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「西園寺さん!」


「はい!」


「西園寺さん、是非ウチの社交ダンス部に!」


「すみません、今ちょっと考え中でっ!」


「いえいえ、華道部に!」


「英会話研究会が先です!」


 最初のうちは、ちゃんと返事をしていたんだけど、あっという間にごちゃごちゃになって、収拾がつかなくなる~~


 だから、わたし、こんなことをしている場合じゃないんだってば!


 一刻も早く、旧校舎の第三音楽準備室に行きたいんだけど!


 でも旧校舎って今、部室や部の活動場所に使われている場所だからして。


 勧誘の皆さんが増えたって、減ることは無かったのよ~~!


 あっという間に、皆に取り囲まれて一歩も歩けなくなった時だった。


「……おい。貴様ら、どけ」


 低い声が集団を割った。


 そんな大きい声じゃない。


 けれども、本物の獣みたいな不機嫌で危険な声に、大騒ぎをしていたヒトビトが一瞬しん、と静まりかえり、止まる。


 そして次の瞬間ざわざわと、さざ波のように小さな声が、広がって聞こえた。


「蔵人・ライアンハートだ!」


 ぎょっとしたように呟いた、誰かのその声に止まっていた時間が、動きだした。


 昨日、神無崎さんと宗樹の二人がかりでもてこずった集団が、あっと言う間に蔵人さんのために道を開ける。


 二人でいる時は、はにかんで笑う困った顔の天使なのに、今は蔵人さんの銀に近い金髪が、ライオンの鬣(たてがみ)に見えるんですが。


 生徒会長でもある神無崎さんが、君去津高の王さまなら、彼は『魔王』だ。


 全く音をさせずに、すぅ、と滑るように歩く。


 そんな蔵人さんの周りから面白いように、人が後さずっていなくなり……あっという間に、わたしの目の前に、来た。


 そして、そのまま黙ってる蔵人さんの姿が、なんとなく困っているように見える。


 そっか。


 蔵人さん、Cards soldierと真逆な感じで有名だから、下手に声をかけて、わたしの連れだと思われると、迷惑になると思ってるんだ。


 そ、そりゃぁねっ!


 この高校に来た理由『お姫さま扱いされないフツーの生活』にあこがれたんだけど。


 西園寺の『経済力』って言うヤツ、直接前に出さなくてもたった三日目で、この騒ぎなんだもん!


 神無崎さんはわたしを預かった、って言うし!


 宗樹と仲好しだって言うことだって、多分時間の問題でバレるだろう。


 なのに、今更『フツー』でいたいと思っても無理だし。


 蔵人さんと知り合いだから、オトモダチになれない、っていうヒトとも付き合いたくない。


 それに何より、わたし、今、もっと大切なコトがあるような気がする!

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