第296話 hard to think, easy to go! ・・・その4

真世ちゃん、シイナ、わたしの3人は毎日犯罪者まがいの小悪党たちを懲らしめて回った。


「わあ・・・楽しいねー!」


真世ちゃんは制裁を加える際に必ずこう言う。シイナもわたしも顔を引きつらせながら愛想笑いをする。


あまりにも事案が多いので箇条書きにして示すことにさせてね。


・バンに乗ったカップルを取り巻く暴走族に一晩中嘔吐させる。

・電車内で痴漢行為を働いていた男の右手の筋肉を硬直させ、つり革から離れないようにして環状線を無限ループ。

・振り込め詐欺グループのスマホの通信がすべて警察に転送されるよう霊的ウィルスに感染させる。

・賄賂を受け取って知人の企業に便宜を図っていた地方議会の議員の口を捻じ曲げ、記者会見で事実を自白させる。


そして案件が完結するごとに真世ちゃんはこうも言う。


「すっとしたねー!」


シイナが訊く。


「真世ちゃん、もし違ってたらごめんね」

「なに? シイナ」

「もしかして趣味でやってない?」

「そ、そんなことないよっ! 人助けだし、シイナともよもよのトレーニングにもなるでしょ? 唱え言葉を実際に使う時の」

「まあ・・・確かにそうだけど・・・」


あれ?


えっ!?


日差しがまだ強い夕刻。わたしたちが歩いている駅前のロータリーに大きななにかの塊が突っ込んできた。


それは鉄骨だった。

しかもビルの躯体用に使うかなり長く頑丈そうな鉄骨。


状況を把握している時間はなく、わたしたちは自分の手の届く範囲の人たちをとにかくひっ抱えるようにしてその場を駆け離れる。


「ちょっと、すみません!」


助けてあげているこちら側がなぜか謝ってしまうぐらいの切羽詰まった状況だった。


人がいなくなったロータリーの円形花壇のコンクリートに、細長い鉄の柱がどすっ、と突き刺さる。すぐに周囲にもヒビが入り、ぼろぼろと崩れ、花壇は原型とは全く違う形になった。


安全を確保したところで状況を再確認すると、ロータリーから20mは離れた場所にユニックが一台停車している。

そのクレーンのワイヤーが激しく揺れている。ユニックのクレーンで作業中に揺れて慣性がついた鉄の柱がすっぽ抜けてその勢いのまま花壇に飛んできた、とうことなのだろうか。


ちかちゃんだよ」


やっぱり近本が。

それはそうだろう。ここまで大掛かりな攻撃は近本でないとできないだろう。

けれども真世ちゃんは意外なことを言う。


「絶対にわたしたちの前に姿を表さないつもりみたい」


事実、ユニックの運転席に乗っているのは近本ではなく、ヘルメットを被った作業員だった。作業員は放心状態でフロントガラスを一直線に見つめている。

操られていた、あるいは近本が彼に「鉄の柱をすっ飛ばそう」という意思そのものを芽生えさせたのかもしれない。


既にサイレンが鳴り響き、パトカーが10台近く集まって来ていた。

わたしはぐるっと周囲を見渡すけれども、近本らしき姿はない。シイナが訊く。


「真世ちゃん。大友・・・じゃなかった、近本はじゃあどこにいるの?」

「山」

「山?」

「そう。もよもよ、ご神木のある山に近ちゃんが連れてきたクマさん退治に行ったんでしょ?」

「うん。行ったけど・・・」


どうして知ってるの? というのは仏のひ孫に対しては愚問だろう。


「その山にね、じっと潜んでるよ。近ちゃんはね、自分の攻撃拠点が欲しいんだよ。神さまがおいでになるそのご神木も狙ってる」

「そんなこと」

「うん。絶対にそんなことさせないよ。わたしが今近ちゃんをその山から追い出したから」


どうやって? というのも愚問だろう。


「近ちゃんはね、移動してる今は人間の姿じゃなくって、悪鬼神の姿だよ」

「え。今までのあの姿は違うの」

「違うよ、もよもよ。悪鬼神のほんとの姿はねえ・・・にゅるにゅるしてて細長くてそれでいてねばねばで・・・」

「蛇?」

「ちがうちがう。蛇は善神のお遣いだもん。もっとヤな感じの、にゅる感? 今度きっと見れるから大丈夫」


見たくない。何が大丈夫なのか分からない。


幸いケガ人はゼロだった。

きっと真世ちゃんがなんらかの防御措置を取ったんだろう。

けれども近本がわたしたちに近づくことなくこんな色々な攻撃ができるのだとしたら、唱え言葉を使おうにも当の近本にぶつけようがない。シイナがイラつくように呟く。


「じゃあ、今度はどこに行ったの?」

「多分、県の北っ側の神社。そこの神様をとりあえず追い出すつもりみたい」

「え」

「シイナはわかるでしょ? シイナのいた神社の宮司さまは、お仕えする神さまに取って代わろうとする近ちゃんを止めるために命を賭けて戦った・・・近ちゃんはね、最後にはお伊勢さまの神様を追い出して乗っ取るつもりなんだ」

「お伊勢さまって、伊勢神宮?そんなこと、できるの?」

「さあ。とにかく近ちゃんていう悪鬼神は一応神だけあって志は高いんだね」

「真世ちゃん、そんな、志だなんて・・・」

「もよもよ。近ちゃんは悪逆の神だよ。逆賊なんだよ。取るべき行動は善神に取って代わって自分のお社を確保すること。そのお社が壮大であればあるほど都合がいい」

「最後には何をしたいのかな?」

「自分に都合のいい逆理想の高天原たかまがはらをこの世に実現したいんだよ、きっと」

「逆理想の高天原?」

「そう。いじめっ子が勝ちを収め、泥棒が儲かり、戦争する子が褒められる・・・ヤな感じの世界だよね」


ほんとにそうだ。

そんなの世も末の状態だ。


「じゃあ、その北っ側の神社に今から行けばいいんじゃない?」

「ううん。今、そこもわたしが行けないようにしたよ。その神社の神様に教えてあげたの。『変なのが来るよ』って」

「じゃあ、真世ちゃんが近本の行き場を全部塞げば」

「ごめんね。わたしだって眠らずにずっと見張ってることはできないし。近ちゃん頭いいからうまくすり抜ける方法考えるだろうし」

「じゃあ、どうすれば」

「近ちゃんの動いてる様子がわかる内にどこかへ誘導するよ」

「誘導? どこへ」

「うーん」


しばらく真世ちゃんは考え込んだ。


「体育館とか、どうかな?」

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