鍛冶場で・・・

 エミルがその場からいなくなると、イシェルも徐に立ち上がり。


「――ならうちも、久しぶりに千代の街を見て回ってくるわ~」

「えっ、イシェルさんも!?」


 驚き慌てるエリエに向かってにっこりと微笑んで「後は頼むな~」とだけ言い残し、着物の袖を翻すとどこかに行ってしまった。


 大きくため息を漏らすエリエの横でミレイニが顔を覗き込んできて。


「あたしにもおみやげ欲しいし!」


 普通はその場にいる者におみやげは買っていかないと思うのだが……瞳をキラキラさせて真っ直ぐ見つめてくるミレイニに、エリエは更に大きくため息を漏らす。



 紅蓮の言葉で大会の終わりを締めくくられた。会場から徐々に散らばっていく観客達をボーと眺めながら、混雑が収まってから会場を出ようと考えていたエリエの元にカレンが戻ってきた。


 その体は汗でじんわり湿っている。どうやら、カレンはあの後、会場の外で体を動かしていたらしい。

 ばらけた肩くらいの黒髪の先には、まだ所々水滴が滴り落ちていて、頬にもまだ熱が残っているのかほんのりと赤くなっている。


「大勢出て来てるのにいつまでも出て来ないと思ったら、なにやってるんだよ」

「別にいいでしょ? デイビッドはまだ侍話してるし。ミレイニはおみやげ買ってあげたら、その場で食べ出すし……こっちにも、色々事情があるのよ」


 明らかに不機嫌そうに、ツンとした態度で膝の上に頬杖している。


 カレンがその横を見ると、ミレイニが幸せそうにたこ焼きとシュークリームを交互にパクパクと食べ進めていた。

 たこ焼きはすぐそこで売っていたが、シュークリームの屋台はなかった。おそらく、エリエが前もって作ってきたものだろう。


 っとどうやら、侍トークをしていたデイビッドも終盤に突入してきたらしい。  

 

「――それで、真田幸村という武士は三度に及ぶ本陣への奇襲戦法で最後まで徳川家康を追い込んだにも関わらず! 一歩及ばず。逃げられてしまった……そして最後は体に無数の傷を負って神社で休んでいた所を敵に見つかってしまい。その時の最後の言葉が「もう戦う気はない。手柄にせよ」だったんだ…………元々幸村は徳川からは何度か好条件で寝返る様に言われていたにも関わらず。彼は最後まで豊臣への忠誠を貫いて、命乞いもしなかった。そして徳川家康を追い込んだ功績を徳川家康に認められ、日本一の兵という称号を得たんだ」

「……いい話ですね。やっぱり侍は最後まで信じたものの為に戦うのがいいんですよね! そしてそれがなくなった時の潔さこそ侍!」

「そう! 死をも受け入れてこそ侍!」

「「THE侍!!」」


 二人は声を合わせてそう叫ぶと、涙を浮かべながら熱く互いの手を握りあった。その光景には、エリエとカレンも呆れた様子で冷ややかな目で眺めている……。  

 

 デイビッドは指でコマンドを操作すると、インベントリの中から赤いティーシャツを取り出す。それには胸元に、真横から刀で突き刺された『THE侍』の文字が刻まれていた。そのダサいTシャツを小虎に手渡す。小虎は興奮気味に「最高にかっこいいです!」と声を上げると、デイビッドも満足そうに頷き。


「そうだろう! これは俺がこっそり作成したものなんだ。同じ侍SOULを持ったプレイヤーにプレゼントしているものなんだけど、受け取ってくれるか?」

「はい! 大切に着ます!」


 もう一度深く頷き返すと、肩に手を置いた状態でにっこりと微笑んで親指を立てている。

 それに小虎も親指を立てて応える。本来なら俺同士の友情が芽生える場面なのだろうが、あのTシャツのせいでなにかの宗教の勧誘かなにかに見えてしまう。


 っと、小虎が思い出したように手の平をポンと叩く。


「そういえば、姉さんから後で皆さんを連れて来るように言われてたんだった!」

「でも、もう2人いなくなってしまったけど?」


 エリエがそう告げると、小虎は辺りを見渡して。


「確かに青い髪の人と紫の着物の人がいませんね。でも、後で残りの人に話してくれればいいです。ちょっと姉さんに連絡してみますから待ってて下さい」


 背を向けると何やら空中で指を忙しなく動かしているところを見ると、どうやらボイスチャットではなく、メッセージを送ってやり取りをしているらしい。


 用心深いギルドでは、他者に聞かれてしまうボイスチャットではなく、個人の視界にしか表示されないメッセージチャットを使っている。

 千代で最も上位にいるギルドならば、外部に情報を漏洩させないような手段を、予め取っているのはなにも不思議なことではないだろう。


 数分のやり取りののち、小虎はゆっくりとエリエ達の方を振り返ると。


「――姉さんが皆さんを街の鍛冶場にご案内するようにということなので、僕に付いてきてもらっていいですか?」

『……鍛冶場?』


 その場にいた全員が、小虎の口から出た『鍛冶場』という言葉に首を傾げていた。


 もう疎らになってきた会場内を後にすると、小虎に続いて街の中を歩いていく。

 このゲームの特徴でもあるのは、その名前の如く『自由』に様々な装備品をプレイヤーのレベルに関係なく使用することのできる生活スキルと言われるものが存在することだろう。


 他のゲームならば、他のスキル同様に途方もない時間を費やさなければならないが、フリーダムでは素材と使用する道具によって、出来上がった道具のステータス率が変わるのだ。

 その為、レベルが低くても道具と素材さえいい物を手に入れられれば、初心者でも最高位に位置する装備を作ることが可能なのだ――まあ、装備するのに規定レベルに達していなければ装備することができないというのは、レベル制MMORPGのお約束の様なものなのだが……。


 イベントがあったからか、いつにも増して大通りは人の往来が激しい気がする。

 すると、繁華街をしばらく歩いていると、明らかに人集りができている建物を見つけた。一同が看板を見上げると、そこには『鍛冶屋』の文字が掲げられいる。


 入り口まで来たが、あまりの人の多さに中が全く見えない。だが、時折カンカンと鉄を打つ鍛冶屋独特のリズミカルな音が聞こえてくる。


 小虎がアイテムから自分の赤い大剣を出すと、それを両手で持って空に掲げながら左右に揺らして中の人物にサインを送った。しばらく、それを繰り返していると中から「ちょっとごめんよ~」と、人混みを掻き分けて少女が現れた。


 少女は茶色く厚手の長ズボンにお腹が出ている白く無地のキャミソール姿で、茶色い髪で短めのポニーテールに結んでいて、全身に黒いすすを付けている。


「――おお、連れてきたのか!」


 少女は小虎の姿を見つけると、大きな胸を揺らしながら小虎の方へと駆けてきて小虎の首に腕を回す。

 小虎の頭に自分の胸を押し付けている少女に、小虎も顔を真っ赤にさせている。


 首を絞められているからか、それとも胸を頭に押し付けられているからなのかは分からないが、小虎は体をばたつかせていた。


「リコットさん。その首に腕を回すのと胸を押し付けるの止めて下さいって何度言ったら……」

「なんだとー? そんなこと言って嬉しいんだろことらー。うりうり~」


 楽しそうに歯を見せてニシシと笑うっている少女は、更に強く自分の胸を小虎に押し付けた。


 すると、勢い良く体を捻った小虎の頭が腕の間をすり抜ける。


「何度やっても、僕の方がレベルは上なんだから意味ないのに!」

「まったく。恥ずかしがることないのに……まあ、そんなところもかわいいけどさ!」


 顔を耳まで真っ赤にしながら睨む小虎に、少女は腕を組みながらニシシと笑う。

 服装やすすに汚れた体を見る限りでは、彼女は鍛治師なのだろうが。しかし、今も鍛冶屋の中からはカンカンと鉄を打つリズミカルな音が響いていた。


 その音が気になりエリエが人垣の間から、中を覗こうとしていると、リコットがエリエに話し掛けてくる。

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