれた。
【特別機】の設計をしているのはミリー班と電志班だけ。
他には声がかかっていないらしい。
一騎打ちだ。
シャバンはこうした情報にはそれなりに強いらしく、〈DDCF〉内で調査してくれたらしい。
情報をくれるとは、シャバンも悪い奴ではないのだろう。
電志と愛佳は互いに視線を合わせ、頷く。
「大変になるけど良いか?」
「愚問だよ」
「やるかー」
「おーっ」
そして、設計が始まった。
〈鱗片式追加装甲〉を愛佳が、電志は本体の方を受け持つ。
「電志、これって貫かれた場合どうするの?」
「複数枚の鱗で役目を果たせれば良しとしよう。DGの攻撃は重いからな。問題はカイゼルがどれだけの新素材を作れるかなんだが」
「カイゼルなら大丈夫だよ、絶対DGの攻撃も耐えられる新素材を作るって約束してくれた」
「それなら良いけど。でもカイゼルがよく約束に応じたな。あいつがタダで約束するとは思えないんだが」
「……ボクのスマイルにはそれだけの価値があったんだね」
「何か変な条件の約束じゃないだろうな?」
「電志、ボクは目的のためなら手段を選ばない人間なんだクフフ」
「逆にカイゼルがあぶねえっ! 一体何をしたんだ?」
「女の子の秘密を知ろうとしちゃあいけないよ」
「うわーマジ不安」
ふふんと微笑する愛佳を電志はジト目で睨んだ。
だがこれで〈鱗片式追加装甲〉については問題なさそうだ。
電志は【超重防御突撃機】本体の方を設計していく。
ベースとするのは既存の全翼機。
「〈鱗片式追加装甲〉って全翼機以外には使えないの?」
その愛佳の問いには電志は自信を持って答える。
「もちろん他の機体でも大丈夫」
「オプションアイテムって事だね」
「そうだな。〈鱗片式追加装甲〉だけ大量にストックしておいて、使う時になったら必要な分だけ取り出す。そうしたら使い勝手が良いだろ?」
二人はがむしゃらに設計に取り組んだ。
これ以上無いくらいの集中力で作業を進めていく。
電志は楽しいと思った。ワクワクした。できあがったら絶対皆が度肝を抜かす。全翼機もかなりのものだったけど、今回のは桁が違うぞ。
その日は手探りで色々試行錯誤しながら進めて終了。
翌日は愛佳の設計がかなり進んだようで、別の質問が飛んできた。
「〈鱗片式追加装甲〉ってどう貼り付けるの?」
「【アイギス】や戦艦などで使うアレだよ」
「あぁあれ? 壁に穴空いちゃった時埋めるやつ……充填剤!」
「その通り。あれを応用して固めてくっつける」
【アイギス】や戦艦等の宇宙で長期運用する物には必ず各部屋に消火器のような物が備え付けられている。
中身は充填剤で、何かしらの不幸で外壁に破損があった場合、応急処置として埋めるための物。
安心の日本製だ。
後で本格修理する際、分離反応剤で溶かす。
凄まじく強固だ。
「何だか現実味が出てきたね。期限内でできるかも?!」
愛佳も凄く楽しそうだ。設計士なら当然かもしれない。今まで見たことないような機体を設計するのだから、これで燃えないなら設計士じゃない。どれだけ困難であっても、これだけの高いモチベーションがあればきっと期限内に設計は完成するだろう。
愛佳の横顔を見て電志は嬉しくなり、さらに気合が入る。
そんな時、不意にさるぐつわを噛まされた。
「だ~れだ?」
「むぐうぅっ?!」
振り向いた先にはサングラスを通常の位置に掛けているミリー。
「何だ、分からないか?」
「ほれはんほくっ……!」
電志はじたばたしながら急いでさるぐつわを取り払い、床へ投げつけた。
「変装は完璧のようだ」
「これ反則でしょ?! 普通目を隠すでしょ?! グラサン掛けたってもろバレですよ!」
まさかだ~れだ、で口を塞がれるとは思わなかった。
しかしミリーは何事もなかったように話を始める。
「楽しそうだな?」
様子を見に来たようだ。
電志は余裕の笑顔で返してみせる。
「そりゃもう」
「それでこそだ」
ミリーも余裕である。まるでこうなるのを待っていたかのようだ。互いに全力をぶつけあってこその勝負だと言うように。どうやらこの先輩は好きになれそうだ。
「こっちはロボットじゃないけど、きっと凄いのができますよ」
「浪漫じゃなくて良いのか?」
ミリーの問い掛けに、電志はそういえば、と思った。自分達の機体は、パイロットの浪漫の実現ではない。
ここで初めて、微妙な差異を感じた。俺とミリー先輩の〈設計〉は違う。同じ〈パイロットのため〉なのに、違う。
浪漫というものに疑問を持った。設計は、浪漫で……良いのか?
電志は慎重に言葉を選んで返した。
「パイロットの浪漫は叶えてあげたいけど、でも……今回は今設計しているやつでいきます」
実質的に自分達の技術では無理なのだから仕方がない。ミリーがその問題をどう解決したのか、それは勝負がついてから公開された設計書で確認させてもらおう。
ミリーは胸ポケットから棒菓子を引き抜くと、電志に突き付けた。
「浪漫を笑う者は、浪漫に泣く……!」
格好良いんだかよく分からないが、それはミリーが己の〈設計〉の正当性を主張しているように見えた。やはり互いの設計は似ているけど、違う。これは互いの〈設計〉を賭けた勝負なのだ。それが明確になった。
「笑ってはいませんけど、でも……負けませんよ」
浪漫は悪くはない。でも、違和感を持ってしまった。だから、浪漫に負けるわけにはいかない。
電志とミリーは視線を合わせ火花を散らした。
ミリーは満足した表情になり、その場を立ち去った。
翌日。
設計が進み、愛佳の方は新素材を待つだけになった。
電志の方は大きな問題点を発見して思案していた。
全翼機の全身に鱗を貼り付けた想定で設計してみたが、横幅が大きくなりすぎて格納庫から発艦設備への進入口を通れないことが発覚したのだ。
「横幅が超過しちまった。まずいな」
「翼の先端だけ鱗を外せば良いんじゃあないかい?」
愛佳の提案に電志は首を振る。
「そうしたら守られていない部分が出てきてしまう。しかも翼の先端が破損すれば【光翼】が使用不能になってしまう。解決にはならないよ」
「それは問題だね……機体自体を小さくできないかな?」
「厳しいな。全体を小さくするには各パーツを選び直さないといけない。搭載予定のエンジンとかが入らなくなってしまうからな。というか、現状の想定だと機動性もけっこう問題がありそうなんだ。いくら防御力が高くてもただの的になってしまう」
「どうしようか」
「この問題をクリアできるアイデアが欲しいな」
新しい試みには課題がつきものだ。
しかも今回やろうとしているのは全く新しい機体。
ここへ来て巨大な障害が出てくるのも当然だった。
この日は愛佳と電志で一緒になってこの課題をクリアできるアイデアを出し合った。
その翌日。
残り三日となった。
ここで一つ良いアイデアが出た。
「ねえ電志、この機体さあ……格納庫に入れなくても良いんじゃない?」
「ん?」
「戦艦とかと一緒に港に係留しちゃえば良いんだよ」
愛佳がそう言った瞬間、電志はそれだ、と確信を持った。
「その手があったか! 〈DDS〉に置き場をそこにしてもいいか確認してみよう。さっそくゴルドーに連絡だ」
ゴルドーに通話要請をして話してみると、驚愕で目を剥いた。
『お前さんそんなバケモノみたいな機体作ってるのか。すげえなあ。別に置き場を港にするのは構わないぜ。そうしたらあれだな……戦闘機っつうより小型艇みたいな扱いで建造するか』
「ああ確かに戦闘機離れしてる、よ、な……? え、待てよ……今小型艇って言った?」
電志は重大なことに気が付いた。閃いた。もう一つの問題が解決できそうだ。
『ああ言ったぞ?』
「そうだ、そうだよ戦闘機という形にこだわる必要は無かった! 今設計している機体に小型艇の推進装置を搭載してしまえば良いんだよ。これで機動性も確保できるぞ!」
『何だって?!』
「小型艇の推進装置を戦闘機に搭載するのは可能か?」
『いや……だって大き過ぎて戦闘機に搭載するのは無理だろう。繋がりさえすれば動くけど』
「繋がりさえすれば……動くんだろ?」
『……ほんとクレイジーだなお前さんは』
「繋がるように設計するのが設計士だ。機体後部にアダプターを接続し、アダプターの後部に小型艇の推進装置を接続する。アダプターの尻を大きく設計すれば繋げることは可能だ。それだったら〈DDS〉で開発可能か?」
『可能……だな。まるで小型の戦艦を作るみたいだな。よくそんなの思いつくよ』
「倉朋のおかげだよ。この機体を作ろうって言ってくれたのもあいつだし、港に置くのを思い付いたのもあいつだ。あいつの思いつきがあったからここまで来れた」
『二人でうまくやってるみたいだな。じゃあ設計書の完成を楽しみにしてるよ』
「おう、できあがったらすぐに見せる。じゃあな」
通話終了。
越えた。壁を乗り越えた! 完成が見えてきた!
こんな時は胸が躍る。熱くなる。前線で戦うパイロットとは違い裏方はこういうところで熱くなるのだ!
電志はさっそく愛佳に今話した内容を説明しようとする。
でも何だか愛佳の様子がおかしかった。顔を赤くして俯いているではないか。
「な、どうしたんだ?」
「ボクのおかげって……照れるじゃあないか」
本当のことを言っただけなのにこの反応は何だ。変な奴だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます