第240話 ランニング同好会・・・その3

泰也タイヤというのが架出浦くんの下の名前。教室でも五人組と架出浦くんの間の会話はお互いにファーストネームでやり取りするようになった。


「泰也くん、このソックス結構グリップ効いていいよ」

「へえ。確かに足裏の滑り止めが有効な感じ。もよりさんは前からこれ使ってるの?」

「ううん。以前は厚めでクッション重視のやつだったんだけど、リレーマラソンはスピード重視だからさ。昨日晩御飯の買い物ついでにコア・スポーツに寄ったんだ」

「あ、駅北の?」

「うん。あそこはランニングのコーナーが充実してるし近いからね」


わたしが泰也くんとランニング談義で盛り上がっていると、クラスの女子2、3人が寄ってきた。


「架出浦も走ってんの?」

「え、ああ。うん」

「泰也くんはリレーマラソンのキャプテンだからね」

「へえ。今度の逃げ場はもより、って訳だ」

「・・・何それ」

「もよりだって分かってんでしょ? 架出浦に友達いないの」

「同じクラスの時点で友達だよ」

「はあ。もよりは平和主義。さすがお寺の娘だねえ。けど、事実を見なよ。本読んで場をつないで放課後は文芸部に逃げ込んでたのにその文芸部も消滅状態でさ。かわいそうな子を引き取るもよりグループに拾ってもらったってことでしょ?」


別にわたしはこの女子のことを嫌悪したりはしない。この女子が言っていることの一部は事実だからだ。事実をそのまま言うことができる子は根っからの根性悪ではない。ただ、誤解してる部分も多いのでわたしはそれをこの子に教えてあげようと思った。


「ねえ。この世に小説以外のエンターテイメントがなかったら尚代ひさよはどうする?」

「え? そりゃあ・・・まあ、それしかないなら読むかもね」

「じゃあ、この世にランニング以外のスポーツしかなかったらどうする?」

「うーん。嫌だけど走るかなあ」

「その程度のことだよ、ぼっちなんて現象は」

「!」


・・・・・・・・・・


今週のランニング同好会の練習は階段登りの負荷大きめのトレーニングだ。街中だけれども三百段の階段を保有する静かな神社を泰也くんが見つけてくれていた。


「ひー、きつーい!」


学人くんの絶望の声を置き去りにしてわたしは階段をひたすら走り登った。

あまりの急勾配に頂上が見えず、登りきった瞬間に、


「わっ!」


と突然参道の石畳に降り立つ感じで視界が開けた。


それから30秒ほどして泰也くんが、


「わっ!」


と同じように石畳に姿を現した。


泰也くんの方から話しかけてきた。


「もよりさん。この間はありがとう」

「ん? なんだっけ」

「ぼっちのこと、的確にフォローしてくれて」

「ああ・・・誰だってぼっちの要素満載だよ。尚代にしたってね。うちのお寺だって世間の人みんな先祖供養とか墓参りに見向きもしなくなったらぼっちだしさ。人気絶頂の映画作家だってブームが過ぎればぼっちみたいなもんでしょ」

「そう言ってもらえると気が楽になるよ」

「あのね。ランニング同好会はこれはこれでいいんだけどさ。泰也くんの本当にやりたいことってやっぱり小説を書くことじゃないの?」

「うん・・・」

「だったらさ。ぼっちでもいいから書きなよ。わたしは本読むの苦手だから文芸部入るのはちょっと無理だけど、小説書いたり本読んだりしてる泰也くんを一人ぼっちにはしないよ。うざったいかもしれないけど教室でもこれまで通り声をかけるから」

「ありがとう」

「その代わりわたしのことも一人ぼっちにしないでね」


返事の代わりに泰也くんはにっこり笑ってくれた。


「わっ!」


三番手はなんとちづちゃんだった。

それからかなり遅れて残りの男子3人が這々ほうほうていで辿り着く。


「泰也くん。この男子3人は鍛え直さないといけないね」

「うん。来週は2Kmダッシュ3本ね」

「げ」


しばらくはストイックな日々が続きそうだね。

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