第196話 exercise on radio(その1)
「何で今まで気付かなかったんだろう」
「はい?」
お師匠が何か思いつくとき、大抵はわたしを労働力と設定している。半ば諦めて続きを聞いた。
「ラジオ体操だよ。お寺でやるなら違和感ないだろう?」
「それはわたしへの質問? それとも、目に見えないマーケットへの投げかけ?」
「もよりに同意を求めているんだ」
「お寺である必要はないよ」
「でも、お寺でもいいだろう」
「どうしたいの?」
クリスマス・フィードバック・ブディズムの時もそうだったけれども、お師匠は仏教を人々の身近なもとにするためにはマーケティング戦略が欠かせないと考えている。それは、非常に正しい。わたしも同意する。問題は、客寄せだけしても"事実" を正しく伝えられなかったら徒労に終わるかも、ってことだ。
「わたしの趣味の話で申し訳ないけど」
「何だ?」
「”名も無き花” って映画、知ってる?」
「ええと・・・去年ヒットした漫画映画だな。確か1千万人ぐらいの人が観たとかいう」
「漫画映画っていう言い方がおかしいけど、・・・まあいいや。その主題歌だった、Red Wind っていうバンドの、”リーインカーネイト” って曲、知ってる?」
「うん。何度生まれ変わってもあなたを守る、って感じの曲だろ?」
「・・・ほら。やっぱり正しく伝わってない」
「違うのか?」
「まったく正反対だよ。”あなたに会えなくなるかもしれないけど、輪廻を断ち切りたい” っていうのが本当の歌詞の意味だよ」
「おっ? 何だ、深いじゃないか。すごい曲なんじゃないか?」
「でしょ? でも、お師匠みたいに日本中の1千万人もの人が映画の雰囲気につられて歌の内容を誤認してる。逆にわたし、奈月さんに ACID BOYっていうバンドの、”とある証明” っていう曲、聴かせてもらったのね」
「うん」
「成功はしてるバンドだけど、100分の1、10万人ぐらいの人しか聴いてない曲。でもわたしは毎日聴いてる。それで、ヴォーカルの声、ギターの音、ベース、ドラムの一音一音から、”人生の残り香” っていうストレートな歌を、そのままフィルターなしに魂に刻み込んでる」
「うーん」
「ラジオ体操に集まった小学生に、”人間ははかない。キミも今日の夕方には死んでるかもしれない” って、耳障りな事実を意訳なしに伝えるんなら、やるよ」
「極端なこと言うなよ」
「あれ? お師匠らしくもない。”事実”が重要だってことはお師匠の基本スタンスじゃない。まだ若くて柔軟な小学生にこそ隠さずに伝えるべきだよ」
「うーん」
「お師匠。年取って守りに入ったね」
「分かったよ・・・もよりの思った通りにやってみてくれ」
「うん。そうするよ」
ああ・・・お師匠もこうして老いていくのかな・・・ん? でも待てよ。何でわたしが主導する感じでラジオ体操やる流れになってるの?
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