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 とりあえず、宗樹が新米執事の表情かおして無表情のまま固まっていないだけ、良いんじゃないの?


 って、変な妥協して、わたし宗樹に抱きしめられながらすうっと、眠りにつき……


「俺の腕の中で、眠るんじゃねぇ、って昨日言わなかったか、莫迦」


 ……目が覚めた。


 そう言えば、宗樹にそんなことを言われた覚えがある。


 でも、嬉しいなぁ。


「にへへへへっ」


「……なんて表情して笑ってんだよ」


「だって、今日、初めてしゃべってくれたんだもん」


 だから……って言葉を続けようとした時だった。


 宗樹は、ふっと目を細めるとわたしの頬に唇を寄せる。


 そして、そのまま微かに触り……すぐ離れた。


「な……何?」


「……涙。あんた、泣いてる」


 いきなり言われて、まさかって笑った時だった。


 あっ……あれれ?


 わたしの頬に何かが、伝って落ちる。


 それが涙だと判ったとたん。


 水の粒は、あとからあとからあふれて来た。


「えっ……なんで……?」


 慌てて、ハンカチを出そうと、ポケットをぱたぱた探していると。


 宗樹は、ぱぱっと、長い指で涙を振り払い、そのまま、ぽすっと、わたしの頭ごと胸に抱きしめた。


「やだ……宗樹の服に、涙着いちゃう」


「いいよ別に。

 あんたの涙、拭いてるつもりだし」


「……フツーは、ハンカチ出さない?」


「執事だったら、真っ白くて糊のぱりっときいたヤツ出すかもな。

 だけど、俺、まだ、違げーし」


「宗樹は、西園寺の執事じゃないよね?」


 わたし、宗樹に抱き締められながらささやいたから、彼がどんな表情しいてるのか判らない。


 宗樹は、わたしの質問には答えずにはぐらかすように聞いて来た。


「なんで、泣くんだよ?」


「判んない。でも、宗樹が何もしゃべんないで、怒った顔、しているのはちょっと、やだなって」


 そうは言ってみたけれど、本当に一番いやなのはお人形さんみたいな無表情で。


 涙が出て来たのはきっと、宗樹が話しかけてくれて安心したからに違いなかったんだ。


 そこまでは言えずに、なんで、怒っていたの? ってそっと顔をあげたら、宗樹の困った顔に出会った。


「そか、俺。怒ってたように見えたか……?

 何も感じてない、つもりだったんだけどな……」


 やっぱりダメか、なんて息を吐く。


「……悪りぃ、俺、今頭ん中ぐるぐるなんだ。

 裕也がさ。

 やけに真面目な顔して、お嬢さんのコトが欲しいんだけど、どーすりゃいいかって言って来やがるんだ。

 最初は、裕也の絶対出来そうもねぇコト……

 まず、今関わってる女の子から、全部手を引けば? って言ったらさ。

 その場で、次々に女友だちに断りの電話かけやがんの」

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