-第36訓- 女子は昔の話を蒸し返す

「Come on コーディ。How about a bite?」


「だねー。さすがにお腹すいた」


 ナンパがひと段落ついたのか、ウェスと航大はぞろぞろと俺のもとまで戻ってきた。


「よぉ、気が済んだかの? 残念だったな、誰も捕まらなくて」


 不発に終わったらしい苦労を皮肉ってそう言うと、ウェスは首を傾げた。


「What in da world is going on here? 分かってねーな。ダイセーコーだ」


「……?」


 誰も連れてきてないくせに何を、と思うとウェスは続けざまに言った。


「ストリートでのナンパはな、話しかけるのがモクテキなんだよ。短時間でその場でオンナのコを掴まえようなんてほぼムリだ。スーパーボウルのチケット買うようなもんだぜ」


「……言い訳くせ。あと例えも大袈裟だ」


「Shut da fxck up! こいつを見やがれSon of a bitch」


 ウェスは握っていたスマホを俺に突き付けてくる。


「確かにオンナのコは一人も掴まらなかったが、LINEのIDは六人、インスタは八人ゲットした。こっからがショーブだぜMy Bro」


 あ、そう……抜け目ねぇな、ほんとに。


「所詮ナンパは Probability theory確率論だ。集中して一人のオンナのコを口説くやつが勝つんじゃねー、軽くでもたくさんのオンナのコに話しかけたやつが勝つんだ。まさにThrow dirt enough, and some will stick!」


 ほう。結構考えてやってるんだな。こいつはバカだが、頭は良い。


「ただ、話しかけすぎて連絡先と話しかけたコの顔がイッチしないのがモンダイだぜ……」


 訂正。やっぱただのバカだった。

 まったくよくやるよ。何がそんなに面白いんだk……。


「……ナンパって、そんなに面白いのか?」


 ふと、さっき思っていたことがよぎり、訊いていた。

 男には女が、女には男が、そんなに必要なのかと思った、あれだ。


「……Wow! シチもやっとその気になったか! 行こうぜ行こうぜ!」


 あ、やべ。めんどくせ……。


「やっぱ何でもn」


「Hey! あの二人組とかネラいメだぞ!」


 断ろうとするも、そうウェスに背中を押されてしまう。

 先の通り、ナンパとは、女に媚びへつらい、持ち上げに持ち上げる行為。そんなもの、ミソジニストである俺には許されない所業だ。

 だがウェスたちを見る限り、女を口八丁で手駒にしようという点は、ミソジニストの女に対する扱いとそんなに変わらない気がする。騙すか、暴言を吐くかの違いくらい。

 つまりどちらにせよ、女を軽視した行為だ。

 ……まぁ夏だし、祭だし、何かに当てられたと思って、ものは試しに一度くらいやってみてもいいかもしれない。


「…………」


 うっ……。

 いざいこうとすると、緊張すんのな……。

 ウェスに勧められた女の子二人組の背中を目の前にして、不本意ながら怖気づく。

 ウェスと航大は何度もこのプレッシャーを乗り越えてたっつうのか。地蔵になるやつの気持ち、今ならすげぇ分かるぜ。

 するとそんな俺を気遣ってウェスがアドバイスをくれる。


「Come on! どうせもう二度と会うことはないニンゲンだぜ? どう思われようが知ったことかよ。アレだ、日本人はよく言うじゃんか、『みんなポテトだと思えばいい』ってよ」


 ……? ああ、ジャガイモな。人前に出るとき緊張したら全員ジャガイモだと思えばいいってアレね。何かポテトって言うと相手のことすげぇバカにしてるように聞こえる。

 ……待てよ。確かに女をバカにして見下すくらいの方が緊張もほぐれるかもしれない。しかもそれに関してはミソジニストであるこの俺様の得意分野だ。ウェスの言う通り、女にどう思われようが構わないってのは俺のスタンスでもある。

 そう考えると、ミソジニストとナンパは意外と相性悪くないのかもしれない。

 えーっと何だろ。女なんかカス、女なんぞクソ、女ごときゴミ……よし、みんなポテトどころか排泄物とか廃棄物に見えてきたぞ。完璧だ。

 最低な心の落ち着け方をして、俺はウェスが指名した二人組のもとへ繰り出した。


「こん、にち、わー。好きなもん買ってやるから一緒に回りませんかー」


 自己暗示が強すぎてものすごく高圧的な台詞回しで彼女らの背中に向かって挨拶してしまった。

 すると後ろでウェスと航大が「ダメだこりゃ」と頭を抱える。だって排泄物とか廃棄物に話しかけてるんだぜ? こうもなるわ。

 すると女二人の片方が、こちらも向かずに言い放つ。


「うざ。きめんだよ。さっさと死ね」


 そして俺を無視し、そのまますたすたと歩いていく。


「…………」


 その瞬間、もう二度とナンパなどしないと天にまします我らの父に、俺は誓った。


「……Hey シチ。今のはお前が悪いぞ」


「ウェスが選んだ女の子も悪かったけどねー。あそこまで言う人も珍しいよ」


 見かねたウェスと航大が傍によってくる。

 ナンパすると女にこんなことまで言われるのか……はー、なるほど。

 ミソジニストとナンパの相性が良い? ねーわ。ねーよマジ。ねーんだよクソが……!

 それにしてもナメやがってあのアマ……。俺の顔すら見てねぇくせにそこまで言われる筋合いはねぇ……!


「おい、ちょっと待て」


 見知らぬブスにバカにされ、黙っていられる俺ではない。


「てめぇ調子乗ってんじゃ……ふぐっ」


「やめろシチ。ここでキレたら完全にヤカラだぞ」


「そうだよ。だからヤクザの息子とか言われちゃうんだよ」


 ウェスに口を塞がれ、航大に両脇をロックされ、阻止される。くっそ……!

 すると俺の声が聞こえたのか、暴言を吐いた方ではないもう一人の女がこちらを見た。

 

「……!?」


 その彼女の顔を見て、俺は抑えられた体を振りほどくのを止めてしまった。


「……あれぇ? ナナリーじゃぁん」


 俺を変なあだ名で呼ぶ、妙に甘ったるい口調。聞き覚えしかなかった。

 ……や、柳小路、さん?

 普段と髪型が違ったせいで後ろからだと全く気付かなかったが、俺がナンパしたのはあろうことか知り合いだった。

 ってことは、もう一人はまさか……。


「なぎ、ああいうのと関わっちゃ……は?」


 よく考えれば、ナンパされてそれを無視する女は数多いるだろうが、無視しつつ秒であんな暴言吐ける女なんてそうそういない。

 女からすればナンパしてくる男なんて軽く不審者だ。そんな相手の神経を逆撫でかねない発言など、怖くて普通はしない。

 そんなことをするとすれば、無駄に肝の据わった、凶暴な女だけだろう。


「何でいんだよこいつ。マジきんも」


 そう、まさに凶暴。数多の男をビビらせ、この俺にさえも正面から歯向かい、女王のように君臨するその女こそ――――、


「鵠沼……」


 顔を見ていなかったのは、俺も同じだった。

 その時、どんなに気に迷いがあっても、どんなに何かに当てられたとしても、どんな免罪符があっても、もう二度とナンパはしないと、天にまします我らの父に、俺は再び誓ったのであった。


    ×××


「Wow! なぎちゃんミネのこと知ってんのか! あいつマジつまんなくね?」


「そんなことないよぉ。いい人だよぉすごく」


「イイヒトぉ? それはどうでもイイヒトぉ? Hey, シチ! オマエ、ミネとトモダチなのな! 教えろよ!」


 結果だけ言えば、俺のナンパは成功した。

 あの後、声をかけてきたのが俺だと気付いた柳小路さんは自ら俺たちに絡みに来て、ウェスたちとも意気投合。

 今は女子二人をベンチに座させ、その向かいに俺らが立ち、ウェスは柳小路さんに持前のトーク力を駆使している。


「……言いそびれてただけじゃ」


 話を振られた俺は気だるく答えた。

 ちなみに航大はじゃん負けしてメシの調達に行っている。

 どうせなら俺が行けばよかった……。そしてそのまま家に帰ればよかった……。

 そういえばこいつら大ちゃんと同じ、うちの隣の市が地元だったんだ。確かにこの祭に来ててもおかしくはない。


「……はぁ」


 思わずため息が出る。にしたって、気付かなかったとはいえ何でよりによって俺は鵠沼なんかを……。


「何ため息ついてんだよ。そうしたいのはこっちだっつうの。映画観たついでに祭なんか来るんじゃなかった。あー帰りて」


 私服姿で足を組んだ上に肘をついて頬杖する鵠沼が俺へ視線もくれずに言ってくる。


「うっせ。てめぇだと気付いてたら話しかけなんかしてねぇわ。お望み通りさっさと一人で帰りやがれ」


「ふん。あんたと、あんたの連れてる男どもなんかになぎを預けられるか。どうせクズの集まりだろ。なぎ一人にしたら何されるかわかったもんじゃない」


 こいつ、ほんと失礼なやつだな。まぁ俺らがクズなのは大正解だし、ウェスや航大も似たようなもんだし別に腹を立てたりはしないが、そこまで警戒されなきゃいけない謂れはない。


「それに、あんた地元じゃナンパとかしてんだ。マジきっも。由比のことは振ったくせに」


「はぁ? いま由比さんは関係ねぇだろ。そもそもいつの話しとんじゃ。ったく、何でこう腐れアマは決まってみんな昔の話を蒸し返したがるんかのぉ」


 そう、これも女の特性、その一つ――――昔の話を蒸し返す。

 付き合っている彼女と喧嘩したことのある者には、これを体験した者も多い思う。

 以前にきちんと解決したはずなのに、「あのときあなたは○○と言った」、「あのとき△△してくれなかった」、「前々からずっと思ってたけどあなたって××よね」と今は関係のないことを過去にさかのぼって怒り始める、などがよくある例だ。

 ……俺、これほんと嫌い。

 言いたいことあんならな、その時に言え。その時は色々あって言えなかっただと? じゃあ何で今言えんだよ。その話、今ほど関係ない時ねぇだろバーカ。と言いたい。

 まぁ俺が考えるに、女がこの行動に走るのはこういう原理があるんじゃないかと思う。

 先の通り、女は男と違って〝感情〟を優先させる生き物だ。

 こいつらのお得意の感情論には理論も理屈もない。ひでぇ時は「分かんないけどムカつく」とか言い始め、理由すら存在しないという意味不明っぷり。

 しかし、理論も理屈も理由もないってことは、裏を返せば『後ろ盾となるものがない』ってことだ。

 つまり、感情論とは非常に弱く、とても浅い主張なのだ。

 これでは理論、理屈、理由で構築された男の主張にはとてもじゃないが歯が立たない。


 ――だから、その感情論に〝補強〟をするため、女は無理やりにでも過去の話を持ってくるのだ。


 しかもこの〝補強〟がめちゃくちゃ厄介極まりない。ある種のチートと言っていい。

 なぜなら男は一度解決した問題のことなどいちいち覚えていない。だからそれについての反論は「それは今関係ないだろ」以外にほとんどないことが多い。

 すると、女はここぞとばかりに過去のことを次々と持ち出し、本題であるはずの今の問題をうやむやにして話をすり替え、自分の有利な方へ持っていく。

 おかしいだろ、こんなの。

 女のこの〝補強〟なんて要は〝後付け〟だ。

 平凡な家庭の主人公って設定だったのに、何の伏線もなく突然実はその筋では最強な家系の末裔でした、っていう少年漫画みたいなもんだ。

 説得力など皆無のはずなのに、公式的に最強という設定にされてしまう。

 ……こんな理不尽許せるかバカ。世間が許しても、俺は絶対許さねぇ。


「……あんたがよく言うその『女はこうだ』みたいな決めつけ、どっからくんの? バッカみたい」


 そんな風にミソジニーがキマッていると、鵠沼がこちらを見て、言った。


「どっからくるも何も、客観的真実を言っているまでじゃ。ま、女にとっちゃ認めたくないもんだろうけどのぉ」


「くっだらね。ほんと何で由比はこんなのを……」


 まーだそのネタ引っ張るのか。しつけぇ。

 ならば仕返しに、俺もこいつのプライベートにナイフ突っ込んでやる。


「知るかボケ。大体お前よ、他人のことに首突っ込んでる暇があんならな、自分のことでも心配してろ。予備校で言ってた例の好きな人? のこととかよ」


「…………」


 すると、鵠沼は機嫌悪そうに俺を睨んでくる。


「んだよ、うまくいってねぇのか。ま、そらそうだわな。お前みたいな口の悪い女誰も相手にせんわ」


「……ふん。うるせ」


「おうおうおう。他人のことを干渉しまくるくせに、自分がされんのは嫌がんのか。そういうのな、自己中言うんじゃ。覚えとけカス」


 これで少しは他人に干渉される迷惑さを思い知っただろ。それでもわからねぇようなら、頭が悪いとしか言いようがねぇな。


「この世界はの、お前を中心に回ってんじゃねぇんだよ」


 俺は追い打ちをかけるように、言葉を続ける。何か調子いいな、今日は。腕が鳴るぜ。

 すると、鵠沼は一息ついてから、言った。


「――それ、あんたにだけは言われたくないわ」


 ……つまんねぇ返し。暖簾に腕押しとはこのことか。


「何言ってやがる。俺ほどの脇役、この世にはいねぇ。むしろ悪役かよってくらいだ」


 俺の脇役っぷりナメんなよ。糸目で方言喋って性格悪いとか、完全に主人公のそれじゃねぇ。悪役ぶりに関してはご存知の通りだ。


「ふーん。じゃあその脇役だか悪役だかの末路、知ってる? どうなるか」


 ……何だそれ。相変わらず意味わかんねぇ女だな。


「上手いことでも言ったつもりか? 言葉遊びして話すり替えてんじゃねぇ」


 お前なんかと落語をする気はねぇんだよ。

 すると、食い物を抱えた航大が「みんなー、買ってきたよー」と帰ってきた。


「I’m starving! 待ってたぜコーディ」


「はい、お釣り。えとね、たこ焼きとー、イカ焼きとー、ホルモン焼きとー、串焼きとー、チョコバナナとー、綿あめとー、金魚とー、射的の景品! 好きなの選んでー」


 買ってきすぎだろ。つうか後半何か食いもんじゃないの混じってたぞ。しかも射的やってきたのかよ一人で。どおりで遅いと思ったら……。


「柳小路ちゃん、鵠沼ちゃん、どれがいい? あ、これ全部ウェスの奢りだから大丈夫」


 ナンパした相手にはレディーファーストなのか、航大はまず女子たちに買ってきたものを選ばせる。


「えぇ~、いいよお金払うよぉ~」


「あー、いーいーいー!」


「でもぉ~」


「大丈夫だって。ウェスは金払わないと死んじゃう病だから。やつ命を救う為にも奢られてよ」


「なにそれぇ~。じゃあ、いただきまぁす」


 男女でよくある押し問答を繰り広げ、最終的に柳小路さんは航大の冗談に笑ってチョコバナナを受け取った。

 ……しかしこの押し問答、可笑しなやりとりだよな。

 デートでも合コンでもそうだが、女は財布を出して払う意思を見せるくせに、いざ払うことになると後で「ケチかよ」と女同士で愚痴り合う。

 男は男で奢らないとかっこつかないと思っているくせに、いざ女が財布を出して払う意思を見せないと後で「奢られる気満々かよ」と男同士で愚痴り合う。

 これに関してはミソジニストの俺には珍しく、男女どちらに対しても否定的。

 しち面倒くせぇやりとりだ。シチ、面倒くせぇと思うやりとりだ! ……やかましいわ。


「はい、鵠沼ちゃんも。好きなの取って」


 航大はお次とばかりに鵠沼に選ばせる。

 さっきから気になってたけど、鵠沼ちゃんって呼び方やめろ。笑いそうになるから。


「ん」


 鵠沼は五十音の最後の文字だけ言ってたこ焼きを取ったのだが、代わりに五〇〇円玉を航大の手のひらに置いた。


「え? いいっていいって。逆に困るよウェス死んじゃうから」


 あくまでそのネタ通すのな……。そういうの、鵠沼にはウケないと思うぞ。


「……そういうのしち面倒くせぇからやめろ」


 ほら。しかしお前も同じ考えか。シチも面倒くせぇと思います! しつけ。


「こわっ。シチー、超怖くないこの子ー? やばー」


 航大は俺にそう言うが、本人目の前にしてそんな発言できる時点で全然怖がってねぇじゃねぇか。

 ……そういえば初めて見たかも、俺以外で鵠沼を目の前にしてビビってない男子。さすが基地外のコーディ。


「鵠沼ちゃんIt's so coolねー。そういう子嫌いじゃないぜオレは!」


 すると、ウェスもそれに乗って鵠沼に絡む。


「…………」


 しかし鵠沼はそれに何も答えず、たこ焼きのパッケージを開けるだけだった。


「Wow~シカトされちったぜー」


 ウェスはおどけてみせると、柳小路さんが「ごめんねぇ~、こういう子なのぉ~」と代わりに謝る。


「本当はいい子なんだよぉ~。げぬーって呼んであげてぇ」


 すると鵠沼は「なぎ、てめ」と釘を刺すが、もう遅い。


「ゲヌー? へー、So cute! and be euphonious!」


 どこがだ。とりあえず女には可愛いって言っておけばいい的なアレだろうけど。


「ほえー。何かこのイカ焼きみたいなあだ名だねー」


 航大、それはゲソな。ゲソー。あとそれ微妙に悪口っぽくなってる。いいぞ、もっと言え。

 ちなみに俺的には二、三〇パーセントくらいの確率でパワーアップさせてくれそうな医者の助手みたいなあだ名、というのが第一印象だった。


「あはは! 二人とも面白ぉ~い! ってかウェスくんはハーフ?」


 チョコバナナを頬張りながら笑う柳小路さんはウェスに訊く。


「Nope~! オレはジュンケツのアメリカン! 親がリコンして新しいダディ―がジャパニーズなだけ。でもしょっちゅうカリフォルニア帰ってるからねー。おかげで高校の単位ヤバめ! HAHAHAHA!」


 そういえば中学ん時もこいつしばしばアメリカに帰ってたもんだから3年の最後単位足りなくて先生にレポート書かされてたな。


「笑いごとじゃねぇだろお前。高校は義務教育じゃねぇんだから気を付けろよ」


「ギブキョーイク? あのヨジジュクゴとかいうチャイニーズレターのかっこいいやつ? オレそれ背中に入れたらイカす?」


「やめとけ。確かにたまにわけわかんない漢字彫る外国人いるけども。つかギブじゃなくてギムな。誰が教育を与えるんだよ」


「でもある意味国から教育与えられてるからギブ教育でも合ってるね。それタトゥーにしたら女の子にウケるよ絶対。うわ、このイカ焼きなんか不味い」


「マジかよコ―ディ。ちょっとケント―するわ」


「おい、航大が言ってんのは冗談だぞ。ジョークなジョーク。マジやめとけ」


 そんな風に三人で盛り上がってる間に、女子二人も話が弾んでいたようで、


「ねぇ、げぬーたこ焼きシェアしてぇ~」


 柳小路さんが鵠沼に求めると「ほら、口あーんして」と言い、食べさせる。

 そして柳小路さんが「おいしー! じゃあげぬーも、はぁ~い」と鵠沼にチョコバナナを同じように差し出す。


「どう? 美味しくなーい?」


「……美味しい」


 女子たちも一瞬にして二人の世界になっていた。

 なんかこう、こういう瞬間ってあるよな。男女でいても急に男子、女子だけの世界になっているとき。


「Awesome……こういう光景はスバラシイね。男子校通ってるオレにとってはシミるぜ~。まさにオアシス!」


 俺の隣で同じく彼女らを眺めていたウェスがDon't look back in angerでも聴き浸るように呟く。オアシスだけに。


「え? なになに? 素晴らしいって何が? こういう光景て? ん?」


 イカ焼きと綿あめを食うのに夢中だった航大は彼の発言に対してそれが何のことか理解できていない模様。つーかその食べ合わせやめろ。だからマズいんだろ。

 でもほんと、鵠沼もいつもこうして大人しくしてりゃあ少しは見れたもんなのによ。

 すると俺らの周りが急にわー! っと盛り上がった。

 何かと思って見てみると、神輿を担いだ兄ちゃんたちが丁度近くの広小路を通るところだった。


「わーすごぉい! げぬー見て見てぇ!」


「見てるって」


 柳小路さんと鵠沼もそれに反応し、立ち上がって眺める。


「Great! もっと近くで見ようぜEverybody!」


「うん! 行こ行こぉ~! ほらげぬーも!」


 ウェスと柳小路さんに引っ張られるような形で五人は神輿の方に向かいだす。


「見えなぁ~い。げぬー肩車してぇ~」


「無理でしょ。もうちょっと痩せたら考えてあげるけど」


「ひどぉ~い!」


 鵠沼の冗談に柳小路さんは笑う。

 何かこう……今のような無邪気な鵠沼を間近であまり見ないものだから、違和感があるというか、変な感じがする。

 祭の明かりに照らされて、柳小路さんと話す彼女の横顔が逆光に映る。

 こうして見れば、本当にただの女の子だ。

 ……しかし何で、こいつは俺に対して妙に当たりが強いのだろうか。

 由比さんの件があったからなんだろうし、そもそも基本的に不愛想だし、稲村事変後の稲村に対してもそうだったが……俺には特にじゃね?

 他と違って俺は言い返すからか? でも由比さんの件なんてもう解決したし、三か月も前の話だぞ? 何で未だにチクチク突いてくんだよマジで。

 それ以前の過去に遺恨があるわけでもない。こいつと喋ったのだって由比さんの件で非常階段に呼び出されたのが最初だ。それまでは存在を知ってるくらいで全く絡みなんてなかった。

 うちの学校じゃ男子は誰もが恐れおののく女。女王。女帝。

 というほど大したもんでもないと俺は思うが、妙な存在感があるのは確かだろう。


 ――――「……『正論』なんて大層な言葉、よくまぁそんな軽々しく使えんね」


 彼女と初めて話したあの日、去り際に放たれた一言。

 天気は良く、風が心地よい春の昼すぎ……あの時の風景は、なぜか明確に思い起こされる。


 鵠沼――――そういえばこいつの下の名前は未だに知らんな。別に知りたくもないが。

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