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「あっ! いえいえ大丈夫です!

 確かに、そんなに簡単な曲にはならないと思いますけど!

 大好きな曲なので、全く苦じゃないです!」


「理紗の好きなのは僕の歌、だけ?」


「……えっ!?」


 困った顔の天使が目を細めると、ちらっと腹黒悪魔な顔になったような気がした。


 何かの見間違いかと見なおせば、蔵人さんは天使と悪魔の中間な顔をして笑う。


「歌だけじゃなく。

 僕本人も好きになって欲しいな、なんて。

 言ったら困る?」


 えっ! ええっと、それって……


 朝。


 宗樹も言ってたよね?


 蔵人さんの歌ってる気持ちの全部が、わたしの方を向いてるって。


 しかも、この歌。


 歌詞が無いくせに、誰がどー聞いても、ラブソングで……って!


 なんか、判りやすい蔵人さんの想いを、わざと無視しているような気がしてイヤ~~


 ピアノの前に座って、指慣らしを始めようかと思っていたわたしには、蔵人さんから、逃げる場所なんて、ない。


 困って身をすくませていると、突然、蔵人さんの頭の上で、べしっと紙の束が打ちつけられる音がした。


 見上げると、神無崎さんが何かの資料の束で、蔵人さんの頭を殴ろうとし……寸前で、蔵人さんがそれを手で払ったみたい。


「コラ! そいつはオレの女だ!

 オレサマの目の前で勝手に口説こうなんて、イイ度胸じゃねぇか!」


 紙の束の武器が、思った所に当たらず、余計に腹が立ったらしい。


 怒鳴る神無崎さんを蔵人さんが笑う。


「誰が誰の女だって?

 宗樹にならともかく貴様に言われる筋合いは、ない!

 しかも、貴様には本当の本命がいるじゃない、か!

 そいつがいくら手の届かない相手だからって!

 理紗を身代りになんて、させないからな!」


「てめ! 言わせておけば!!」


 神無崎さんには、実は本当に本命な、好きな人が別にいる。


 うん。


 それ、なんとなくわたしにも、判ってた。


 わたしに会ってから、ずっと自分の女になれ! と散々言ってたけれど。


 神無崎さんの視線は、わたしを素通りして、もっと違うヒトを見てた気がする。


 だから、怒っている宗樹よりも、笑っている神無崎さんの方が怖かったんだ。


 わたしの方に、本当の気持ちが乗っているわけじゃないから、怖い……!


 そんな、出会ってすぐのわたしにでさえ、判ってしまうそのコトが、神無崎さんにとっては、とても隠したい重要なこと、だったみたいだ。


 神無崎さんは、カッと顔色を変えると、宗樹が止める間もなく蔵人さんを殴りつける。


 ボスッ!


 今まで、避けられっぱなしだったその拳は、蔵人さんのみぞおちにキレイに、はまり……さすがの蔵人さんも、殴られたお腹を押さえて片膝をついた。


「蔵人先輩!」


「ライアンハート先輩!」


 蔵人さんに駆けよるわたしと井上さんにふ……と小さく息をつき、神無崎さんはそのまま、ふぃ、と準備室を出て行こうとした。


「裕也!」


「宗樹は来んな!」


 神無崎さんを追いかけようとした宗樹の声を振り切り、どこかへ消えてゆく寸前。


 わたし、神無崎さんと目があった。


 ………………………………


 …………………

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