-第38訓- 女子はただでは転ばない
照り付ける日差し、国道一三四号線を走る車、薄着で闊歩する若者の群れ、そして目の前に広がる海。
砂浜にはたくさんの海の家がひっきりなしに立ち並ぶ。海の家と云っても安っちい焼きそばや具のないカレー、インスタント感の強い中華そばを売っている昔ながらの店はもうほとんどなく、都会的なオシャレなバーや南国リゾート風のレストランを模したものばかり。FMラジオの特設ステーションまであり、ゲストには有名人やアーティストが来ていたりする。
「海だー!」
「やばー!」
「映えるー!」
「インスタ撮ろー!」
海水浴場まで着くと女子五人は潮風に乱れる髪を抑えながら、きゃっきゃと足を急がせる。
ビーチの手前まで着くと倉高さんがスマホを片手で掲げ、皆で顔をくっつけ合い、イエーイと自撮り。
まるで俺たち男子などいないかのように盛り上がっている。
「……海がそんなに珍しいもんかの」
ガキの時から海を見飽きてる俺からするとそこまでテンションが上がることが不思議でならない。ここ数年で何度も目の前を通ったことはあるが、こうやって砂浜まで来るのは下手したら小学生ぶり。でも特に何も感じない。
そもそも彼女らにとっても海なんてそんな遠い存在でもないだろう。来ようと思えばいつでも来れるだろうし、横浜にだって海はある。
ちなみにこれは豆知識だが、夏にここに来てんのはほどんど埼玉県民らしい。地元民ヅラしている真っ黒なムキムキのにーちゃんたちも、海外セレブみてぇなグラサンをしている派手な水着姿のねーちゃんたちも大体埼玉県民。そう思うとあのイケイケな若者たちが一気に全員ダサく見える不思議。さすがは埼玉。その力は偉大である。
「七里お前こんなとこ住んでんのかよ。すげーな」
「ねー、羨ましい。毎日旅行気分だよ」
「俺がななっちゃんならとりあえず海行って水着の女の子見まくるわー」
意外にも俺以外の男子陣も海にはテンションが上がるらしい。ほぉ、そういうもんなのか。
「言っておくけど俺んちここから歩いたら30分以上かかるぞ。だから別にここに住んでいるわけじゃない」
海の近くに住んでいると言ってもこの賑わった海水浴場の近くに住んでいるわけではない、ということを言いたかったのだが、
「それでも十分近いわ! チャリなら10分だろ」
稲村からつっこみが入る。いや、そうにはそうなんだけど……こういうの地元民にしか伝わらないよなぁ。
すると「ちょっと男子ぃー」と少し離れたところから小学生の時よく聞いたようなセリフが耳に入った。あと合唱コンクールの練習の時にも聞いたことがある。
「ビーチパラソル借りてきてくれるー? あれ結構力仕事だしー。あ、シートは持ってきたから要らないー」
ここで初めて女子が男子に話しかけてきた。
腰越さんのその声対し、稲村は「おう、わかった」と答えた。
おいおい、パラソル借りるのお金かかるんですがそれは……ああ、あれか。デートは男が金払って当然でしょ的な?
……ふざけんなよ、俺たちはお前らとデートしにきたわけじゃねぇし、そもそもお前らの提案に乗って来てるんだぞ。そこんとこわかってんのか? あ?
そんなことを考えているうちに、女子たちはさっさとビーチに行っており、「砂熱ぅー!」「やばいやばい! 日陰日陰!」と楽しそうに砂浜を駆け回り始めていた。クソ女どもめ……。
「……借りに、行こうか」
江島の声で仕方なく男子はビーチパラソルを借りに行く。ほんとお前ら女を甘やかすよなー。これじゃただのパシリじゃねぇか。
パラソルを二本借り、代金は稲村が「俺がみんなを無理やり呼んだから」と全て払ってくれた。あれ、結構いい値段するのな……一介の男子高校生には痛手だろうに。
パラソルを持って女子たちのもとへ向かうと、彼女らは砂浜でもパシャパシャ写真を撮っていた。すると腰越さんが俺らに気づいて女子のもとを離れてこちらに来ると「これよろしく」と今度はレジャーシートを手渡される。
……ちょっと待て。ここに敷けってことか? おいおい、さすがにナイだろこれは。
稲村がいる手前セーブしていたけれど、さすがにこれは酷い。女子たちが遊んでるのに何で俺たち男子が仕事してんだ。そもそもこの俺が女にこき使われるだと? そんなん許せるかバカ。
「のぉ。何であいつら」
「……ごめん。ちょっとだけ我慢して。あーしはやるから」
俺が女子たちに文句を言うのを先読みしていたかのように、腰越さんは俺だけに聞こえるよう小声で制してきた。
お、おう。何か意味ありげだし……今日はクールにしておいてやろう。俺偉い。
仕方なくシートを敷き、風で飛ばないよう重石代わりに荷物を置いてパラソルを立てる。
しかしよ、仲直り会と称してるくせに女子たちは明らかに俺ら男子に塩対応すぎるだろ。わけわかんね。何がしたいんだこいつら。つかパラソルうまく刺さんね。疲れた。帰りて。
なんとかして一通り作業を終え、俺たち男子は敷かれたシートに腰を下す。長谷はいつのまにか水着姿になっていて、一人で海目掛けて突っ走っていた。元気だなぁ。俺は休む。なんなら帰る。
「私も泳ごうかなー。げぬー行くー?」
「
「あ、まだだった。あ、ゴエちゃんそのバッグ取ってくれる?」
「あいよん」
俺の知らない女子、なんとかさんの名前は今鵠沼が言った通り、岸さんとのこと。あとゴエちゃんて誰かと思ったら腰越さんのことなのね。
さっき海に向かう途中江島にも聞いたのだが、岸さんは倉高さんと同じクラスの女子らしい。
ともあれ、B組からは鵠沼と腰越さんと楽寺さん、F組からは倉高さんと岸さんがこの仲直り会に参加しているということだ。雰囲気を見るにこの二組はもともとそれなりに交流はあるっぽい。つまりこいつら半ば内輪で男の取り合いしていたのか。女の世界怖い。よく仲直りできたな。本当にしてるかは怪しいが。
「あ、あたしらは塗ってきたよね」
「うんうん、塗ってきた」
楽寺さんと倉高さんはそう言い合う。まるで過去に一人の男を取り合ったことなどなかったかのように。
ってか、なんか変じゃね? 日焼け止め塗ったかどうかこんな口頭確認するか普通? わざとらしいというか、演技じみてるというか……。
そんなことを思案しているとその二人が、
「……じゃ行こっか」
「……うん」
と小さく言い合ったように聞こえたかと思うと、楽寺さんと倉高さんはシートに居座る俺ら三人に前までやってきた。
え、何……何だ? こわいこわいこわい。
彼女たちは俺たちと対峙するように仁王立ちし、フンと見下ろしてくる。
そして、
「「よっと!」」
「「「!?」」」
思わずギョッとして座ったまま身を引いてしまった。俺も、稲村も、江島も。
なぜなら、俺らの目の前にいある女子二人はその掛け声とともに、急に服を脱ぎ始めたのだ。
校内でも可愛いと割かし評判な女子二人が、目の前でストリップショーを開始するというラッキーな状況のはずなのだが、びっくりしすぎてそれを堪能する余裕などなかった。
そして二人は脱ぎ終えた服を華麗にバッと左右に放り投げる。
何だ何だ何だ? 服脱ぐと戦闘力でも上がんの? ドラゴンボールなの? 流行ってんのかそれ?
放られた服は腰越と岸さんがそれぞれ見事キャッチ。この異様に演出じみた光景に俺ら男子三人はどうしていいのかわからない。
逆光にそびえる二人の美少女は腰に手を当て、「ふう」と一息ついて俺らを再び見下ろす。
あ、水着、着てきたのね……。
当たり前だけど真っ裸ではなかった。しかし俺のスカウターはちゃんと彼女二人をロックオン。ほら、ドラゴンボールらしいから。
楽寺さんはザ・王道なトライアングルビキニ。ゼブラ柄という艶かしさと彼女のうぶな白い肌がいい感じミスマッチで、妙なもどかしさが男心をくすぐる。
そしていつもと同じくブロンドヘアーを前髪以外全て纏めてお団子にしているため、そこから伸びるうなじから首もと、鎖骨がこれ以上ないというくらいに露になっている。
一方で倉高さんは薄ピンクでペイズリー柄のホルターネックビキニ。柄的に少し目をぼかすと下着っぽく見えてしまう絶妙なデザインだ。
そしてこのタイプは胸の重量感が非常に強調される。そうでなくても高校生としては豊満なバストを持つ彼女。男としては目がいかないほうがおかしい。
彼女ら二人とも、健康的で嫌味のないエロスを醸し出していた。
……なるほど、これはなかなかの戦闘力。あやうく俺のスカウターがクラッシュするところだった。WE GOTTA POWER、いっぱいおっぱいボク元気。やかましいわ。
「「……ふふん♪」」
すると楽寺さんと倉高さんは俺らに対し悪戯っぽい笑みを浮かべた。そして、
「エト、一緒に泳ご♡」
倉高さんが江島の手を引く。
「え!? いや、マズいよ……俺彼女いるし」
江島も彼女たちの戦闘力に当てられたのか慌てふためく。
そしてそのまま海の方に連れて行かれてしまった。なんだこれ。
「七里も、ほーら!」
次に楽寺さんが俺の腕を引っ張ってきた。
「え……!?」
俺も? なぜ? しかもよりによって楽寺さんに……なぜ?
疑問符が止まらない。今のこの状況にもそうだが、鵠沼軍団の一員であり、由比さんの件で鵠沼とともに俺を非常階段まで呼び出し、一緒にイジメまで敢行して、ましてや夏休み前のファミレスで俺の説教を食らった彼女にこんな仲良さげに誘われていることにだ。
「ほらほら! そのTシャツと短パン脱いで! 水着下に穿いてるんでしょ?」
「あ、ああ……」
そんな脱げ脱げって……やだ、この子大胆。
わけのわからないまま、気圧されるままに俺はとりあえず下だけ脱いだが、シャツを脱ぐ前に引きずられるように海へ向かわされた。
ふと振り向くと、稲村は目を丸くしてポツンと独り残っていた。彼に背を向け、鵠沼と岸さんはパラソルの下で日焼け止めを塗りあっている。え、稲村は誰か誘わないの?
「七里どしたー? あたしの誘い断る気ー?」
楽寺さんが後ろを振り返っている俺に声をかけてきた。何か、こういう彼女を見るのは久しぶりだ。しかし、
「な、なにこれ?」
相変わらず俺は状況が読み込めず、純粋に尋ねた。
すると楽寺さんは「へへへ」と笑う。いや、へへへじゃわからん。
「ごめんね、驚かせて。あと夏休み前ファミレスでのこと謝ろうと思って」
楽寺さんは「ごめんなさい」とこうべを垂れてきた。
お、おう。でも別に俺に謝ってほしかったわけじゃないからそんなことする必要はないんだけど……ってそうじゃなくてな、今のこの状況を説明する答えにはなっていないだろそれは。
「でも、最後に悪あがきだけさせて」
悪あがき? どういうことだそれ?
首を傾げていると楽寺さんから説明があった。
「イナっちにあたしら振ったこと後悔させてやろうと思ってさ。絶対うちらの方が、いい女だもん……!」
ふん、と鼻を鳴らして両こぶしを腰に当てる楽寺さん。
えーっと、なるほど……なるほど? いやまだよくわかんないけど、たぶん彼女、いや彼女らの目的はこうだろう。
さっきの脱ぎっぷりも、見せ付けるような水着姿も全て、俺や江島ではなく稲村に向けられたものだったのだ。
確かに楽寺さんも倉高さんも普段より綺麗な気がする。メイクや身嗜みにめちゃくちゃ気合入っているような。
「つまり……稲村に『こんないい女を二人も振って、あんたバカじゃないの?』って見せつけたかったってこと?」
「そう! 今日まで超がんばってダイエットとかしたんだから!」
なるほどなるほど。今度こそなるほどだ。
要は今日までにめちゃくちゃ綺麗になって、その姿を稲村に見せつけて、自分と付き合わなかったことを稲村に後悔させる寸法ってことですね理解しました。
「あともう一個作戦あったんだ」
え、なに? まだ何か隠してんの? 怖ぇーよ。女の作戦て妙に計算高いから。
「七里ともこれで今仲直りしたってことにしてくれる?」
あ、そゆことね。初っ端に謝られたしねそういや。
「いや別にもともと仲良くないし、仲直りとか要らないと思う」
すると楽寺さんは笑った。ん? 何か面白いこと言った俺?
「何それー、酷くない? ウケんだけど。……いいよね? ダメ?」
無意識なんだろうが、上目遣いで訊かれた。これが倉高さんなら絶対意図的だが、どうも俺も男であるらしく、そんな風に水着姿の可愛い女子にせがまれるのは悪い気がしなかった。
「ああ、いいよ。俺もあん時イライラしてたしの」
なぜか、つい視線を逸らしてしまう。
しかし女って何でこう、仲良くなった! 仲悪くなった! ってはっきりさせないと気が済まないんだろう。
例えば女子同士で喧嘩して、その後しばらくすると「一回二人でちゃんと話そ!」とか言ってカフェやファミレスあたりで必ずミーティングを設ける。たぶん楽寺さんと倉高さんもやってる。知らんけど絶対やってる。
逆に男子同士は喧嘩をしても、そんな会は催さない。仲直りするならお互い自然と歩み寄って少しずつ話すようになって、最終的に元に戻る。そんな感じ。
「ありがと。ってかこうやって二人でちゃんと話すのはほぼ初めてだよね? これからよろしくね」
「……よろしく」
すみません、嘘です。よろしくないです。今日が特殊ケースなだけでたぶん今後もほとんど会話せずに過ごすと思います。
「ってかこの際だからげぬーとも仲直りすれば?」
「無理。というか別にもともと仲良くないし」
そもそもそんな必要性がない。お互い嫌い合ってるし、仲良くなるメリットもない。
「またそれー? まぁ、げぬーはハードル高いかも。でもほんといい子だよ? あたし大好き」
それ、由比さんも同じようなこと言ってたな。ほんとかよ。
「ってかもう気張らなくていっか」
楽寺さんは何かから開放されたかのようにうーんと伸びをする。
……脇、いいね。ご馳走様です。
「……ふぅ」
おっと。
脇を凝視していたのを悟られないようすっと視線を戻した。バレなかったかな。あぶねーあぶn……。
「…………」
少し、驚いた。
そしてすぐに彼女がさっき発した「気張らなくていい」の意味を知った。
なぜならさっきまで元気溌剌だった彼女が、急にどこか遠くを見るような目をしていたからだ。
そして、ため息交じりに一言呟く。
「イナっち、後悔してくれるのかな……」
そう言う楽寺さんの横顔は少し切なくて、それには妙に惹かれるものがあった。
なんというか、彼女の本当の姿を今初めて見たような気がしたのだ。
俺の中でのは楽寺さんの印象はうるさくて、ミーハーで、気分屋なめんどくさい女というものだった。
それが違っていたとは言わないが、もっと根本的な部分を俺は見ていなかったのかもしれない。
彼女は単純に――――稲村に恋をして、振られて、傷ついているただの女の子。
確かに彼の優しい嘘によって傷は浅く済んだが、決して無傷だったわけではない。
彼女はさっき言った、最後に悪あがきをさせてと。
それはつまり、そういうことだ。
もうこれでこの恋は終わり。この先はないのに、やっても無駄なのに、最後の最後でやるのがいい女アピールとはね。
……なんだよ、いじらしいじゃねぇか。
男だったら絶対やらないし、できない方法だ。女子のこういうところはちょっとすごいなと思ってしまった。これはミソジニストにあるまじき感情なのかもしれない。でも……、
「後悔、してくれるとええの。なかなかの演出だったと思うぜ、俺は」
このくらいの慰めを言うくらいは、許して欲しい。
「……ぅん」
楽寺さんは小さく頷いた。
それを見た時、少し泣きそうになっている彼女に気付いたが、俺は何も言わず、気付いていないフリをした。
それとは対照的に、周りは盆の海を楽しむ若者の喧騒で溢れている。それがより一層、楽寺さんという存在を際立たせるように感じた。
「~っよし! 仕方ないからイナっちのことも誘って遊ぶかっ! みんなー!」
彼女は気持ちを切り替え、元気よく皆を呼ぶ。
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