53
わたしは、地面に置きっぱなしの宗樹の荷物を手に取ると、そのまま宗樹がひっくりかえってる車の後部座席に乗り込み、自分の手で扉を閉め、ついでにロックする。
そして、やっぱりビックリ顔で、呆然としている運転手さんに声をかけた。
「田中さん! お家に帰るから、今すぐ車を出して!」
「はっ、はい!」
「そうそう、家に着く前に『先輩』送るから!
爺の……じゃなかった、藤原さん家って判るわよね?
寄ってくれる!?」
「莫迦やろ~~!
ふざけんな! 俺は電車で!」
よっぽと驚いたらしい。
完璧につけてたはずの執事の仮面をあっさり壊し。
帰る! って騒ぐ宗樹に、わたしはぼすっと彼の荷物を押しつけた。
「もう、車を出しちゃったもんね~~」
『はい、シートベルトして』ってにこって笑ってみたら、宗樹は仕方なさそうにずるずると後部座席に沈み込むように座った。
「マジ……勘弁してくれ」
「どーして?
別にいいじゃない、帰りに一緒に車に乗るくらい。
電車は、ちゃんと付き合ってくれたのに」
わたし、なんで宗樹がこんなに頑固に一線を引きたがるのか、やっぱり良く判らなかった。
君去津駅で、騎士の真似事をして『わたしのモノ』ってやってたけれど、それは今とは、時代が違うんだよね?
「爺には、もちろん黙っておくけど?」
「……そういう問題じゃ、ねぇんだよ」
結局、わたしから一番離れた後部座席のシートに座り。
窓の外を眺める宗樹は、ふてくされたようにつぶやいた。
宗樹が、そんな態度を取る原因が判らないまま。
ウチの車は、見慣れた住宅街に入ってゆく。
山を切り開いて出来たかなり大きな住宅街で、田舎って言うよりは外国の絵本に出てくるような街だ。
おしゃれな街灯に照らされた、お菓子の国みたいな家々やマンションの建つ街並が広がっている。
「あら、宗樹の家って案外ウチに近いのね」
思わずつぶやいたわたしの言葉に、宗樹はぼそっと答えた。
「お屋敷の御用があるのに、自分の家が遠くちゃ仕事にならねぇだろう?
住所は別にあるけど、ここら一帯は通称『西園寺地区』って呼ばれてる。
お屋敷に直接住みこんでねぇヤツや、西園寺に勤めているヤツのいる家族は大体ココに住んでいる」
「ふうん」
「その中で、地区の自治管理を任されているのが、俺ん家、藤原家。
昔から、女衆の仕事だ。
そして、男衆はお屋敷で働き、そんな俺達の上に西園寺が君臨してる……今でも」
「君臨って、また大げさな……でも、本当に?」
「ずーっとずーっと長く続いていることだ。
日本に身分制度なんてモノが無くなって、これもまた長く経ったけど。
今までも、これから先もウチと西園寺家の関係だけは、きっと永遠に変わらない。
なのに、この藤原一族の末裔である俺だけが、西園寺と対等だなんて勘違いしちゃいけねぇんだよ」
わたし、今まで勉強やら、習い事やら、学校のお友達と付き合うのがだけが一生懸命で、知らなかったよ。
自分たちの住んでる地域が、どんなふうになってるのか、とか。
シキタリに縛られた、宗樹や爺の本当の立場、とか。
わたしは、宗樹の言っていることがちゃんと理解できずに、あとで散々泣く羽目になったけど。
宗樹はもう、先を見通していたように、窓の外を見ながらうつむいたんだ。
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……………
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