白獅子2

 その場に取り残されたレイニールは、面倒そうに仕方なく荒い息を繰り返しているミレイニの頭の上に乗る。


 すると、ミレイニはすぐに息を整え。


「絶対エリエを怒らしてやるし! 縛られた復讐してやるし!」


 っと、粋がっているミレイニの頭をバシッと叩く。


 さすがに何度も痛い目にあっていても、全く学習していないのは凄いと言えば凄いのだろう……。


 突如襲ってきた痛みに、ミレイニはうずくまり咄嗟に頭を押さえた。


「痛った~。なんだか分かんないけど、すっごいたんこぶできちゃってるし。羽まで生えて……って羽?」


 不思議そうに頭の上に乗ったレイニールの背中を撫でる様にしながら、両手で興味深く触っていく。


 その時、頭の上のレイニールが、もう一度ミレイニの頭に一撃を加える。


「何度も押すな! このバカタレが! お前のカチューシャがお腹に食い込んで痛いのじゃ!」

「――はっ!? って……なんでお前が、あたしの頭の上に乗ってるし……」


 ミレイニは頭の上に乗っているレイニールの体を鷲掴みにして目の前に連れてくると、目を細めながら不満そうにレイニールを見ている。


 レイニールはビシッとミレイニに指差すと、迷いない瞳で言い放つ。


「お前はバカか! どうしてエリエを怒らせて無事に済むと思っているのじゃ! いい加減学習しろ! このバカ者が!」

「誰が……誰が……バカバカ言うなしー!!」


 そう叫んだ直後、ミレイニはレイニールを思い切り前方に向かって放り投げた。


 レイニールはくるくると回転しながら飛んでいくと、翼を広げ何とか体制を整え――きれず。壁に激突してゆっくりと地面に落ちてその場に伏せた。

 壁にダメージを受けたわけではなく。どうやら、空中で回転したことで目を回したらしく、目がとぐろを巻いたようになっている。


 勝ち誇ったように胸を張るミレイニが次に向かったのは、星とエリエのいるキッチンだった。


 キッチンにきたミレイニは腰に手を当て、エリエを指差しながら叫ぶ。


「エリエのバーカ、アーホ、マーヌケ!」


 だが、その挑発に乗ることなく、無視を決め込んでエリエは調理を続けている。


 その様子を気が気じゃない思いで、星はただただ体を縮めながら聞き流すことに徹していると、ミレイニの方から「デーブ」という声が響き、一瞬で場の空気が張り詰めたものへと変わった。


 星の前に置いてあった包丁が一瞬にして消えると、次の瞬間にはエリエの背中が見えたかと思うと、彼女はミレイニの首に腕を回し180度回転して持っていた包丁がミレイニの鼻先に突きつけられた。


 自分の目の前で怪しく光る包丁を目の当たりにして、ミレイニの表情が見る見るうちに青ざめ、その場にまるで彫刻の様に固まっている。 


 エリエは鋭くミレイニを睨みつけると「デブじゃないから……」と低い声音で告げると、ミレイニはブルブルと体を震わせ小さく頷く。


 それを見て満足そうに満面の笑みを返すと、エリエは星の方へと戻っていった。  

 脅威が消え去り、恐怖による緊張から解き放たれたミレイニの体がゆっくり地面にへたり込む。


 凄まじい威圧感に腰が抜けたミレイニが立ち上がれるようになったのは、皮肉にもバームクーヘンが完成した直後だった。


 まあ、立ち上がれるようになったと言うよりもバームクーヘン食べたさに、意地でも立ち上がったと言うのが正しいかもしれない。その時の彼女は、まるで生まれたての子鹿の様に足をプルプルと震わせながらも、先にリビングに行った星達を追いかける。


 リビングでは食器を並べ、大皿の上に盛られた小さなバームクーヘンを1人ずつ、エリエが小皿に取り分けているところだった。

 もちろん。そこにはミレイニの分も用意されている。星はそれを見て、何だかんだ言っていても、しっかり気にかけているエリエの優しさを感じて微笑んだ。


 そこに腰の抜けたやっとの思いでミレイニがやって来ると、エリエと向かい合っている星の横に座った。

 ミレイニが星の横を選んだのは、十中八九もしエリエが襲い掛かってきても星がかばってくれると思っているからだろう。まあ、実際にそうなったら、本当に星は止めに入ってくれそうだが……。


 テーブルの星に近い場所でレイニールがバームクーヘンにかぶり付き、口いっぱいに溜め込んだ物を飲み込むと徐に呟く。


「――だからエリエに逆らわない方が良いと言ったのじゃ……」

「……だって、大丈夫だと思ったんだもん……」


 拗ねたように呟くと、ミレイニは手で持ったバームクーヘンにパクっと噛み付いた。すると、ミレイニの動きが止まり。今までの出来事を忘れたかのように次から次へとバームクーヘンを平らげていく。


 その時、部屋のドアが開き相変わらず侍の姿をしたデイビッドが入ってくる。

 リビングに姿を現わしたデイビッドは額に手を当て、呆れながら告げた。


「お前達。なんでこんな時まで、お菓子食べてるんだよ……」


 こんな状況でも普段と全く変わらないエリエ達に彼が呆れるのも無理はないが、逆に捉えればそれだけ平常心を保っているとも言えた。


 エリエはデイビッドを横目で見ると、素っ気なく言う。


「ふ~ん。デイビッドだけなんだ……エミル姉は?」

「エミルは街で待機してる。はぁ~、てかお前、エミルからメッセージ受け取ってないのか? 有事なんだから連絡くらいちゃんと見てろよな!」


 呆れ顔のまま左右に頭を振ったデイビッド。


 それに怒ったのか、エリエが勢い良くその場に立ち上がり。


「なっ! なによ偉そうに! だいたいあんたが来たところで、蟻一匹くらいの力にもならないでしょ! エミル姉も人選を間違ったものよね~。一番弱いデイビッドを迎えに寄こすなんて」


 散々デイビッドを罵り、最後に蔑む様な視線を送るエリエ。


 だが、その瞳はどこか楽しそうにも見えた。この2人のやり取りを見ていた星の中で、今までの謎が一本の線で繋がる。

 どうして自分が無断で出ていったことにも、ミレイニの挑発にも、エリエの怒りが然程爆発しなかったのか――それはすべてこのイベントの為だけに、怒りのボルテージを溜めていたからなのだと……。


「だいたいデイビッドがいたら足手まといでしょ! そこは辞退しなさいよ!」


 指差しながら鼻で笑うエリエに、迎えに来たデイビッドも黙ってはいられない様子で声を上げた。


「なんだと!? 俺のどこに不足があるって言うんだ! 言ってみろよ!」

「全部よ全部! そのダサい格好も! 刀って言う片方しか切れない武器を使っている事も!」 


 エリエがデイビッドの身に付けている鎧を指差して告げると、デイビッドは顔を真っ赤にして反論する。


「これは日本の侍の衣装なんだ! 刀は侍の魂。これを手にしたからには、敵と命のやり取りをだな――」

「――そんなの戦ってるんだから、剣やレイピアも同じじゃん……ばっかじゃないの?」


 っとエリエが正論を言うと、デイビッドは頭から湯気を出しそうな程に顔を真っ赤に染めた。ここからは小学生の様な不毛な言い合いが、結局30分近く繰り広げられた――。


 いつものこととはいえ、これには星も呆れていた。子供が見ていて呆れるほどの口喧嘩なのだから、本当にどうしようもないものだったのだろう。その横では、レイニールとミレイニはこの期に乗じて、必死に大皿に残っているバームクーヘンを取り合っている。


 堪らず星は席を立つと、荒く息を繰り返し再び言い合いを始めたエリエとデイビッドに声を掛けた。


「エミルさんの所には行かないんですか?」

「「あっ……」」


 星の言葉を聞いて2人は思い出したのか、ポカンと互いの顔を見合わせると、空中で指を動かし固まったかと思うと、その表情が次第に青く染まっていく。

 おそらく。2人にエミルからのメッセージが届いていたのだろう。大体の内容は2人の表情を見ていれば察しが付くが……。


 慌てた様に星の手を掴むと、エリエは最後のバームクーヘンを巡っていがみ合っているレイニールとミレイニの方を向いて叫ぶ。


「いつまで食べてるの! 早く行くわよ!!」


 互いの注意がエリエに向いた直後、その前を高速の旋風が通過して、次の瞬間には大皿の上に乗っていたバームクーヘンが消えていた。


 最後のバームクーヘンはギルガメシュの元に渡り、ギルガメシュが一瞬のうちに自分の口の中に強引に押し込んだ。


 レイニールもミレイニも唖然とした様子でその一部始終を目撃し。次の瞬間には何事もなかったかのようにテーブルから離れ、レイニールは星の頭の上に。


 ミレイニはエリエの側にくると、星達は部屋を出て街へと向かった。

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