メルディウスからの呼び出し2

 正直。突然姿を消したマスターの思惑は分からないものの、一度個人でダークブレットの日本支部を壊滅状態に追い込んだ彼ならば、数十万の敵を相手しても撃破される心配はない。逆に言えば、それだけの戦闘力のある人物を欠いた今の千代、始まりの街連合軍の士気の低下が問題である。


 危機的状況下であるからこそ『勝てるかもしれない』と味方に思わせる要因が重要なのだ。


「まあ、うだうだ考えても仕方ねぇー。ジジイもいねぇーんだ。もしもの時は俺が敵を蹴散らして、敵の軍勢に大きな風穴を開けてやるぜ!」


 メルディウスは開き直ったように立ち上がり、ポンと自身の纏った赤い鎧の胸元を叩いて見せた。


 しかし、周囲の反応は冷ややかなもので、感情の込もっていない瞳で彼を見上げていた3人は――。


「気合いを入れすぎて、我々の部隊にも風穴を開けないようにして下さいよ。ギルマス」

「まあ、メルディウスは程々くらいが丁度いいかな……」

「敵に風穴を開けるのはおおいにかまいませんが、爆片で味方に損害を出さないで下さいねメルディウス」


 白雪、剛、紅蓮がそれぞれに言うと、メルディウスはその返答が不満だったのか声を上げて叫ぶ。


「おかしいだろ! 普通はさすがギルマスとか、頼りにしてますギルマスとかさ。ギルメンなら、もっと俺を称えてくれるもんだろ!?」


 声を大にして懸命に訴える彼に、ギルドの仲間達はというと……。


「それは普段の行動を考えてから言ってくださいギルマス」

「まあ、やる時はやるよ。やり過ぎるけど……」


 ギルドメンバーの白雪と剛の言葉を受け、半泣き状態のメルディウスは、助けを求める様に紅蓮の方を見た。


 紅蓮は一瞬困惑した様子だったが、涙のにじむメルディウスの瞳を見て視線を逸らすと、咳払いをして恥ずかしそうに体を揺らしながら言った。


「――そうですね。2人の言葉も最もですが、私は期待していますよ? 貴方は居るだけで意味があるのです。そうですね……例えるならば、軒先に置かれた信楽焼のタヌキの様な……」

「……タヌキ……俺がタヌキ……」


 紅蓮の発した『タヌキ』という言葉が相当効いたのか、魂の抜け殻と化している……。


 笑いを堪えながら、白雪が不思議そうに首を傾げている紅蓮に告げた。


「さすが紅蓮様。返しが絶妙です……ぷふっ、それでは邪魔者がいなくなったところで、本題に入りましょうか。紅蓮様」


 前半は笑いを堪えるので必死と言った感じだったが、後半は完全に普段の冷静な彼女に戻っていた。


地面にうずくまりブツブツと呟いているメルディウスを横目に、紅蓮も始めは戸惑っていたが、そこはサブギルドマスターだ。すぐに切り替えて話し始める。


「それでは白雪。偵察の成果を報告して下さい」

「はい」


白雪は目の前に表示されたコマンドのアイテム欄から大きなテーブルに広げる。


細長い棒を取り出すと、地図上にある池堀に囲まれた街と周囲に表示された無数の敵を示す赤い印を指した。


「ご覧の通り、敵の数は依然として増え続けています。その数50万に届くほどです……」

「なるほど、水堀が最後の防衛線なのは変わりませんが……しかし、敵の増加は予想をはるかに超えてますね。やはり、対策が必要ですか……」


 深刻そうな紅蓮に向かって、白雪が微笑んだ。

 すると、もう一枚別の地図を取り出しテーブルの上に最初の地図に重ねる様に広げた。


 紅蓮が小首を傾げて尋ねる。


「さっきのは今朝までの配置図で、今はこの様になっております」


 白雪が指し示した地図には、敵の数が明らかに少なくなっただけではなく。その位置が明日素材を伐採する予定の山から離れているものだった。


 不思議そうに「これは貴女が?」と尋ねた紅蓮に、白雪は首を横に振ると。


「いえ、これはマスター様のギルドのイシェル様がやられました。固有スキルを発動させたのを遠目で拝見してましたが、鬼気迫る無双ぶりに言葉を失ってしまいました。退き際も鮮やかで、約5万の敵を1時間たらずで……」


 それを聞いた紅蓮は、普段あまり表情を変えることのないその口元に微かな笑みを浮かべ。


「……なるほど、優秀ですね。さすがはマスターの仲間達です。どうやら、私達は勝利の女神に愛されているようですね……剛。今回の作戦の為に幅を大きくする地下通路の改修作業はどうなっていますか?」

「はい。すでに八割が終了しています。通路の方の改修は完成し、残りの二割も急ピッチで進めた通路の外枠の補強を残すのみ。と言ったところですね」


 剛は得意げな笑みを浮かべながら紅蓮にそう告げると、彼女も深く頷く。剛はギルド随一の切れ者であり、紅蓮が全幅の信頼を寄せる人物でもある。その仕事の速さは、おそらく他のギルドでも一二を争う手腕だろう……。


 この街が敵の攻撃を受けて今も持ち堪えられているのは、彼あってのものなのは間違いない。


「貴方がこの作戦を考案した時は無謀だと思いましたが、今は何故かわくわくしてます」

「ふふっ、俺もですよ……今は本気で勝ちたいと思ってますよ」


 剛は不敵な笑みを浮かべて席を立つと、紅蓮に軽く一礼する。


「――それでは、俺は作業に戻ります。時間はあまりありませんから……」


 そう告げた剛に「お願いします」と紅蓮が返すと、剛も微笑みで応えてゆっくりと部屋を出ていく。


 剛の後ろ姿を見送っていると、今度は白雪が紅蓮の前に来て頭を下げる。


「紅蓮様。私も偵察任務に戻ります……」

「そうですか……固有スキルがあるとはいえ、相手はなにをしてくるか分かりません。気を付けて下さい」

「はい!」


 彼女が頷いた瞬間。白雪は紅蓮の目の前から一瞬にしてその場から姿を消した。

 


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