第64話 メイド その1

 お師匠が朝から不機嫌な顔をしている。どちらかというと愛想はもともと良くない方だけれども、今日の表情は度を過ぎて苦い。

 彼を怖いと思うのは年に1~2回あるかないかだけれども、今日はその日なのだろう。おそるおそる訊いてみる。

「あの、わたし何か悪い事した?」

 はっとしたみたいだけれどもほんの少ししか表情を緩めず、2割減のぶすっとした顔のまま答える。

「もより。メイドって、どう思う」

「メイド?」

「ああ」

 理解不能だ。どうしてお師匠の口からメイドなんて単語が出て来るんだろう。疑問符は脳内に飛び交うけれども、不用意に怒らせても怖いので、そのまま答える。

「まあ、可愛いんじゃないかな」

「可愛い!?」

「う、うん」

 あー、緊張する。

「可愛いってどういうことだ」

「え、どうって・・・・まあ、男子は大体好きなんじゃないの」

「男子がメイドを好き?なんでだ」

「何で?まあ、男子みんなじゃなくって、お師匠はああいうの気に食わないかもしれないけど」

「ああ、好きではないな」

「だろうと思った。若い男の子は大体興味をそそられるんだろうけどね」

「若い男の子?だから何でだ。分からん」

「えー、だってほら、衣装とか、かわいらしいじゃない」

「そうか?あの真っ白な衣装がか?」

「真っ白いっていうか・・・まあ、ブラウスみたいなのは大体着てるのかもしれないけど、黒っぽい服も重ねて着たりしないかなあ」

「黒いのなんて聞いたこと無いぞ」

「いや、スカートとか、黒いでしょ」

「スカート?普通、純和服だぞ」

「?着物着たメイドなんて聞いたこと無いよ。”お手伝いさん”っていうのなら分かるけど」

「もより、何の話だ?」

「お師匠こそ何言ってんの?」

「メイドだぞ」

「うん、メイドだよ」

「メイドのみやげとかのメイドだぞ」

「え?今時だとメイドがお土産くれるの?」

「あの世のメイドのことだぞ」

「メイドが死んだ?だからどうしたの」

 お師匠はテーブルに置いてあったスーパーのレシートをくるっとひっくり返してボールペンでこう書いた。

”冥途”

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