第19話
電志に通話要請が入った。
七星からだ。
通話開始。
『よお電志、倉朋を連れて今から〈DUS〉に来てくれ』
「はい」
通話終了。
すると隣にいた愛佳から苦い感じの声で言われた。
「ねえ何でそんなつまらない会話をするの? 電志は二文字しか喋ってないよ二文字しか。電志はイエスマンかい?」
「俺は極めてまともな会話をしたはずなんだけど。二文字しかって二文字あれば充分だからそれしか喋らなかったんだよ。イエスマンとは何の関係も無いだろう」
「電志はもっと会話を楽しんだ方が良いよ。いや楽しむべきだ。文字数を増やそう」
「『はい』も英語で言えば良いか」
「二文字が三文字になるだけだよっ」
「珍しいな、倉朋が突っ込みをした」
「しまった! 電志がおかしなこと言うから突っ込んでしまったじゃあないか!」
「こんな感じで良いのか?」
「えっ…………あ、ああ電志もやればできるじゃあないか」
これも変化だろうか、と電志は思う。
端的な会話以外しなかったし、いらないとこれまでは思っていた。
でも愛佳と話す内に、会話を楽しむということも覚え始めたのだった。
愛佳と話していると、何となくこういう会話をしても良いかな、という気持ちにさせられるのだ。
二人は〈DDCF〉を後にした。
〈DDCF〉の部屋を出て五分程【アイギス】の中を歩き、〈DUS〉のプレートが目に入る。
扉の前に立つだけで認証は済み、中に入れた。
〈DDCF〉と変わらず木目調だが、机と棚はもっと整然としていて観葉植物もあった。
室内は広く、その中の一角を目指す。
机が幾つか固まって島になっていた。
六人程が座っている中で、一人長身で武骨な顔の青年がいた。
青年は電志達の姿を視認すると笑顔で立ち上がる。
「二人とも来たか。コスト低減コンペではご苦労だったな」
「いえ、七星さんの方も大変だったんじゃないですか?」
電志はそう返す。
きっと七星はコンペ開催前に苦労しているはずだ。
コスト低減コンペは七星の良しとするものではないから。
「抵抗はしたよ。そうしたら『削減できない分はお前の給料で補填する』だとさ」
「なんつう横暴な……」
「十年前だったらやってみやがれって言えたんだけどな、パワーが無くなった。オジサンになった証拠だな」
武骨にも関わらず柔らかな自嘲の笑みを浮かべる七星。
その顔には激動の十年間を生きてきた重みのようなものがあった。
電志と愛佳は七星の机のそばに椅子を用意してもらい、座った。
呼び出された用件は何なのか。
七星は説明を始める。
「だがな、転んでもただでは起きないというのが俺の信条だ。コスト低減コンペを呑む代わりに一つ約束をとりつけた。それは」
【特別機】の設計。
【火星圏奪還作戦】において十機だけ、予算無視の特別な機体を制作する。現状の技術を結集した最強の機体を設計してほしい。
「まじですかっ」
電志は思わず大声を上げてしまい、周囲の視線を感じてバツが悪そうにする。
「出たよ、電志の設計フェチが出たよ。いや設計フェティかな」
愛佳が奇妙な動物を見る目で零すが、電志は何とでも言え、という気持ちだった。予算無視の最強の機体が作れる。こんなに胸が熱くなることはない。普段は生還率を重視しながらもコストとのバランスを取りつつ設計しているのだ。予算無視ならばできることがいっぱいありそうである。さすが七星さん、上手い交渉だ。
「で、このプロジェクトは電志班を含めていくつか目ぼしい班だけに声をかけた。まあお前らが優勝してくれるだろうとは思うけどな。コスト低減コンペをやった直後で正反対のことをやるから、表向きは告知しない。なんつーか、そこら辺は〈DUS〉の言っていることがふらふらしていると思われたくないみたいな部長のメンツを保つためなんだが。極秘プロジェクトじゃないから周囲にはバレても良いぞ。最高の機体を作ってくれ」
「分かりました。任せて下さい」
「倉朋も頼むぞ。人間ってのは一人では限界がある。うまくサポートしてやってくれ」
「あ、はい」
何だか猫を被ったような様子の愛佳。
電志は怪訝な表情をする。いつも俺には絡んでくるのに他の同僚とか、七星さんみたいに年齢が離れていると口数が少なくなる。ナキやシゼリオと話す時でも俺よりはマイルドに話すし。
「倉朋は七星さん相手だといつもと違うよな」
「あのねえ電志、目上の人に電志と同じ応対をしていたらボクは馬鹿すぎないかい?」
「そりゃそうだけど」
でも口数が少ないのはなんなんだ。敬語にすれば良いだけだろうに。
すると、七星の隣に座る女性が身を乗り出して声を掛けてきた。
「きっとそれはね、あなたが特別だからよ」
おっとりした声。
ジェシカ・ノエル。
〈DUS〉で七星の下で働いている。
元〈DPCF〉のエースパイロット。
栗色の長い髪で垂れ目の、包容力を感じさせる容姿だ。
「特別?」
電志は片目を眇めた。俺だけ特別絡みやすいのか。
だが電志の考えとは別のことを思ったのか、愛佳は拳を作ってわたわたと反論した。
「う、わ私はそんなんじゃないですっ」
一人称が『私』になっている。
いや、確かに目上の人に『ボク』はないな、と電志は思い直した。やはり単純に『分別を弁える』という大人の対応ができているだけか。しかし、絡みやすいのでないとしたら、なんなんだ。俺には何を言っても許される的な独自の判断基準でもあるのだろうか。
ジェシカは机に両肘をつき、手の平で台を作ってそこに顔を載せた。
そしてふふふーと微笑む。
「必死になって否定するところがアヤシイなぁ、どう思いますホシさん?」
「ジェシカ、他の部署の人間がいる前では課長と呼んでくれ。どう思うって言われてもな。何か特別電志が弄りやすそうな顔してるんじゃないか?」
七星が真顔でそう返すとジェシカはやれやれと困り顔になった。
「電志くんも鈍感だけど、ホシさんも相当よねぇ」
「何が?」「何がですか?」
七星と電志の声が重なる。
そうしたら愛佳とジェシカがぷっと噴き出した。
何がおかしいんだ、と男二人は顔を見合わせる。
そうそう、とぽんと手を打ってジェシカは立ち上がった。
そして一本の棒菓子を持って電志達の所にやってくる。
「せっかく来たんだからお菓子食べていってよ。あいにく手元には一本しかないんだけど」
棒菓子は【うない棒】。
安くてうまいので人気のお菓子だ。
電志は一本しかないなら、と遠慮することにした。
「倉朋が食べれば?」
「いやいや、電志が食べなよ」
「二人で分けられる良い方法があるわ」
ジェシカは棒菓子の包みを剥くとまず愛佳に咥えさせた。
それで二つに折るのかと思いきやジェシカは手を出さず、愛佳に電志の方へ振り向くよう言った。
愛佳が振り向くと電志は失笑した。出来の悪い鳥みたいだ。そうしたら手をつねられた。
ジェシカは手が汚れるのを嫌って手を出さないのかもしれない。
そう思って電志が手を出そうとすると、遮られた。
ジェシカの手は電志の顎に伸び、口の左右をむにっと押してくる。
口を開けろという指令のようだ。
電志は口を開ける。
すると。
電志の顔は掴まれたまま移動させられ、棒菓子を咥えさせられた。
棒菓子の一端は愛佳が、もう一端は電志が咥えている。
電志は愛佳と視線を合わせ、ぱちぱちと瞬いた。超近い。
互いに顔が赤くなる。
『んんーっ!』
電志と愛佳は抗議の声を上げた。
互いに棒菓子を離さないのは、食べ物を粗末にしないという心掛けと、今口を離すと唾液のついた部分を見られてしまうから恥ずかしいという羞恥の気持ちがあるからだった。
口に含んだ部分だけ齧り取ってしまえば良いのだが混乱していてそこまで頭が回らない。
ジェシカはころころと笑っているだけだ。
「ほら仲良く分けあえるでしょ?」
電志はハメられた、と苦い顔になった。全然分けられてない。
そして電志が棒菓子の真ん中に手を伸ばし、折った。
ようやく愛佳と顔が離れる。凄く緊張した。普段から近くにはいるけど、ここまで接近したことは無い。
しばらく無言で咀嚼する。迂闊にもドキドキしてしまって声のかけ方が分からない。
ジェシカは机に戻ると、もう一本の棒菓子を取り出した。
電志は咀嚼を終えると非難の声を上げる。
「ジェシカさん、一本しかないって言ってませんでした?」
「えー? 『手元には』って言ったよぉ?」
全く悪びれる様子なし。いたずら好きな大人だ。
「……ジェシカさんも七星さんと今みたいなのをやれば良いんだ」
電志が挑発的に言うと、ジェシカは分かったーとほんわかした調子で言い、棒菓子の包みを剥がして咥える。
大人の女性が咥えると何だかヤバめだ。
そしてジェシカが七星の方を向くと、七星はぷっと噴き出した。
「出来の悪い鳥みたいだな」
すると七星はジェシカに蹴られた。
電志は何だか自分を映像で見ている気分になった。
七星は有無を言わせず棒菓子を折り、半分を口に放り込んだ。
ジェシカはジト目になった。
お菓子を食べ終わると、電志はそうだ、と思い付いた。せっかく七星が目の前にいるので、設計について話をしてみよう。
「【設計とは何か】について考えているんですけど、今のところはまだ難しいです。コスト低減コンペをやってみて、〈コストのための設計〉とか〈成績のための設計〉は違うよね……てことは思ったんですけど」
すると七星はふむ、と顎を撫でた。
「〈コストのための設計〉ってのは作業の上で降りかかってくる問題に対処するだけ。〈成績のための設計〉はもはや設計の放棄。どちらも自己都合でしかなく使う側のことは考えていないな」
「そうですよ、だから〈パイロットのための設計〉だったら、アリだと思うんですけど」
「〈パイロットのための設計〉は確かにアリだな。作り手というのはユーザの使い勝手を忘れてはいけない」
七星の口ぶりは好感触。
しかし答えには辿り着けていないと分かる。
「〈生還率一〇〇%〉という〈DDCF〉の悲願も、【設計とは何か】の解答ではないんですよね?」
それを聞くとそうだなぁ、と言葉を探す七星。やはり答えは教えてくれなそうだ。
てっとり早く答えを聞いても自分のためにならないので、電志もそれ以上の催促はしない。自分で考えずに答えだけ求めていたら何も生み出せない。
やがて七星の口がゆっくり開かれた。
「〈パイロットのための設計〉や〈生還率一〇〇%〉というのに共通しているのは何か? どちらも作業ベースということだ。設計を行う上では大切なことだが、【設計とは何か】を考える時にはもっと根本を考えてみると良いかもしれない。〈パイロットのための設計〉をするのは何故か? 〈生還率一〇〇%〉を求めるのは何故か? って具合にな。そうして結果的に辿り着くのが俺と別のものであっても構わない。【お前達の設計】を見つけるんだ」
「自分達の、設計……」
電志は愛佳をちらりと見た。
愛佳は首をかしげ何を考えているのかは分からない。
「まあ難しく考えすぎるな。設計をしながら感じたことをまとめていけば、自然に見付けられるさ。大事なのは意識することだ。普段は設計をしながら感じたことも大抵はそのまま流れていってしまう。流れていってしまわないよう記憶として保存するように意識するんだ」
「記憶として保存するように意識する……分かりました」
電志は反芻し、頷いた。
設計とは何か。
自分達の設計。
いずれ見付けたい。
〈DDCF〉に戻ると早速これから作る機体について話し始める。
「電志、最高の機体と言っても、当てはあるのかい? 意外とお題が漠然としていて、かえって難しい気がするんだけど」
愛佳が質問してくる。
電志はそうだな、と返した。
「そこら辺はアイデアを出し合ってみると良いかもしれないな。明日のディベートでやってみるか」
「良いね、今度こそボクが勝たせてもらうよ」
そうやって意気込む愛佳に電志はどうしたものか、と思う。こいつはディベートに勝ち負けばかり求める。だがディベートで重要なのはそこではない。討論によって生まれるものが真に重要なのだ。日頃からそこに気付いてほしいと願っているのだが、何度ディベートを重ねても勝負を挑んできてしまう。それなら方針を変えてみるのも良いかもしれない。
「やっぱりディベートはしばらくやめにして、ディスカッションにするか。勝ち負けが関係無い方が柔軟なアイデアを出せるかもしれない」
ディスカッションならば闘う必要が無い。これは名案かもしれない。
だが愛佳は腕組して断固拒否の姿勢をとった。
「駄目だよ電志、ディベートじゃないと。ディスカッションなんてぬるいものをやっても良いアイデアなんて出ないよ!」
「ディスカッションさんに謝れ。優劣なんかないよ。でも倉朋はディベートになるとやたらと勝ち負けにこだわるからさ。そういうの無しの方が良いだろうと思うんだ」
「勝ち負けにこだわってるわけじゃないよっ! いや……勝ち負けは無いと、張り合いがないというか、いやこだわってるわけじゃあないんだよ? でも勝ち負けがあった方が、良いと思うんだけどなぁ……」
「どっちなんだよ。こだわらないなら必要ないし、必要ならこだわってるんだろう? 矛盾しまくってる」
するとだんだん愛佳は俯いてしどろもどろになっていった。
「いや、矛盾はしてないよ、矛盾は……でも勝ち負けがないと、あううぅ……」
何だか見ていられず、電志は額を押さえた。こだわりまくりじゃないか。なんだ。一体なんなんだ。勝ち負けにこだわる理由が分からない。俺にしてみれば、勝ちが欲しいならいくらでもくれてやる、そんな程度のものだ。よりよいアイデアを生み出したり各論理の掘り下げなどができなければ勝っても何も意味が無い。一体こいつはディベートに何を望んでいる?
だが涙目で言葉を探してごにょごにょ言っている愛佳を見ていると気が咎める。
釈然としないながらも、電志は溜息をついた。
「仕方ねえなーもう。分かったよ。ディベートで良いよ」
すると愛佳はぱあっと笑顔を咲かせた。
「本当?! 電志って何だかんだで言うこと聞いてくれるから優しいよね」
「俺は優しくないっ! 隣で泣かれるとメンドクサイだけだ」
言われ慣れない言葉に恥ずかしさが込み上げ、声を荒げてしまう電志。
気持ちが落ち着かず画面に目を向けてむすっとした。
そうしていると、闖入者が現れた。
「や」
短い言葉で、開いた手を肩の高さまでしか持ち上げずに緩んだ挨拶。
ミリー・カーソン、三年女子。
頭にサングラスを掛けていて、水色の短い髪。
同色の緩い目。
そしてその隣には名前の知れない童顔の女の子が立っている。
よく分からないがビデオカメラを構えていた。
電志と愛佳は振り向くと曖昧な返事をした。
〈DDCF〉で浮いている、しかも部屋の隅に位置する電志班に何の用だろうか。
ミリーは腰に手を当てると、緩んだ目のまま覇気の空気を放出して宣言した。
「設計とは浪漫だ!」
電志も愛佳も目を瞠った。
ミリーの言葉は半分も聴いていなかったが、彼女のたわわな胸に視線が吸い寄せられた。
特にその大きさもさる事ながら、胸ポケットに問題があった。
胸ポケットに棒菓子が挿してある。
さっき〈DUS〉で見かけたものだ。
だが何故胸ポケットに挿す必要があるのか。
どう見ても奇妙だ。
しかも隣に立つ童顔の女の子が電志達の視線を追うようにビデオカメラでミリーの胸を撮影している。
怪しい。怪しすぎる。
電志と愛佳は互いに視線で相談すると、何事も無かったように作業に戻った。
「無視するな」
ミリーが緩いチョップを二人に浴びせる。
愛佳と電志は再度目で相談。
『電志が相手してくれたまえ』『やだよ、倉朋が行ってくれよ』
二人で顎をしゃくり合って役目を押し付け合っている。
するとミリーが業を煮やしたのか、むすっとした表情で語り掛けた。
「【特別機】」
その単語に電志はハッとなった。
何故、この人がそれを……?
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