第155話 2年目の春 その10
「ジョーダイ・もよりをよろしくお願いしまーす」
まさか自分が本当にこういう立場になるなんて、今でもちょっと信じがたい。立候補することはお師匠にも相談した。お寺の仕事にも差し障るので当然反対されると思ったけれども、
「これも衆生を救う一環なんだろう」
と、いうことで認めてくれた。
「ってことは、わたし当選するってこと?」
「立候補のプロセスが重要ということだ。当選するかは私は知らん」
冷静で冷徹な応対、ありがとうございます。
「もよりさん、1、2年の教室はこれで全部回ったね。あとは3年だね」
事務局長の学人くん、本当に頼もしいよ。
結局いつもの5人組が選挙活動に全面的に協力してくれた。5人でぞろぞろと1、2年の教室を3日間かけて回り切った。それなりに反応はいい。問題は3年生だ。
「気が重いよー」
「もよちゃん、大丈夫だよ。3年生の人たちもちゃんともよちゃんの話、聞いてくれるよ」
「そうかなあ・・・」
ほんとは3年1組から順番にいくべきなんだろうけど、ビビりのわたしは柔道部の森先輩がいる3年2組から回ることにした。
「こんにちはー!」
と、3年2組の入り口をがらっと開けると、
「待ってたよ!」
と森先輩のでかい声が聞こえた。ホワイトボードに、”必勝! ジョーダイさん!!”、と殴り書きしてある。
「あの・・こんにちは。2年2組のジョーダイ・もよりです」
「知ってるよー!」
と、笑いが起こる。
「えーと。とにかく当選したいと思いますので、どうぞよろしくお願いします」
「ジョーダイさん、公約はー?」
さすが3年。発言に遠慮がない。よし、それなら。
「えー、では、公約を述べさせていただきます。公約は・・・」
わたしはホワイトボードに毛筆の要領で力を込め、黒のマーカーで勢いよく書いた。
「”いじめの撲滅”、です」
「おお?」
「何だ? 陸上軌道競走と関係ねーじゃねーか?」
「ちょっと男子、うるさいよ。ちゃんとジョーダイさんの話聞いてあげなよ」
おー、さすが女子の先輩方は大人だ。はい、ジョーダイさん、という雰囲気を一瞬にして作り上げて下さった。
「はい・・・去年わたしが里先生と、”議論”、したことはご存知と思います。里先生は進学校の教師としての立場から、正論ををおっしゃいました。里先生は職務に真摯に取り組む立派な先生だと思います」
「建前はいーよ!」
「男子、黙れ!」
「ごめん・・・怖っ」
また笑いが起こる。
「では本音を言います。10人居れば人の思いは10色あります。大人・子供、男性・女性、金持ち・そうでない人。それって、北星高校でもそうですよね。東大行く人、落ちる人、成績いい人、そうでない人、スポーツの得意な人、そうでない人。色んな立場、境遇の人がいる訳です。それこそ十人十色。それで、”いじめ”、っていうのは、1人1人の思いや事情を無視するっていうことの象徴的な言葉なんです。たとえば、成績のいい人が成績の悪い人の人格まで攻撃する。その状態を一言で分かりやすく言い表すと、やっぱり、”いじめ”、ということになると思うんです。これは生徒会だけじゃなくって、先生が成績の悪い生徒の人格まで軽んじたら、やっぱりいじめです」
わたしはここで一旦教室の全員の顔をぐるっと見渡す。半分はわたしの話に興味を持ち、残り半分はこの世間知らずが、というような顔だ。これを踏まえて再び喋り出す。
「公約はより具体的な施策であるべきかもしれません。たとえば運動会の予算を増やすとか、ボランティア活動に力を入れるとか。でも、北星高校に一番足りないのは、どんな立場の人をも軽んじない、ないがしろにしない、という感覚だと思うんです。北星は、”進学校”、という立場に甘えてちゃいけない。社会に出たら、あるいはわたしたちがこれから築く家庭は、、病人も年寄りも障害者も健常者も、公務員もサラリーマンも、日本人も外国人もごちゃ混ぜの世界なんです。進学校という狭い範囲のシンパシーじゃなく、もっと大きなシンパシーを持ち合いたい。それが、”いじめ撲滅”、の意味です」
パチパチ、と拍手が起こる。正直どこまで伝わったかはみんなの表情からは読み取れなかった。
「がんばってね」
と、男女何人かの先輩から声を掛けてもらい、教室を後にした。
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