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「案外宗樹も悪いヒトだよね」
「ふっふふふふ。
良いんだよ、いつもがたがた俺に文句つけてるし!
たまには少しぐらい困ればいいんだ」
宗樹は、変な声を出して笑うと、ふと真面目な顔になった。
「……それとさ。俺、お嬢さんとちょっと話したい気分だったんだ」
彼は、今まで弾いていたピアノの蓋を閉じると、そこで軽くほおづえをついた。
「昨日の朝、早く。
お嬢さんと話をしながら学校に行った時。
自分で思ってたこと、全~~部、話せてさ。
その上、お嬢さんからも『好き』って言われて、とても嬉しかったんだ。
どんな形であれ、これから先、お嬢さんと一緒に歩いてゆく決心もついたしな。
……だけどもさ。
なんか、俺やっぱり……不安なんだ」
「宗樹?」
「蔵人がCards soldierとして歌えるのは、お嬢さんのコトが好きだからだ。
昨日の放課後すぐ、裕也と蔵人がトラブったあと。
お嬢さんが出て行った裕也を追いかけて……帰ってから、なんとなく裕也と仲が良いじゃねぇか。
裕也は簡単にヒトを裏切るヤツじゃないし、話もきちんとつけた。
少しぐらいお嬢さんと二人でいても、何もしねぇ。
そう、理性では判ってても、心がざわついてうるせーんだよ」
そ……そか。
蔵人さんのコトはともかくとして。なんとなく、神無崎さんと仲良くなったのは。
同じく、宗樹が好きなヒト同士。
なんか変な連帯感が生まれて、神無崎さんが怖くなくなったから……なんだけど……それは言えないことだ。
「裕也も、蔵人も、とびきりイケメンだし。
まあ……どっちも、多少乱暴だけどさ。中身も悪いやつらじゃねぇ。
そんなヤツらに囲まれて、お嬢さんの心が俺から離れたら、どうしよう、なんて……莫迦なことを考える」
そう言って宗樹は、まっすぐわたしの顔を見た。
「お嬢さんを手に入れたい……なんて。
元を正せばこんな、たったひとつの想いだけなんだけれど。
俺がやろうとしていることは、何百年も続く長い歴史や、伝統っていうヤツを根底からきれいさっぱりひっくり返すことだ。
これは、成功してもしなくてもタダでは済まないだろうし、何よりお嬢さんに一番迷惑がかかる。
そんな、大きなことを俺だけの『好き』って心一つだけで始めて良いのか?
俺はお嬢さんのことを、心から愛してる。
けれども、この気持ちは俺だけの空回りなんじゃないか?
『好き』って言う俺の一方的な気持ちと一緒に、迷惑を押しつけることになるんじゃねぇかと思った」
宗樹は淋しそうに言った。
「もし、お嬢さんに振られても、執事になったら、毎朝ピアノを弾くんだろうな。
でも、お嬢さんを無理やり手に入れようとして、失敗したら。
このピアノにさえ、二度と触れることが出来ねぇ。
……そう考えると、心が押しつぶされそうになるんだよ。
もう二度と会えなくなるくらいなら、俺は一生お嬢さんの執事でもいいかな、って」
だから、さっき試しに『おかえりなさいませ』って言ってみたんだけど、それも、何だかしっくり来なくてさぁ。
そう言って、笑う宗樹が、悲しくて。
わたし、宗樹にもう一度、抱きついた。
「うわわわっ……まっ……待て!」
今度は、わたしが宗樹に飛びこむ力が強すぎたらしい。
椅子に座っていた宗樹はバランスを崩して、ガッターンと床に落ち、わたしは、宗樹の上に乗っかる感じになった。
「お嬢さん! 頼む! 今すぐ俺の上から、どいてくれ……!」
宗樹。
わたしの下で、長々と寝そべって色々騒いでるけど、無視!
「黙って聞いてれば、何よ!
一方的なのは『好き』って言う気持ちを押しつけることじゃなく。
わたしの気持ちも知らないで、自分だけで全部考えて完結しちゃうところが、一方的、なんだわ!
わたしだつて、宗樹のコト、好きなのに!
昨日だって、大好きだって言ったのに!
どうして判ってくれないの?」
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