第108話 クリスマス・フィードバック・ブディズム その19
「もより。どうして私と一緒に居ることを選んだんだ」
ちょうど去年のクリスマス辺り。
年明けに、”プリティ・イン・ピンク”、を上映するよ、と詩織さんから教えて貰った頃、突然お師匠からこう訊かれた。
「別に、あなたと一緒に居るつもりじゃないよ。自分の生まれたお寺だし、ご本尊の傍に居たかったから。それからやっぱり、”どうして”、っていうその答えを知りたいから」
「どうして一志が死んだか、ってことの答えか?」
「それももちろんあるんだけど・・・」
一瞬、逡巡したけれども、思い切って言ってみた。
「お兄ちゃんが死んだって電話を受けた時、思わずお念仏が口をついて出た。そしたらまるで自分の感情が消えてしまったみたいになって冷静に対応できて・・・わたしはもしかしたら、冷たい、薄情な人間なんじゃないかって思った。ねえ・・・」
「何だ?」
「仏様って、人を救うんじゃないの?」
「仏様は人間を救ってくださる」
「つまり、とても情け深いってことだよね。お兄ちゃんがどうして死んだか、ってことよりも、仏様ってもしかして冷酷なんじゃないかってことの答えの方をわたしは知りたい。ねえ、どうなの?」
実の娘から、”あなた”、呼ばわりされたお師匠は、それでも乱れずに静かに答えてくれた。
「何が合理的かを突き詰めて来た結果が、一志の、”死”、なのだ」
「合理的?それって・・・」
「冷たい感じがするか?」
「うん。とっても」
ふうっ、とお師匠は一つ息をつく。
「人間には寿命がある。これは否定しないな?」
わたしは、こくっ、と頷く。
「じゃあ、もよりならば、その寿命をどうやって決める。たとえば私の寿命を決める権限がもしもよりに与えられるとしたら、わたしを何歳で殺す?」
「え、殺すって・・・」
「寿命を決めるってことは結局そういうことだぞ」
「ん・・・と、まあ、できるだけ長生きした方がいいだろうから、90歳ぐらいかな」
「それって、合理的か?」
「え?」
「もよりが私のことを90歳ぐらいまで長生きして欲しいと思ってくれたとしたらそれは親の情としては、まあ、うれしい。でも、お母さんの実家のおじいちゃんは、ひょっとしたら今すぐ私に死んで欲しいと思ってるかもしれないぞ」
「え?もしかしておじいちゃんの念を感じるとか?」
「・・・・90歳まで生きるのと、今すぐ死ぬのと、どっちが合理的だ?判断基準は?」
「・・・いい事した人は長生きするっていうことじゃないの?」
「違う」
「じゃあ、何?そんなのわたしなんかに分かんないよ」
「それが答えだ」
「え?」
「人間ごときには分からない、というのが答えだ」
「・・・・」
「ただ、一志の寿命が16歳だった、って理由は分かる。私は、はっきりこう伝えられた。”一志はたった16年間の間に、すべての善根を積んだ。最後の善根が、女の子の命を救うことだった。一志は極楽浄土に召す。召して仏として、人間の力では到底及ばないくらいの人助けをさせる。過去・現在・未来にわたって、億千万の数限りない衆生を救うための仕事を、仏の身となってやってもらう”・・・・これが一志の寿命に対し、仏様が出された、”合理的”、な答えだ」
「それって、本当のことなの?」
お師匠が突然にこっ、とほほ笑む。
わたしは、はっ、とした。
「私ともよりが信じようが信じまいが、それが事実だ。もよりは優しいから寿命を延ばしてあげることがいいことだと思っているな?」
「うん」
「でも、長生きした年数分、かえって悪業を積み重ねてしまう人も残念ながら、いる。その逆もある。ただ、私は、母親の愛情という、人間としての当然の感情を持つ生身のお母さんを、夫としては守ってやれなかった。これは、もよりにも謝るしかない。本当に済まなかった」
「ちょ、何やっってんの、やめてよ」
床に手をつき頭もこすりつけて詫びるお師匠をわたしは制した。
「もより。もよりがお念仏を称えた時の冷たいような冷静さは、多分、仏様の合理的なお考えと似通ったものだ」
「え?」
「一志が召されることを伝えられた時、もう1つ言われたことがあった。もよりが辛い思いをするかも知れんから言わないでおこうと思っていたが・・・今のもよりを見て伝えても大丈夫だと分かった」
「・・・言ってみて」
「・・・咲蓮寺の跡取りには、もよりをたてろ。兄の一志は仏として。妹のもよりは咲蓮寺の住職として現世において。兄妹2人して衆生を救う仕事をしてもらう、と」
「わたしも?」
「ああ。嫌かもしれないが、もよりは現世にあって衆生を救え、というのが仏様の、”合理的”、なお考えのようだ」
正直、混乱はしている。
けれども、決して不快な感じはしない。
「もより。強制はできない。が、できればこのお寺の跡取りとなって欲しい」
心の中に、一声、南無阿弥陀仏が自然と浮かんだ。
「うん、分かった」
お師匠の顔がとても柔和になっている。わたしは最後の質問をする。
「ところで、あなたのことは何て呼べばいい?話は分かったけど、わたしは感情としてはあなたのことを、”お父さん”、とは呼べない。これは分かって」
「ああ。私は父親として、夫としては最低の人間だ。”お父さん”、などと呼ばれる資格はない」
「じゃあ、何て呼べばいい?」
「”おい”、でも、”お前”、でも何でもいいぞ」
「そんな訳にいかないよ・・・じゃあ、”お師匠”、っていうのは?これならまあ、世間体も保てるでしょ?」
「もよりがいいと思うんなら、そう呼んでくれ」
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