第114話 Goodbye Mom その3
「おいしい?」
一口啜ったお母さんに聞いてみる。
無表情でこくっと首だけで返事された。
わたしが開拓したこの喫茶店は、いつかこういう日も来るだろうと思って、しっかり母の実家からの距離も道順も記憶してあった。
閑古鳥が鳴いている訳ではないけれども、マナーのいいお客さんばかりでとても静かな雰囲気だ。その内に1人でもう一度来たいと思う。
「お母さん」
無反応。
「しんどい?」
「・・・・しんどい」
「そうだよね。しんどいよね」
ただただ肯定するしかない。
わたしはうつ病患者にどう対応すればいいのかってことは、実は知らない。
”がんばれ”、って絶対言っちゃ駄目とかいうのは聞いたことあるけれども、そもそもわたしは他の人に対して頑張れ、って言える程自分は頑張ってない。
以前テレビで、ある経営コンサルタントが、
「私の娘がうつ病になりましてね。私、必死になってカウンセラーの資格取りましたよ。それで、娘に対してだけじゃなく、企業経営者にヒアリングする時にも大いに役立ってますねえ」
果てしない違和感と嫌悪感を同時に覚えた。
だって、わたしはうつ病患者に向かっている訳じゃない。
お母さんと話しているのだ。
「しんどかったら返事しなくていいよ」
「・・・もよりは幸せなの?」
何と答えようか。
心空しくして自動口述モードへと移りたい。
けれども、今日に限って、”わたし”、という自我が消えない。ただの凡夫としての母親への愛と情とが、消えない。なら、方法は1つしかない。”事実”、を答えるしかない。
「うん、幸せだよ」
「幸せ、なんだ」
「うん、そーだよ」
「私がいなくても、幸せなんだ」
「・・・うん。お母さんと離れたのは寂しいけど、でも、幸せ」
「どうして・・・」
「ん・・・?」
「あんたたちだけっ!どうして幸せなのっ!私と一志はこんなに辛いのにっ!」
お客さんが一斉にこちらを向く。わたしは軽く頭を下げて謝罪する。そのままお母さんに答える。
「・・・お兄ちゃんは別に辛くないみたいだよ」
「何っ!?」
「お兄ちゃんは極楽浄土に行って仏様になったから。それで、世の中の人みんなを救う仕事をしてる。もちろん、お母さんのことも」
「もより。お前もやっぱり気違いか。大悟と同じか」
「・・・これが事実だよ。それで気違いだって言われても別に構わない。ものの数じゃない」
お母さんは俯いてぶつぶつ言ってる。
どうも変だ。
感覚でしかないけど、うつ病っぽくない。
もし主治医が、人間の本質も見抜けない無能な医者だったら、お母さんの自己申告だけでうつ病って診断しているんじゃなかろうか、と。
どちらにせよ、他のお客さんに申し訳ないので店を出た。
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