第21話 柚葉の代理
「あら柚ちゃんもう起きたの?」
「あ、はい……じゃなくて、うん」
思わず丁寧な口調で答えてしまって慌てて訂正する。こっちからすれば会って間もない相手でも、向こうからしたら小さな頃から知っている孫なのだ。
「まだ、朝ご飯の支度出来てないから待っててね」
「あ、手伝いまっ……手伝う」
どうにも距離感に慣れない。ボロを出さないように気をつけないと。
今は柚葉の祖父母の家に来た翌日の朝。まだ会ってから二日目である。親しく接するというのも無理がある。
お祖母ちゃんの指示に従いながら、食器を出して並べたり、完成した品から並べていく。
朝食は、白ご飯に味噌汁と鮭の切り身、そして漬け物。普通の朝定食といった感じだ。まだまだ慣れていない自分一人だと時間が掛かってしまうが、お祖母ちゃんは簡単に作ってしまう。主婦は偉大だなぁ。まあ、将来的に絶対になりたくないが。主夫ならまだしも。
今のテーブルの上に人数分の朝食を並べていく。
「ふぁぁ……おはよう……」
眠たそうに眼を擦りながら蜜柑がやってきた。
「お、おはよう」
少しぎこちなく返事をして、テーブルの前に座らせる。
「柚ちゃん、和くん起こしてきて」
「はいっ」
返事をしてお兄ちゃんの眠っている2階へと向かう。はいじゃなくて、うんだったかなとか考えながら部屋まで行く。未だ布団で眠っているお兄ちゃんを揺さぶる。
「お兄ちゃん朝ご飯出来たよ」
「…………うん?」
まだ寝ぼけているらしい。起き上がってくれないので掛け布団をはぎ取る。
「ほら早く起きる。冷めちゃうよ」
「……ああ」
ようやくお兄ちゃんが起き上がったので、背中を軽く押しながら一階まで連れて行く。居間に戻ると、お祖父ちゃんと叔母さんが既にテーブルの前に座っている。お兄ちゃんが最後のようだ。
二人並んで空いているところに座って、頂きますをして食べ始めた。
「柚葉、ちょっと付き合って」
「うん?」
朝食を終えてから、スマホに送られてきた柚葉の友人達からのメッセージに返信したり、一応持ってきていた宿題をやったりしながら過ごしていると、蜜柑に声を掛けられた。
「ママとお祖母ちゃんにお使い頼まれたんだけど、ちょっと多いから手伝って」
「……うん、分かった」
あまり二人きりになりたくはないが、断るのもまずい気がして了承する。
いつもの鞄を持って、蜜柑と一緒に外に出る。
「そだ! ついでにお祭りの所寄ってく? 今日までは屋台あるよ」
「寄り道しても大丈夫?」
「急ぎじゃないみたいだしへーきへーき」
「それなら……」
帰りに行くと荷物が邪魔だということで、先に寄ることにする。お使いの目的地はお祭りがやっていたところから、少し行った場所にあるらしいので方向的には問題ない。
「昨日食べ損なったから、りんご飴食べようかな。柚葉は何かないの? やり残しというか、食べ忘れというか」
「食べ忘れ……」
少し考えて、昨日はお祭りの定番を食べていなかったことに気づいた。
「……ぽっぽ焼きを」
「ぽっ何? 聞いたことあるような……」
「えっ知らないの?」
お祭りとか、そういう所ならだいたい一定間隔ごとに売ってるお店あるじゃん。
直接見せた方が早いと思い、進みながらそれを取り扱っている屋台を探すが見つからない。あれっない?
「どんな奴?」
「えっと、確か黒糖を使った蒸しパンみたいなのというか……」
「蒸しパンなの?」
「いやね微妙に違くて……」
柚葉も好きだったはずだし、別におかしな事は言ってないぞ。いや、でもお店がないしなぁ……。
探している間に中間地点の神社所まで来てしまった。もしかして、本当にない?
「あ、りんご飴のお店あった。私買ってくるね」
蜜柑が少し先の屋台に走って行ってしまう。何だろう少し釈然としない。もやもやとしながら待っていると蜜柑が戻ってきた。
「店員のおじさんに聞いてみたら、柚葉の家とかの地域だけだって。そのぽなんとか」
名前あやふやでちゃんと聞けたのか分からないが、店がないということはそういうことなんだろう。ちょっとしたカルチャーショックである。悠輝の祖父母はどちらも近い所にあったから、こんな遠くに来たことなかったしなぁ。
「まあ、それのことは置いといて、柚葉も食べなよ」
言いながらりんご飴を差し出してくれる。私の分も買ってきてくれたらしい。受け取って舐める。
「そうだ、ここまで来たんだし、神社でお祈りでもしてく?」
「お祈り……」
りんご飴を食べ終えると、突然蜜柑がそんな提案をしてきた。お祈りしたいことは確かにある。頷いて二人で神社の方に行く。
「えっと、2拍手だっけ?」
「確か、2礼2拍手1礼じゃないっけ……」
確かそうだったはず。年明けの初詣くらいしかお参りをしないので、よく分からない。
「まあいいや。こういうのはノリで」
蜜柑が紐を引っ張って鈴を鳴らす。その後、2拍手して目を閉じて何やら祈っている。
私も鈴を鳴らして、2礼2拍手1礼して心の中で祈る。今自分にとって最も大事なのは、神様に祈りたいことは一つだけ。柚葉が目を覚ますことだ。
「ふぅー」
満足したのか、蜜柑が深く息を吐き出す。
「それじゃあ、お使いの続きに戻ろうか」
「うん」
二人で神社から離れて、元の道に戻る。
「柚葉何をお願いしたの? 私は来年のことだけど」
「来年?」
「ほら私来年から中学生だし、色々と上手く行くようにさ」
来年から中学生と言うことは、蜜柑は6年生だったのか。何となく同い年だと思っていた。まさか年上だったとは。
「それで柚葉は?」
「……言わない」
「えー何でー?」
入れ替わりのことを言えない以上教えることは出来ない。ここで願ったのと違う事を言うのは、何となく神様に不誠実な気がした。
「えーっと、祈ったことを人に話すと叶わなくなるって言うじゃん?」
「えっそうなの!? 私柚葉に言っちゃったじゃん……」
ショックだったのか少し肩を落とす蜜柑。
「まあ、来年の初詣でまた祈り直したら?」
「……そうだね。まだ、来年のことお祈りするには早かったし。次は誰にも言わない!」
元気を取り戻して、また騒がしくなる蜜柑。そんな無邪気な様子にやっぱり年上とは思えないなぁと思った。
「母さん達、今日の昼過ぎには来るみたいです」
柚葉の祖父母の家に来てから、一週間ほどたった。まだまだ緊張するが、少しは慣れてきた。
「それじゃあ、二人が来たら今日の夕方にでもお墓参りしましょうか」
お兄ちゃんの言葉に叔母さんが返事をする。
「柚ちゃん、これ運んでくれる?」
「う、うん」
そろそろお昼なので、私はお祖母ちゃんの支度を手伝っていた。お祖母ちゃんが作ってくれるので皿を並べたり手伝うだけで良い。自分で1から作らないといけない自宅よりも楽である。
「何か、柚葉急に家事とか積極的になったけど、何かあったの?」
「あ、えっ?」
蜜柑の言葉に変な声で反応してしまう。柚葉は元々料理どころか家事も苦手であまり自分からするタイプではなかった。それが急にするようになったのでは確かに不自然だ。
「その……色々と考えて……」
やり始めた理由は、中身が違うのを黙ったまま面倒見て貰うことによる罪悪感を払拭するためと、ママの料理を食べたくないためなのだが、それは教えられない。
「色々……ああ、なるほどね!」
多分あまりよろしくない方向で勘違いされてしまっているようだが仕方がない。
そんなことを話しながら、手を動かしていると準備が整ったのでみんなでお昼を食べた。
食べ終わってからしばらくして、14時くらいになったあたりで、インターホンが鳴った。
「母さん達かな? 俺見てくる」
そう言って、お兄ちゃんが玄関に向かう。私も行こうかと思ったが、別に行く必要もないと感じたので、居間で待つことにした。
「お邪魔します」
最初に入ってきたのはママだった後ろにパパがいる。ママからしたら、お嫁に行った先だし少し落ち着かないか。
「由美さんも和希もいらっしゃい。疲れたでしょ。とりあえず、座って」
そう言ってお祖母ちゃんが二人を座らせる。それから、しばらくママ達は雑談をしていた。
私は何となく部屋に戻って宿題を片付ける。この一週間時間があったのであと少しで終わるくらいになっている。
「あれ、薫子からメッセージ?」
朝から見ていなかったスマホを見ると、薫子からのメッセージが届いていた。内容は、今度薫子の家で遊ばないかというもの。その時に夏休みの自由研究用に一緒に何か作らないかとも書いてある。
確かに女の子らしい自由研究というのも自分一人では難しい。ここは薫子に合わせるのが良いだろう。了解の意志をメッセージで伝える。
「柚葉、そろそろお参り行くってさ」
「うん、分かった」
部屋まで呼びに来たお兄ちゃんに返事をして、二人で1階に降りる。人数が少し多いので車2台に別れてお墓まで向かう。
高木家のお墓まで行って、私も手伝って一通り掃除や手入れをする。柚葉の体になっても、自分がこの家系の子だという感じはしないが、柚葉の代理だと思ってお参りする。
お参りを済ませて、祖父母の家に戻る頃には夕方を過ぎていた。夕飯の支度を手伝わないとだ。
「明日のお昼頃には、家に帰るってさ」
パパとママは明後日からまた仕事らしいので明日一緒に帰るということらしい。長いようで短い一週間だったかな。
「私も手伝いましょうか?」
「ママは座ってて! 私がお祖母ちゃんと一緒にやるから」
料理が大変なことにならないようにママの申し出を拒否する。渋々と居間に戻っていくママを見送る。
「柚ちゃんもすっかりお料理とか出来る様になって、いつでもお嫁さんにいけるわね」
「あはは……」
お祖母ちゃんが笑って言う。まあ、女の子なら出来ないより出来た方が良いか。本物の柚葉はまだ出来ないけど。
柚葉を完璧に真似るなんて出来ない。だけど、柚葉の代理くらいにはなれてるかな?
そんなことをぼんやりと考えた。
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