決戦に備えて2

 その往復を繰り返し。終える頃には、マスター以外の3人はぐったりしていた。

 ソファー倒れ込むようにして凭れ掛かっているエミル達を見て、ミレイニが複雑そうな顔をしながら。


「――こんな風になるなら、行かなくて良かったし」


 顔を引き攣らせ、ミレイニが小さな声でぼそっと呟く。

 まあ、普通に運んでいればこんなふうにはならないのだが、彼女達は気まずい雰囲気の流れる街の中を全力疾走しながら作業を行っていた。


 だが、こうしてのんびりもしていられない。何故なら、今時計の針は6時を指していた。そう、この後メッセージであった8時に、広場のモニター前にいかなければならないからだ――。

 

 予定の時刻まで後2時間――時間はまだ十分にあるが。しかし、その間に外した装備品を整えなければならない。

 それに、大量に買い込んだヒールストーンとリカバリーストーンの運用の仕方も話し合わなければいけないだろう。


 どうして、今それをしなければいけないかは簡単な理由だ。単に、一箇所に人を集めるということは、昨晩の事件で排除しきれなかったプレイヤー達を今度こそ排除しようと考えている可能性が高いと推測されるからだ。


 ちょっとした余興で街の者達全員に、使用者を殺人鬼と化すような装備を送り付けてくるわけがない。

 っということは、必ず事件を起こした犯人は更なる手段を使ってくる可能性が高い。


 まだ、狼の覆面の男が所属するシルバーウルフの犯行と断言できるわけではないが、それを否定するだけの証拠がない以上。彼等の犯行も視野に入れて動くのが得策と言えるだろう。


 マスターはへばっている3人以外の者達を呼んで、テーブルに腰を下ろすように促す。


 もちろん。そこには星の姿はまだない。

 彼に促され席に着くと、マスターは腕を組んで徐に説明を始めた。


「――これからの行動についてだが、まず先程儂等で入手してきたヒールストーンを、各自普段より多く持っていってもらいたい。勿論、自分の装備品を圧迫しない程度でだ。もし、敵の襲撃があった場合には、近くのプレイヤーではなく。まずは己の生存を最優先に考えろ! 生きて帰れなければ、その後の対策の取りようもない!」


 マスターの言葉を聞いて、その場に居た者達も一斉に頷く。椅子の背に凭れ掛かり腕組みしているバロンただ一人を除いては……。


 っと、そのバロンがすっと手を上げた。

 それを見て、メルディウスがあからさまに嫌な顔をした。長年の経験で、彼の発言は場を混乱させると誰よりも分かっていたからである。


「バロン。どうした?」

「おい。だいたいどうして俺様が、街に行かなければならない。この中の数人だけを送って話を聞いてくればいいだけじゃないのか?」


 何とも他力本願な考えだが、彼の言い分は最もだ――本来なら、彼の言う通り。メンバーの中から腕の立つ数人を選抜していけばいい。


 彼がそう考えるのも無理はない話ではあるが、彼は大事なことを忘れているようだ。

 昨晩の事件を知っていれば、そんな安易な提案はしない。無論、彼もその場にいて対応に当たっていた一人ではあるが、彼の提案は事件が起こる前ならば容易に通っていただろう。


 彼の提案には大きな穴がある。それはこのメッセージがくる前に、村正事件が発生したことだ――星を狙ってきたシルバーウルフの狼の覆面の男だ。その矛先がマスター達の陣営に向いている可能性が高く、このメッセージも罠の可能性が非常に大きい。


 そんな状況下でのこのこ誘き出されるにも関わらず。戦力を分散させるのは、自殺行為と言っても過言ではない。この状況下だからこそ、エミル達は最大戦力で8時に行われるという集会に望まなければいけないのだ――。


 バロンの言い分を聞いたマスターは意味ありげな笑みを浮かべ。


「ふふふっ、そうか。バロンは怖じ気づいたか……ならば仕方あるまい」

「……なんだと?」


 マスターの挑発的な言動に、眉をひそめバロンは鋭い眼光を飛ばしている。


 だが、マスターはそれを察しながら、なおも挑発的な言葉を吐き出す。


「まあ、よい。怖じ気づいた者がともに来たところで足手まといになるだけだ。そうだろ? メルディウス」


 視線だけでメルディウスに合図を送るマスター。


 彼の意図を察したようにしたり顔をする。


「なるほど、そういうことか……ふん! 所詮は自分の兵に囲まれていなければ何もできないヘタレだな。まあ、しかたねぇーか。四天王の中でも戦闘技術が一番ないお前じゃなー。いつも女だからと馬鹿にしている紅蓮より戦えないもんな。お前……怖くて夜の街にも行けない様な臆病者なんて、同じテスターとして恥ずかしいかぎりだぜ!」


 メルディウスの発言が紅蓮を馬鹿にされていることが原因かどうかは分からないが、メルディウスはこれでもかというくらいにバロンを罵倒した。

 ここまで言われて穏やかで居られるほど、バロンは温厚な人間ではない。むしろ全く正反対の性格の持ち主だ。罵倒され蔑まれたまま黙っていられるほど、彼は人間ができてはいない。


 ピリピリと肌を刺すような張り詰めた雰囲気に、当の本人達以外は萎縮している。その直後、ぷるぷると怒りに身を震わせていたバロンが、突如勢い良くテーブルを叩く。


 立ち上がった彼は、メルディウスを指差しながら叫ぶ。


「いいだろう! 俺様も同行してやる! そこまで言われては俺様のプライドが許さん!!」

「ほう。そうか、分かった」

「ふん! 行きたいなら最初からそう言えよな。面倒な奴だ」


 バロンの言葉を聞き、2人は満更でもなさそうにニヤリと微かに笑みを浮かべている。


 一時は乱闘にまで発展するかと思われたが。なんだかんだで、彼等の関係はこれで成り立っているのだろう。

 その後、出立の準備を終える頃に、エミルは一度星の寝ている寝室を覗く。すると、寝ている星の枕元でレイニールが両手足を投げ出すようにして、口を開けたまま寝息を立てている。


 おそらく。星が目を覚ますのに待ちくたびれて寝てしまったのだろう。しかし、それにしても何とも無警戒な姿に、一瞬飼い猫なのかと見間違えるくらいだ。


 そんな星達を見ていて、エミルはくすっと笑みを漏らすと、起こさないようにゆっくりと扉を閉めた。

 


 城を出発し街に着いたエミル達が街の中央に設置されたモニターの前にいくと、そこにはすでに大勢のプレイヤー達が集まっていた。


 皆、今回の重大発表が何なのか不安を仕切りに口にしている。ある者は「やっと現実世界に帰れる」と言う。またある者は「現実世界に戻れなくなったという報告じゃないか」と言う。

 正直。どちらとも予想できる。彼等『シルバーウルフ』の本来の目的は非現実的なゲームを排斥するというものだったはずだが、プレイヤー達の唯一の逃げ道として用意された隠しダンジョンにあるという【現世の扉】も、今や見つけたという者もそれらしき場所があるていう情報もない。


 実際にそんな場所が存在しないのではないか、という声さえ上がっていた。真相を知っているのは、この大規模な監禁事件を起こした犯人しかいないのだが……。

 

 広場のモニターの前に佇んでいると、モニターの備え付けられている時計台の時計が夜8時を指す。


 時計の秒針が回るのと同時に、表示されていたこのゲームのPVが消え、画面が真っ暗になる。

 数秒間隔が空いて、狼の覆面が映し出された。やはり、エミル達が予想していた通り、あのメッセージの差出人は運営ではなくシルバーウルフだった様だ――。


 その姿をモニターが映し出すと共に、辺りからは怒号が湧き起こり。


「ふざけんじゃねぇーぞ! いいかげんにしろ!」「犬の仮面を外して面を見せろ!」「もういい加減、元の世界に帰して!」「私達は貴方のおもちゃじゃない!」など、様々な批判の声が飛び交っていた。


 まあ、ここに居る誰もがこの事件の被害者であり、狼の覆面を付けた彼はこの事件の加害者なのだから皆の反応は最もだろう。


 このゲーム内に閉じ込められてもう2週間近く。ゲーム世界から出られないながらもそれぞれに、独自のコミュニティーを築いていたのだが。

 しかし、昨晩の『村正』を使ったキャラクターを乗っ取った殺人事件が、そのコミュニティーを崩壊させ、更に皆の不安を煽るかたちになったことは否めない。


 広がる人間不信は今や差別的な行動にまで発展していたのは、エミル達が街に出た時に見た通りだ――。


 っと、モニターの覆面の男が徐に話し出す。


「君達のその様子なら、昨晩の事はすでに何事もない様で私もほっとしている。昨晩の事は私にも誤算だった……どうやら、システムの暴走があの様な惨劇を生んでしまったらしい。これには私も心を痛めている……」


 だが、彼のその取って付けた様な謝罪の言葉が今の彼等に届くはずもなく、更に怒りを込めた言葉がそこら中で飛び交う。あまりの罵声と暴言に、エミルは心底星を連れてこなくて良かったと感じるほどだった。


 全く落ち着く様子を見せないプレイヤー達が、次の狼の覆面を被った男の言葉に一瞬で静まり返る。


「君達の不満は最もだ。だが、先程のシステムの不備は私が他の準備を行っていた事から生じた事象であり。明日から数えて5日後、この街をモンスターの軍勢が攻める手はずとなっている。ただ、街の中に篭もっているのも退屈だろう。私からの細やかなプレゼントだと思ってもらっていい。また君達にはどうか、その攻めを受けきってもらいたい」


 その言葉にその場に居た全員が耳を疑う。


 一瞬で静まり返り、凍りついた空気が徐々に近くの者達に不安を漏らし出す。


「どういうことだ? 軍勢が襲って来るって?」「5日って……どうしようもないじゃないか……」「何かの冗談だろ?」「いやでも、昨日の事もあるし……」


 皆ざわざわと困惑した表情で話していると、そこに追い打ちを掛けるように狼の覆面の男が言い放つ。


「これは脅しでも冗談でもない。私は君達とゲームを楽しみたいだけだ。もちろん。ボーナスとして君達が生き残り、私の放ったモンスターを全て狩り尽くせば、元の世界に帰してあげよう。消えていった者達も一緒にね」


 彼の発言を真に受けたのか、その場に居た誰もが歓喜の声を上げた。

 それもそのはずだ。昨晩の衝撃がまだ色濃く残っている状態で、失ったはずの恋人、親友、かけがえのない仲間達が戻ってくると聞かされれば誰でも舞い上がる。


 何故なら、昨晩の悲劇の前には楽しくいつもの日常を送っていたのだ。それが突如奪われ、その出来事を夢にできるなら……っと思うのは皆同じだ。しかし、何故かエミル達は皆一同に険しい表情をしていた。

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