第82話
どんなに設計者が素晴らしい機体を設計しても、開発不能であれば意味が無い。
例えば、狭過ぎて人が作業できない箇所が発生してしまったり。
設計の段階では指すら入れられないような狭いスペースでも細かいデザインができてしまうので、開発の段階に入ってから作成不能が判明するような失敗はよく耳にする話だ。
それは電志だって経験があることで、〈DDCF〉に入ってすぐの時には悩まされた。
せっかく設計した機体なのに、〈DDS〉の者が頭をぽりぽり掻きながら言ったのだ。
『申し訳ないんだが、俺らの力じゃお前さんの要望に応えられねえぜ』
全く申し訳ない気持ちは感じられず、むしろ馬鹿にされているようだった。
それがゴルドーとの出会い。
最初は電志もイラついた。開発するだけなら難しいことなんてないだろう、設計書の通りに作るだけなんだからやってくれよ。力不足を言い訳にするな。力が無いならつけろよ。
するとゴルドーは格納庫まで電志を連れていった。
一機の未完成品の前で立ち止まる。
それから工具を渡された。
『設計書を見ながらここをやってみてくれ』
ゴルドーはダレた感じで言い、機体に寄りかかった。
電志は示された箇所を確認し、近付いた。
それは翼の付け根の部分で、飾りなのか補強なのか分からない部位があるせいで付け根が見えなくなっていた。
だが設計書では確かに付け根の部分に手を加えるようになっている。
機体に頬をつければかろうじて翼の付け根は覗ける。
しかし邪魔な部位があるせいで工具はとても入らなかった。
駄目じゃんこれ……電志は理解した。〈DDS〉はこういうところで苦労していたのか。
それまでは〈DDS〉は何も考えずに渡された設計書通りに作るだけの楽な部署だと勘違いしていた。
電志は心を改め、それからは必ず設計初期に〈DDS〉に顔を出すようになった。
他部門を大切にし、密に連携を図っていくというやり方も、初期に失敗をしているからこそ形成されたものなのだ。
電志は〈DDS〉へやってくるとゴルドーの姿を捜した。
既に連絡は入れてあるので、この部屋にいることは分かっている。
するとゴルドーは部屋の奥で妹のネルハと話していた。
「よう。〈DDS〉に妹を入れるとは珍しいな」
電志が挨拶しながら行くと、兄妹が振り向く。
ゴルドーはいつも通り野菜ヘアにサングラスというマフィアの下っ端スタイルで、それとは対照的にネルハは可憐で整った顔立ちだった。
「おお電志、実はな……ネルハが〈DDS〉を体験してみたいって言い出してよ」
嬉しそうに語るゴルドーはネルハの肩を叩く。
ネルハは恥ずかしそうに小さな声を出した。
「何か打ち込むものが欲しかったんです」
見てみれば、彼女はゴルドーと同じく作業着姿。
サイズが合うのが無かったのか、ぶかぶかだ。
子供が親の手伝いをしようとしているようで微笑ましい姿だった。
「そのまま継いでやればゴルドーも喜ぶぞ」
軽口のように電志が言うとゴルドーは好々爺のように頬を緩ませた。
「俺の引退までみっちり教えてやる!」
「しばらく手伝うだけだよ」
ネルハは乗り気なのかそうでないのか分からない言い方をした。
さて、と電志は周囲を見回す。
ネルハとはいえ秘密の話に同席させるわけにはいかない。
奥の部屋へと続く扉に目が留まった。
それを指し示してゴルドーに問いかける。
「相談がある」
含みを持たせた言い方。
それだけでゴルドーは何かを察したようだった。
「ヤバイ話か……? あっちは今、人が入ってる。そうさなあ……ちょっと艦外にでも出るか? 外作業してる奴はいないからな」
「そうか。じゃあそうしよう」
そうして電志とゴルドーは宇宙服を着て艦外へ出た。
【グローリー】の舷側は広大だ。
艦に背中を着けて左右を見回せば、どこまでも続いているように見える。
藤色のカラーリングは冷たい輝きを放ち、漆黒の宇宙の中に彩を添えている。
宇宙へと目を向ければ相変わらず無数の煌きが迎えてくれる。
光の粒をまぶしたような光景は神秘的だ。
それぞれ数時間かけてきた光、数光年先から来た光、数千光年先から来た光が同じ視界の中で広がっている。
それだけ別々の時間を保存した旅人たちが集結しているのだ。
そう思うと時間の感覚が薄れてくる。
せいぜい手の届く範囲でしか時間は共有できないのではないか。
久々に艦外へ出ると宇宙を見ながら色んなことを考えてしまうのだった。
電志は端的に切り出した。
「秘密の依頼をしたい」
「……内容は?」
隣に並ぶゴルドーは理由を聞かずに先を促す。
こうしたところに互いの信頼の厚さが現れていた。
電志はこれまでの経験で、ゴルドーは『パイロットのため』という設計であれば二つ返事で請け負ってくれていたことを知っている。
時には上層部の目を盗んで色々な規則違反もしたが、うまくすり抜けてやってくれた。
逆にゴルドーは電志が倫理的に間違った設計をしないことを知り尽くしていて、電志が『やる』と言えば全力で応えるだけだと思っている。
だから二人の話は早かった。
「【黒炎】と通信するための機材の取り付け。『帰還誘導機能』を使うための機材、既にあるだろう? それを六機ほど取り付けてほしい。それから、可能な限りの最速化だな……」
「それくらいなら、二日もありゃできるだろう。最速化の方は設計書次第ってところはあるが……」
「あくまで新しい物は作らない。既存のアイテムで可能な限りやってみるだけだ。誰の承認も得ていないが……やってくれるか?」
そこで二人は視線を合わせた。
ゴルドーは口の端を持ち上げた。
「修理する機体を忘れていたことにしよう、それを修理するという名目でやればいい。今は地球への回答をどうするかで上層部はゴタゴタしてるからな、何も言われないさ」
「流石だ。頼りにしている」
「なあに、お前さんが言うんだ。そうしなきゃならねぇ理由があるんだろ?」
電志はそんなゴルドーを頼もしく思い、しかし伝えられる情報が限られていることに歯がゆさを感じた。
「【黒炎】が万が一飛び立ってしまった場合、連れ戻さなきゃならない。使われないことが一番だがな」
「ふうん……やっぱりヤバそうな話だな。アレが本当に使われたら一大事だ。お前さんはそれを食い止めるために動いているのか」
電志はゆっくりと頷いた。
「もう、アレには飛び立つ理由が無いんだ」
そう口にしたところで、一種の寂寥感が襲ってきた。
そうか、もう俺の設計した機体は、役目を終えていたのか……
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