第5話 フラグはどんな世界でも回収されてしまう
目蓋が重い……自分が立っているのか横なっているのか……
身体もすごく重くて鈍い、どれだけ時間が過ぎたのかすら分からない
時たま身体が浮くような感覚だけがあって、死んでる訳では無い事だけは何故か確信が持てた。龍之介の爺さんめっ! 全然違う事になってるじゃないか。
超巻き込まれてる感じしかしないぞ本当どうしてくれんだろうか……
スゥーと身体を包まれる感覚を得ると、目蓋を閉じていても光が落ちてくるのが分かった。
「辰一君! 聴こえるか! 辰一!」
声は聞こえるけど身体が動かない上に声すら出せない、どうしようもなく成されるがままだなと全てを託した。額に暖かさを感じる。
「目は開くだろうし身体も動くと思うのだが?」
サラッと呼び捨てにされている事はこの際もういい。そんな事を考えながら辰一は身体を起こす。そして目を開いた。目を開いた? 目をひら?
「目が見えないんですけど……」
「そんなはずなかろうが」
てかなんか龍之介さん態度でかくね?でかいよね?
「目を開いてるはずなのに真っ暗なんですけど」
「うむ? あーすまんすまん近くにより過ぎたな」
目の前に光が差し込む、暗闇かと思っていたそれは黒色の鏡だった。
眩しさに目を細めながら黒色の鏡を見る。一瞬、鏡に蓋が降りる。
「なんだこれ?」
また蓋が上がる。確認しようとしなければ良かった、と一瞬で答えを出した。
「ぎゃああああああああああああ」
「うおおうるせえええビックリするじゃろがい!」
黒色の鏡がより遠ざかるとその全貌を捕らえる事が出来た。
全体は黒のでかい龍の姿で黒色の鏡は目だと理解する。
西洋の竜ではなく、中国や日本で言う蛇のような体躯の龍だった。
「ひゃ、ひっヴぇぇえええええええええええええ」
叫ぶしかなかった。ただ急に叫んだせいか頭がふらっとして腰から地面の落ちる。
頭がじんじんする。胃からせり上がるそれを我慢できず。
「おぇえろろろろ」
吐いちゃった♪ ミャハ☆
「五月蝿い上に行き成り吐くヤツがあるか……」
呆れながら黒い龍が言う。
「辰一よ身体に違和を感じたりはせぬか?」
見た目はでかい龍だけど声だけはあの爺さんと同じだった事もあって少しの安堵を覚える。げろりんちょした直後のせいで気分は最悪、身体もまだ重く気だるいがその程度だ。
少しの余裕が出来て立ち上がり周辺を見渡す。
地面には緑が生い茂り、樹齢何年か分からないぐらい大きい樹が生えていた。
真横に目をやると崖、よくもまぁ落ちなかったもんだな寝相は良くないんだけど。
肌寒さを感じながら違和に気が付くと、自分の目の高さぐらいの位置を雲が流れて行ったのだ。崖の下に軽く目をやると雲海が広がっている。まるで雲海から今いるこの円柱のような場所が生えてるようだ。周囲には雲海しかなく他には何も無くて水平線の向こうまでそれが続いてる。不思議で綺麗だと思うが目を龍へ向ける。
「身体がダルいです。りっ龍之介さんですよね?」
状況がまったくもって分からん。何がどうなってんだ?
う~む。と唸るように黒い龍が話しを始める。
「確かに我は龍之介で間違いは無い、だか違うとも言える。我の魂の一部は辰一のいた世界で転生し七十年程生きていたのだ。その魂に付いた名が流川 龍之介だ、今や我に還ったがな。言うならば今の我こそが我であり本来の姿となる訳だ分かったか?」
流川 龍之介と言ったあの爺さんの目的は達成された事を知らされる。
魂は元のあるべき場所に還る事ができた。それは良かったけど辰一の置かれる状況は分からない。そのまま黒い龍を見つめる。
「改めて我の名を言おう。ランザール=ヴェルゼベルグと言う。名がヴェルゼベルグになる好きに呼んで構わんぞ」
「じゃあヴェルさんね」
一瞬、目蓋がギュッと動く。
「ひっぃい調子乗ってすいませんおやびん!」
「好きに呼べと言ったのは我だ問題あるまい。まず言わねばならん事、謝らねばならぬ事がある」
凛とした雰囲気にごくりと唾を飲む辰一。
「ひとつは全ては辰一の働きのお陰で事を成すことができた。感謝する。もうひとつはこちらの世界に巻き込んでしまった事だ」
起きた時から自分が元の世界にはいないと言う事ぐらいは薄々気が付いていた。
「ヴェルさん俺は戻る事はできないんですか?」
「辰一が寝とる間に試してみたが不可能だった。恐らく我の魂が辰一から抜け出る時にうまく抜けれんかったあたりに問題がありそうだが、まだゼロと決まった訳ではない」
さっきの身体が浮くような感覚はもしかしたらヴェルさんが元いた場所に俺を戻そうとしていたんだろうか?
「もしかしたら、俺自身が帰りたいと本当に思ってないからかもしれません」
「ん? 辰一は元の世界での生活を送る事を前提としておっただろう?」
「心の根底には自分の全てを変えたいとかそんな漠然とした考えとか現実逃避的な思いはあったので……」
元の世界を思う。帰れる事ができても俺は素直に帰るんだろうか?
もういっそこの世界で生きると言う選択もあるんじゃないか?
そんな事を本気で考える。
「俺が元の世界に戻れない場合、この世界で生きていくと決めたらそれはできるんでしょうか?」
ヴェルゼベルグは神妙な顔で辰一を見て言う。
「それ自体は不可能ではない。輪廻を司る我の力であれば辰一の魂ぐらいこの世界に組み込める。それに短くとも我の魂の一部を受け入れるだけの力はあったのだからな。だが本当にそれで良いのか?」
辰一は考え込む。
どうせ帰れないかのしれないならいっその事このままで良いんじゃないか?
むしろ早すぎる第二の人生って事にしてもいいかもしれんし、元の世界に戻っても俺は多分変われない。じゃあ強制的にでも変われる可能性のある世界で生きる事も悪くないんじゃないか? 全てを捨てれるのかと天秤にかける。
「仮にこの世界で生きる事になった場合、元の世界で俺は失踪したって事になるんですか?」
少なくとも自分の事を心配してくれるであろう家族や友人の事を思う。
「元の世界の輪廻から外れた時点で辰一と言う存在が意味消失する。だから誰も何も思わないし誰も何も感じる事は無い。」
「でも違う世界の輪廻には干渉できないとか言ってたような……」
「干渉についてだが、現状の辰一の魂自体はこの世界に在る。違う輪廻であろうとこの世界の理にいる今なら簡単に干渉して組み込む事は可能だ」
「じゃあ俺のこと! うぶっ?」
言いかけて、辰一はゲロでは無く血を吐いた。
TVとかで血を吐くシーンなんて見た事は何度もある。
多くは痛みを伴うようだったが、ゲロを吐く方が苦しいと感じるぐらい何も感じなかった。自分の口に粘り気を感じる方が遥かに気持ちが悪く、手で拭うと赤黒い液体がべちゃあと付いている。
「辰一!?」
ヴェルさんが叫ぶと同時に俺の周囲が蒼く光ると足元に魔方陣が敷かれていた。この魔方陣で俺を治すのか?ヴェルさんを見上げるとヴェルさんが俺を見つめている。大丈夫だと言ってくれさえすれば安心できるのに、何かを考えているのかヴェルさんは何も言わない。
「ふぅ……」
冷静な自分がいる。
俺は死ぬんだ。
迷い無く答えがでた。
どこかで寿命で死ぬと思っていた。
普通に生きて、出来たら結婚もして子供もいてそして最期にって。でも意外とあっさり逝くもんなんだな、なんかもうどうでもいいか。どうせ俺には何もできない、元の世界でもそれは変わらんしここでも変わらん。早いか遅いかの違いだけなんだよな。
自分の人生を少し思い出すと俺の人生はいつも何かを諦めて後から後悔する連続。
後悔したと思いたくないから、全部に蓋をして気がつかないように知らないように生きてきたんだ。
幼稚園の頃はサッカー、小学生の頃は水泳。
中学はバスケ、結局やめたけど。水泳部に入ったけどそれもすぐやめて高校では何もしなかった。後々、思い出した時に後悔しないし楽だったから。
それでも大学の時は目指したものがあって院にまでいったけど結局やめた。
卒業して就活して落ちて、落ちて、落ちて。
自分という人間は社会に不必要なんだって言われてるように感じた。
「あなたはいりません」
そう言われてるみたいに感じるようになって。
怖くなって、そんでkzニートの完成だ。
問題は自分にあるはずなのにいつも通り見ないふりしてんだろうなぁ。
そして何も選べない人間になってたんだ。
悟ったかのようにヴェルさんに目を向ける。死刑宣告を待つように。
ヴェルゼベルグが口を開く。
「辰一よ、我の魂が全て抜け切らずに残光のようにお前の身体に残っておるようだ。抜け出ることが出来なかったのは我の魂の残光が辰一の魂に同調し初めておるからだ。何から何まで悪いんだが、このままだと辰一、お前は死ぬ」
言われた。
あっさり簡単に。
もうお前は死ぬって。
もしかしたらどうにか出来るであろう龍にそう言われ完全に諦める。
しかし、続けていう。
「手はあると言ったら辰一よお前はどうする?」
言われた事を理解するのに時間がかかる。
まだ助かる?死ななくてもいいの?
そう思うと、そう言われると縋りたくなる。
なんだかんだ考えても未練タラタラだから。
どうするもこうするもないじゃないか。
この状況をどうにか出来る可能性があると言われたら俺は……。
「まだ死にたくない!」
結局のところ俺は諦めがついた事すらにも嘘の気持ちで今までと同じように流そうとしていたんだ。違う世界なら変われるとか、元の世界なら変われないとか全部を言い訳にしてたんだ。生きていたい。ただ単純に簡単にそう思ったんだ。
ヴェルさんが俺を見る。
「辰一、今の状況の全ては我にある。我は恩を返さず切捨てたりはせん! 我に全てを任せてくれ」
「お願いします……」
声にならない声を絞り出すように吐いた。
「我を信ずる事ができるか?」とそう言うヴェルさんは申し訳なさそうに言う。
「信じる。もう諦めたりしない!ランザール・ヴェルゼベルグ俺を助けてくれ!」
ヴェルさんが大きく口を開くと顔が近くまでくる。
「取って喰ったりせんわ!」
そう言った龍之介の言葉を思い出した時に俺は取って喰われた。
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